魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<3>
私立鳳凰学園附属小学校は、政財界の大物の子息令嬢が通う名門校である。
下は幼稚園から上は高校までの男女共学一貫教育で知られ、都内に住む富裕層の多くが我が子を幼稚園から鳳凰学園に通わせることをステータスとしている。幼稚園、小学校からの入学は表向きには子供の行動観察と簡単な面接ということになっているが、実質のところ親の面接と経歴、そして年収によってほぼ決まるという話だ。入学した子供たちは徹底的に文武両道で鍛え上げられ、高校卒業時の生徒たちの偏差値は68。国内の最高学府や海外の有名大学へ進学する生徒も少なくない。また、そんな生徒たちが一貫教育で長い時を共に過ごすため、卒業後も友情は続き、ビジネスの太いパイプにもつながるのだという。富裕層のみならず中流家庭の親がこぞって大枚はたいてでも子供たちを鳳凰学園へ入学させようと躍起になる所以だ。
その選ばれ者たちが通う由緒正しき名門校で魔法犯罪が発生したのだ。所轄が慌てて魔法犯罪捜査係に出動を要請する気持ちはわからないでもない。竜崎係長が二組の魔法捜査官を送り込むことにしたのも、被疑者候補が多いという点以外にも上層部からの圧力――いや懇願があったのかもしれない。
鳳凰学園に到着した僕たち魔法捜査官4名は、真っ先に教師が殺害されたという現場へ向かった。2年B組。どこかで聞いたような気もするが、それはさておき現場には担任教師の遺体が残されていた。
現場に待機していた鑑識は怯えたように目を逸らし、所轄の刑事たちは吐き気をこらえながらも穢れたものを見るような目で見ている。担任教師の遺体を、ではない。僕たち魔法捜査官をだ。これが魔法犯罪現場での日常的な光景である。
僕たちの姿を確認するなり、彼らはロクに引き継ぎもしないどころか、あとはよろしくの一言さえも言わずに一目散に立ち去って行った。被疑者の逃走を防ぐために学園の周囲はすでに厳戒態勢。包囲網が張り巡らされている。去っていった刑事たちもしぶしぶその包囲網に加わるのだろう。
それにしても餅は餅屋、魔法犯罪は魔法犯罪捜査係とはいえ、同じ警察官同士、もう少し協力的であってもいいのでは?と思っているのは、どうやら僕だけのようだ。アルペジオも本城もローリングサンダーも、特に気にした様子もなく教師の遺体に近づいていく。
僕も気を取り直して、彼らに倣う。初動調査においては、発見された遺体が犯罪死体か、変死体か、非犯罪死体か、いわゆる死体三分説のいずれに当てはまるかを判断する必要がある。今回のケースでは所轄の刑事と鑑識が犯罪死体、しかも魔法犯罪遺体だと判断したため我々にお呼びがかかった。所轄の刑事も鑑識も犯罪捜査のプロフェッショナルではあるが、こと魔法犯罪の捜査に置いては素人に等しい。ゆえに我ら魔法捜査官がいるのだ。
なかなか慣れるものではないが、これも仕事、これは使命。恐る恐る僕もご遺体に近づく。
「うっ、これは……」
反射的に口を手で押さえる。吐き気をもよおしたというより、あまりの奇怪な有り様に声を上げてしまいそうになったからだ。
被害者となった担任教師はセミロングの黒髪に濃い目のグレースーツの女性だった。
遺体にもその周囲にも血痕はない。ただ遺体の口元からは血と嘔吐物が混ざったようなどろどろの液体が垂れている。問題は遺体となった教師の五体がいずれも明後日の方向を向いて前衛的なオブジェのようになっていることだ。左右の腕は指の一本一本まで丁寧にねじ曲がっており、遠目にシルエットだけ見れば盆栽のように見えなくもない。左右の足は股関節からいびつに曲がり、右足は胴体に巻き付きながら、左足は地面に身体を支えるようにして蛇のようにとぐろを巻いている。この気の毒な教師が新体操のメダリストだとしても絶対に無理だと断言できるポーズだ。頭部は本来の位置を保っているが、首の皮が螺旋状にねじれていることから、少なくとも1回転以上していることがわかる。言うまでもなく、首を1回転させて生きていられる人間はこの世のどこにもいない。
「これは魔法犯罪で間違いないですね」
アルペジオが断言する。
それはそうだろう。こんな芸当、魔法でも使わなきゃできるわけがない。
「えー? そんなふうに決めつけるのは早すぎないっすか? すんごいマッチョなプロレスラーみたいな男がやったのかもしれないっすよ?」
本城がいつもと変わらぬ明るい声と表情でアルペジオに反論する。
「ああん? 馬鹿か、てめえ。竜崎係長の話を聞いてなかったのかよ。あの人は被疑者の候補が何人もいるっつったろーが。ここは小学校だぞ? てめえの言うようなマッチョなレスラー野郎が何人もいてたまるかってんだ」
「あ、そっかー。そうだよねー」
本城はぺろりと舌を出して僕にウインクする。
殺人現場で不謹慎だ、と本庁から監視している管制官から咎められそうな言動だが、魔法犯罪捜査係ではまだ新米扱いの僕が異様な現場で緊張しているのを和らげようとしてくれているのだろう。やはり本城はいいやつだ。ローリングサンダーの言う通り馬鹿だけど。
それにしても、本城のふざけた犯人像を秒速で的確に切り返したところを見ると、この頭の悪そうな格好をしている喧嘩上等なヤンキー少女、頭のほうは悪くないようだ。少年課に補導されてきた暴走族のようないで立ちと、派手を通り越してケバい化粧さえ何とかすれば、警察官に見えなくも……いや無理か。
そんな唯我独尊我が道をゆく、そこんとこ夜露死苦なローリングサンダーもさすがに現場には木刀もマスコットキャラクターも持ってきていない。まあ当たり前なんだけど。この子ならやりかねない。そもそもこの格好で現場に臨場させる竜崎係長もどうかしている。
「あー、とにかくこの事件は魔法犯罪で確定ということでいいですね?」
僕に問われた三人が黙ったままうなずく。
正確にはローリングサンダーは「あったりまえだろ、馬っ鹿じゃねえの?」と吐き捨てたのだが、それは聞かなかったことにする。
魔法犯罪に関する捜査は本城のほうが経験豊富なのに、本城が先程のやり取りで道化のポジションを確立してしまったため、仕方なく僕がリーダーシップをとる羽目になった。
「聞いての通りです、轟管制官。当初の予定通り、魔法犯罪として捜査を開始します」
「了解」
え? それだけ?
オラクルの先には警視庁の管制室で轟響子管制官が鎮座している。僕たちの言動は逐一、彼女にチェックされ、管理されているわけだ。
鉄の女・轟響子にとって僕たちは手駒に過ぎない。だから「がんばってね」とか、そんな労いの言葉は最初から期待してはいない。
にしても少しは助言や指示を出してくれたっていいのに、と思うのは僕の甘えなのだろうか。どうやら管制官はあくまで管制官。指揮官として事件解決に導くのではなく、どこまでいっても魔法使いを制御の安全装置としての役割を果たすのが轟管制官のスタンスらしい。
ないものをねだったところで仕方がない。子供たちの神聖な学び舎を殺人事件現場にした被疑者を捕らえるため、捜査を開始するとしよう。
「それでは、風馬・アルペジオ組および本城・ローリングサンダー組はこれより鳳凰学園附属小学校で発生した魔法犯罪の捜査を開始します」