魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<25>
「あのよー。てめえらが長々とつまんねえことくっちゃべってる間に、この子、ブーストしといたぜ」
「え?」
本当につまらないものを見るような目でローリングサンダーがこちらを見ている。
少女に目をやると、先程までの出血が噓のように止まっている。
「なるほど。ブーストで一時的に肉体を強化して止血したわけですか。よくぞ思いつきましたね。えらいえらい」
いつもの表情に戻ったアルペジオがからかうようにローリングサンダーの頭をいい子いい子となで回す。素晴らしい機転だ。なんなら僕も一緒になでてあげたい。
「やめろ! 頭なでんな!」
照れ隠しに放った右ストレートがアルペジオのみぞおちにめり込む。
「ふん。勝手に魔法を使っちまったからな。始末書でも謹慎でも刑務所送りでも好きにしてくれ」
カッコいい。
僕が女の子で、彼女が男の子だったら、ずぎゅんとハートを射抜かれているところだ。
「……風馬捜査官。魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限をLV0に下方修正しなさい」
「了解です。魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限をLV0に下方修正。グリムロックで封印します」
オラクルを操作してグリムロックを作動させる。
首輪が反応し、二人の魔法使いを強制的に無力化する。
「両名の封印を確認。…………ローリングサンダー」
管制官が優しい声で救いの主の名を呼ぶ。
「ああん?」
「…………ありがとう」
「へっ……。いいってことよ」
やっぱりカッコいい。男前だ。
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ローリングサンダーの機転で、黒縁眼鏡の少女さえぐさちりちゃんは救われた。
緊急車両でやってきた救急隊員が言うには、肉体強化の魔法で完全に止血できているため、このまま手術すれば助かるという話だった。
被疑者とがりえいこも速やかに搬送された。ただし、魔法犯罪者である彼女は病院ではなく専門施設へ搬送された。
被疑者とがりえいこの処置がこの先どうなるかはわからないが、彼女は二人もの人間を意図的に殺害した魔法犯罪者だ。未成年だからという理由で減刑されるようなことはない。これだけの惨事を招いたのだからSランク施設のアルカディアに収容されるのは確実だ。
アルカディアでは良くて経過観察の名目の下、死ぬまで施設の中で余生を過ごす実質の終身刑。悪くすれば人体実験まがいの研究が待っている。
いや、もう彼女のことを考えるのはよそう。彼女は自身の選択によって人間であることを放棄した怪物なのだから。
「いやー。一時はどうなることかと思いましたが、ローリングサンダーのおかげで救われました」
アルペジオが手放しでローリングサンダーを絶賛する。
僕も大いに賛成だ。うんうんとうなずいて賛意を示す。
「べ、別に、アタイは警察官として当たり前のことをしただけさ」
そのセリフ、他の警察官の口から出てきたものなら素直に受け取れるのだが、なにぶん相手はローリングサンダーだ。この子が警察官としての当たり前を口にしても、何一つ説得力がない。
「いやいや、本当に大したものですよ。まさか管制官殿の口からお礼の言葉が聞ける日が来るとは思ってもみませんでしたからねー」
まだ通信中のオラクルに向かって、アルペジオがからかうように言う。
「あ、あれは管制官としてではなく、あの子の叔母としての言葉よ。今後も任務において手心を加えるつもりはないから勘違いしないように」
「はいはい。わかってますよ、管制官殿」
やれやれ。
今回の事件を通して少しは心を開いてくれたかと思ったのに、鉄の女はどこまでいっても鉄の女のようだ。閉店とともに再びシャッターは固く閉ざされた。
「どうやら無事に事件は解決したようだな、晴志郎」
現場の処理を終えた音楽室には、僕たちの他に誰もいないはず。しかも、声のした方角は扉の反対側だ。
驚いて振り向くと、そこには一人の男が佇んでいた。
背は僕よりも高い。180cm以上あるだろう。こちらを見つめる瞳からは男の強烈な意志を感じる。無精ひげにソバージュのかかった長い黒髪、ダーク系のスーツに身を固め、黒の鰐皮と思われるロングコートを羽織っている。
一見して、只者ではないオーラが立ち込めている。先程から頭の中で警報が鳴りっぱなしだ。
