魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<15>
魔法使用制限LV15。対する被疑者はLV20であることが想定される。
この理不尽な状況に言いたいことは山ほどあれども、いつものことと言えばいつものこと。悪い意味で僕も魔法捜査の現場に慣れてきてしまっているようだ。諦めという名のスイッチを切り替えるスピードが初任務のときよりも、だいぶ早くなっている。
そんな僕よりも悪い意味でもっと過酷な魔法捜査の現場に染まってしまっているアルペジオ、本城、ローリングサンダーの3名に至っては、そもそも何の憤りも葛藤もなく現状を受け入れて、任務を再開すべく次なる行動へと移ろうとしている。
「では、本城くん。打ち合わせ通り、今度は我々が西側廊下を、あなたたちが東側廊下を捜査するということでいいですね?」
アルペジオが手のかかる児童を諭す教師のように本城に確認を取る。
この図書室に到着するまでにお互いがたどった経路は事前に情報交換済みだ。捜査済みの場所であっても見落としがないかをダブルチェックする意味で、今度は東側と西側の廊下を入れ替えて捜査することにした。被疑者は移動している可能性もあるが、他の子供たちは同じ場所で怯えながら助けが来るのを信じて待っているはずだ。そのためのダブルチェックであり、決して二度手間ではない。
「それはいいっすけど、なんで俺は「本城くん」で、先輩は「捜査官殿」なんすか? 俺だって捜査官っすけど」
本城が口を尖らせながらアルペジオに抗議する。
「あなたの相棒はローリングサンダーでしょう。捜査官と呼んでほしいのなら、ローリングサンダーに頼むことですね。私が捜査官とお呼びするのは風馬駿捜査官、ただ一人です」
「何のこだわりっすか、それ。納得いかないっす」
不満たらたらの本城だったが、不承不承と言った様子でローリングサンダーを伴い、東側廊下に向かっていった。
「ささ、捜査官殿。我々もまいりましょう」
「え、ええ」
「おや? 捜査官殿。またまたお顔が赤くなっていますが、やはり体調が優れないのではありませんか?」
「い、いえ。体調なら大丈夫です」
真顔で「私が捜査官とお呼びするのは風馬駿捜査官、ただ一人です」なんて言われたら、照れくさくて、むずがゆいに決まっている。頼むから今はそっとしておいてほしい。
「風馬捜査官のバイタルは正常。脈拍数がちょっと高いだけよ」
管制官が余計な情報を提供してくれる。
僕はなんだか居心地が悪くて、たまらず飛び出すように図書室から西側廊下へと向かった。
それからどれほどの時間が経過しただろうか。
本城・ローリングサンダー組が捜査した場所をダブルチェックしたが見落としはなく、隠れている子供や、被疑者の手掛かりになるような痕跡は残っていなかった。ああ見えて、彼らは僕なんかよりも遥かに魔法犯罪捜査の経験が豊富だ。焦りや恐怖による見落としなどという初歩的なミスは見当たらない。
本城たちが捜査していない場所もすでに何箇所か捜査したが、子供たちはいなかった。最悪のケースとして、子供たちが被疑者や魔法生命体(ゴーレム)の犠牲になっていることも覚悟していたが、幸いにも最悪の事態に至っていない。
時間の経過に伴い、レベルの低い魔法生命体(ゴーレム)の数は徐々に減っていき、比例してCODEレッド、CODEデスの数が増えているように感じる。危険すぎるのでいちいち数えてなどいられないが、実際に増えているだろう。捜査範囲は絞り込めているというのに、僕たちが担当する西側廊下にはまだ数箇所、手つかずの場所が残っている。
「管制官から風馬捜査官に連絡。緊急事態発生。本城・ローリングサンダー組が被疑者の魔法使いと遭遇。至急応援に向かって」
焦りが色濃く浮かんだ管制官の声から事態の重さがひしひしと伝わってくる。
ただでさえCODEレッドとCODEデスを回避しながらの捜査は難航を極めるというのに、至急応援に向かえとは管制官も無茶をおっしゃる。
だが、管制官の声色から察するに、のっぴきならない状況であることは明らかだ。
相手は子供とはいえLV20以上と想定される魔法使い。ローリングサンダーの魔法使用制限はLV15。単純計算では勝負にならない。しかし、そこへ僕たちが駆け付けて魔法使用制限LV15のアルペジオが参戦すれば状況は変わる。LV15+LV15=LV30なんて単純な足し算にはならなくても、LV20相当の被疑者と渡り合える可能性は充分にある。
「急ぎましょう、アルペジオさん」
「ええ、捜査官殿」
間に合ってくれ。
僕たちは点在する魔法生命体(ゴーレム)をかわしつつ、本城・ローリングサンダー組が被疑者と交戦中の現場へと急いだ。