魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<22>
被疑者とがりえいことの戦闘に突入してから一体どれほどの時が経過しただろうか。
アルペジオに魔法生命体(ゴーレム)と化して暴れる怪物を攻撃するように指示を出す。子供たちへの二次被害に配慮して炎属性のパイロ系の使用は控える。その結果、どうやらアイス系とボルト系の魔法の効果が高いと判明した。
これは好機だ。攻撃対象1体に対してどれだけ全体魔法が有効なのか疑問はあるものの、今まで余計な戦闘も回避してきたおかげでMP(マジックポイント)も潤沢に残っているため、僕は全体魔法を試してみることにした。
「アルペジオさん。上位全体魔法メガアイスドを使用してください」
「はい、捜査官殿」
効果は抜群。
全体魔法が長く伸びた触手にダメージを与えていく。
しかし――
「痛い! 痛いよぉぉー!!」
怪物となり果てた少女が泣き叫ぶ。
全体魔法を使用すると、魔法生命体(ゴーレム)となった肉体部分だけでなく、少女のままの姿の頭部にまでダメージがいってしまう。
くっ……。
やむを得ない措置とはいえ、少女を虐待しているみたいな気分になる。罪悪感が半端ない。
「……どうします、捜査官殿?」
「全体魔法の使用は中止。制御不能になって暴れている魔法生命体(ゴーレム)化した部位のみを攻撃して制圧します」
「了解。……相変わらず、お優しいことで」
アルペジオが笑いながら僕を見る。そのまなざしは温かで、皮肉は一切感じられない。
しかし、だからこそ最前線で戦ってくれている相棒に僕の偽善を押し付けていることにジレンマを覚える。
「おい、新米! 早いとこケリつけるぞ! ガキどもの面倒見ながら戦うなんて、そう長く続けられるもんじゃねえんだからな!」
ローリングサンダーには怪物が攻撃対象を絞れないようにミラージュ(幻影)とドッペルゲンガー(分身)で子供たちの身代わりを生み出すように指示をしてある。最前線で戦うアルペジオへの支援もさることながら、なによりも子供たちに攻撃が当たってしまう確率を下げるためだ。
それでも音楽室内を囲んだ怪物の触手が闇雲に放ってくる攻撃をすべて回避するのは困難極まりない。だから、幻影でも分身でもない実在する子供に怪物の攻撃が当たらないように、ローリングサンダーには肉体強化して防衛面でも最善を尽くしてもらっている。だが、それにも限界がある。
唯一、少女の姿がそのままの形で残っている頭部がダメージを受けるたびに泣く。叫ぶ。命乞いをする。
一方で、すでに制御不能になっている頭部以外の部分は少女の意思とは無関係に容赦なく僕たちに襲い掛かり、無差別にクラスメイトを攻撃しようとする。
少女がいくら泣き叫ぼうが、魔法生命体(ゴーレム)となり果てた肉体部分を行動不能になるまで攻撃し、制圧しなければならない。それはわかっている。けれども、この悲痛な時間を早く終わらせたいと思いながらも、一思いに頭部への攻撃に集中して処分するほど冷徹にもなれない。まったく自分の優柔不断さが情けなくなる。
「管制官から捜査官に緊急連絡。時間がない。被疑者の生死は問わない。至急、被疑者を無力化しなさい」
「時間がない? どうしたんですか、突然」
僕の優柔不断さに苛立っての指示ではない。鉄の女はそんな感情的な指示はしない。何か理由があって、事の終結を急かしているのだ。
「……事件解決までのカウントダウンが始まったのよ」
「カウントダウン……ですか?」
連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児に殺害された真鍋愛美の脳内を記憶透視魔法ダイブで捜査したときには記憶の鮮度という意味で死後48時間というタイムリミットがあった。しかし、今回のケースは異なる。どういうことだ?
「あと15分。それまでに被疑者を制圧できなかった場合、校舎もろとも浄化するとの決定が下された。すでに横田基地から戦闘機が緊急発進したわ」
「は? ……そ、そんな、馬鹿な…………」
正気か?
この日本で、しかも小学校を爆撃しようというのか。
怪物になった少女と僕たちだけならまだしも、ここには巻き込まれただけの小学生がまだ残っているんだぞ。いくら相手が凶悪魔法犯罪者でも、あわよくば獅子身中の虫になりかねない魔法使いも処分してしまいたいのだとしても、それはないだろう。何をどうしたら、そんな結論に至るのか。理解できない。
「なるほど。この事件の裏にいる何者かによる隠ぺい工作というわけですか。私たちが魔導書(グリモワール)を発見して第三者の存在に気づくことも織り込み済みで、最初から綺麗さっぱり学校ごと消滅させるつもりだったのでしょう。どうやら相手は相当な影響力を持つ人物のようですね」
さほど驚いた様子も見せずにアルペジオがつぶやく。
「なぜ? どうしてそんな真似を……?」
「わかりません。ですが、マスコミに魔力の暴走と発表しておけば、すべて魔法のせいにできるでしょうね。魔法を危険視する声はますます高まり、それを喜ぶ勢力は国内外にごまんといます。この国から魔法を排除したい権力者にとっては好都合というわけです」
その権力者たちの中に今回の事件の筋書きを描いた人物がいる。アルペジオはそう見立てているわけか。陰謀論の類ではあるが、現実に起こっている状況を考えると笑い飛ばすことはできない。
「へっ! 上等じゃねえか。だったら、タイムリミット内にこのバケモンをやっつけて、そのあと何もかも全部暴露してやろうぜ」
「暴露ね……。私たちの証言に耳を貸す人間がいると思いますか?」
残念ながらアルペジオの言う通りだ。こんな大それた陰謀を暴露したところで、世間に笑われるのがオチだ。ただでさえ世間から疎まれている魔法使いや、僕のような魔法関係者の口からそんな陰謀論をぶちまければ、魔法と魔法使いに対する評価は余計に下がるだろう。この陰謀を企てた連中は、おそらくそこまで織り込み済みなのだ。
だが、このままそいつらの思い通りに僕たちが踊ってやる義理はない。この事件の裏に誰がいて何を企んでいるかは知らないが、このまま好きにさせるものか。僕たちにだって意地がある。
まずは生き残ることだ。
そのためにはタイムリミット内に怪物となった少女との決着をつけなければならない。