「鏑木(かぶらぎ)……!」
男の言葉に反応したのは、アルペジオだった。
アルペジオは男を鏑木と呼び、男はアルペジオを清志郎と呼んだ。
晴志郎というのは、おそらくアルペジオの本名だ。相棒の僕ですら知らない本名を、なぜこの男は知っている。旧知の仲らしいが、どういう関係なのか。
鏑木と呼ばれた男の闖入に心がざわつく。
「清志郎よ。凝りもせず、まだ警察の犬をやっているのか」
「……あなたには関係のないことです。そんなことより何をしに来たのですか? まさか自首しに来たわけではないでしょう」
アルペジオの声からは強い警戒を感じる。
自首というからには、鏑木と呼ばれた男は犯罪者なのか。
だとしても、まったく驚きはない。それだけ鏑木のまとっている殺気は尋常ではないのだ。
「俺はこの事件の裏で糸を引いている連中に用がある。連中のしっぽをつかめるかと思って魔導書(グリモワール)の動きを監視していたんだが、のこのこと出てきたのは貴様たち警察の犬だけ……。残念ながら、空振りだ」
さして残念そうでもなく、自嘲気味に男が笑う。その笑みは獰猛な獣を連想させる。
鏑木の口ぶりから、彼が真犯人を見つけるために魔導書(グリモワール)をずっと監視していたことが伺える。ということは旧知の仲であるアルペジオが苦戦しているのに傍観していたというのか。もしかすると被疑者とがりえいこが魔導書(グリモワール)によって強制覚醒することすらも、わざと見過ごした可能性がある。この男……相当な曲者だ。
「連中は、この世から魔法を無くすためなら何だってする危険な組織だ」
鏑木はアルペジオの隣にいる僕をじろじろと観察しながら話を続ける。上から見下ろすような不遜な態度。警察の犬である僕が、どの程度の犬なのかを品定めしているのだろう。
鏑木は今回の事件の背景にいる第三者を「危険な組織」と断言したが、僕にしてみれば鏑木も同類。目的のためならば手段を選ばぬ法の秩序の外にいる怪物のように見える。
「再び日本が魔法先進国になって一番困るのは、世界の覇権を握っている大国だ。そいつらが国内にいる過激な反魔法勢力と結託したってわけさ。次の国会で魔法の規制をさらに強める法案を成立させるには、事件と犠牲者が必要。それもとびっきりセンセーショナルなやつがな」
鏑木の話は陰謀論だ。けれども、それが真実を言い当てているように思えるのは、なぜか。真実だと考えれば、疑惑にしか過ぎなかった様々な出来事に整合性が生まれるからだ。
魔導書(グリモワール)を仕掛けるのにわざわざ私立鳳凰学園附属小学校を選んだこと。とがりえいこという危うい芽が育っているのを把握していたこと。
最終手段として校舎もろとも吹き飛ばす算段までしていたこと。
何もかも綺麗に説明がつく。
「風馬捜査官。その男の言葉に耳を貸す必要はない。その男は鏑木大和(かぶらぎ やまと)。指名手配中の魔法使いよ」
オラクルの向こうから管制官が警告する。
この男、只者ではないとは思っていたが、指名手配犯だったのか。それも魔法使いとは。
「魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限を解除。LV65を上限とする」
「は? LV65ですか?」
巨大な魔法生命体(ゴーレム)と化した被疑者とがりえいこを制圧するのに許可されたのはアルペジオがLV52、ローリングサンダーがLV43だった。鏑木はそれ以上に危険な魔法使いということか。
「鏑木大和はこの国に存在してはならない男。発見次第、ただちに処分せよというのが上層部からのお達しよ」
上層部ね。実際には警察上層部の更にその上の政府の考えってとこだろう。
鏑木という男、よほどこの国の権力者にとって都合の悪い存在らしい。
それにしても、小学生を守るのにもあれほど魔法使用制限をかけていたくせに、目障りな存在に対しては魔法使用制限がいきなりLV65ですか。この国の上層部は完全に権力の使い方を完全に間違えている。いや、彼らにとってはそれが正しい使い方なのか。管制官も僕も本城も、彼らの言いなりになるために警察官になったわけではないのに組織の統制上、上の命令には絶対服従。これでは鏑木の言うように、ただの犬だ。
上層部には大いに不服があるものの、鏑木が危険人物であることには違いない。唯々諾々と従うのは癪だが、これも宮仕えの宿命だ。
「グリムロック解除。魔法使いアルペジオおよび魔法使いローリングサンダー、戦闘モード。LV65以下の魔法の使用を許可します。指名手配犯・鏑木を制圧してください」