魔法捜査官

喜多山 浪漫

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魔法捜査官

喜多山 浪漫

第2話

『Monsters(怪物たち)』<4>


「おい、着いたぞ」


 しまった。いつの間にか眠っていたようだ。

 竜崎係長の低音の声に反応し、慌てて佇まいを整える。口元を手の甲で拭ってみる。良かった。よだれは垂れていなかった。

 視線を感じて隣を見ると、アルペジオがくくくと笑っている。


「いい夢をご覧になれましたか、捜査官殿?」


「ええ、おかげさまで」


 からかうように尋ねるアルペジオに対して、僕は少しむくれっ面で答える。明らかに自分の失態なのだけれど、こんなふうにからかわれると、つい反応してしまう。

 実際にはいい夢なんか見られるはずもなく、連続殺人鬼(シリアルキラー)と対峙して以来、見るのはいつも悪夢だ。しかし、車の心地よい揺れと陽気のおかげか、そんな中でも比較的マシな悪夢を見ることができたのはせめてもの救いだった。

 出口のない迷宮。蠢く魔法生命体(ゴーレム)。相棒のアルペジオがいない迷宮では僕は逃げ回るしかない。頼れる武器はニューナンブに込められた5発の銃弾のみ。逃げども逃げども出口は見つからない。ついにはCODEデスに捕まったところで、竜崎係長の声に起こされた。


「竜崎はんとの同伴やっちゅうのに居眠りとは、ええ度胸でんなぁ。期待の大型新人っちゅうわけでっか」


 ミスターが白い歯をむき出しにしてニヤニヤ笑っている。その風貌とネイティブな大阪弁のギャップに引きつった笑いを返すしかすべがない。

 到着したのは田園調布にある警護対象の要人宅。

 過日、世田谷区の現場へアルペジオと行ったときにも実家の2~3倍はある豪邸が散見された。しかし、これは規模が違う。格が違う。高級老舗旅館にしか見えない外観はお屋敷とか御殿と呼ぶのに相応しい。こんな大邸宅、どんな仕事をしていれば建つのか見当がつかないし、これを維持するのに一体何人の使用人がいるのかも想像がつかない。いわゆる世間の言う上級国民の住まいである。もうため息しか出ない。


 この大豪邸の主、警護対象である人物は、外務大臣・大泉一朗太(おおいずみ いちろうた)。大泉家は戦前から現在に至るまで4名もの大臣を輩出している日本有数の政治家一族だ。有名人なので僕でもテレビや新聞で何度か見たことがある顔だ。記憶では確か年齢はまだ60代前半。黒々とした髪はポマードでオールバックに仕立てられている。いかにも金には苦労していませんと言いたげな金満家のオーラがにじみ出ており、その容姿はお世辞にも痩せているとは言い難い。トレードマークの黒縁メガネも似合っているとは言い難く、言葉を選ばないなら脂ぎった豚と評するのが失礼ながらしっくりとくる。食事中にテレビ画面に映るとチャンネルを変えたくなるのは僕だけじゃないはずだ。

 この特徴的すぎる容姿に加えて、政治家としての実績はほとんど聞かないというのに、知名度と金があれば大臣になれるのだから不思議な国だ。いや、それは日本に限った話でもないか。


 今回、相手が魔法使いとはいえ、魔法犯罪捜査係だけではこのだだっ広い屋敷を警護するのに不十分なため、警備部からも数名のSPが警護にあたっており、更に不足する人員を所轄の警察官で補っている。

 あらかじめ竜崎係長と警備部の担当責任者との取り決めによって、相手が魔法使いでない限りは、警護のプロフェッショナルである彼らが主導権を握り、僕たちもその指揮下に入ることになっている。

 A国の魔法使いが登場しない限り、基本的に僕らの出番はない。これが警備部のプライドを維持するための最低限の線引きということか。くだらないと思うが、大の大人が本気で縄張り争いするのが組織というものだ。


 現場について早々、関係者との顔合わせを済ませた。

 SPたちも所轄の警察官たちもA国の魔法使いを警戒する以上に、今まさに間近にいる魔法使いアルペジオと魔法使いミスターを危険分子と認識しているらしく、あからさまに警戒する態度を見せた。その目には強い恐怖と侮蔑の色が浮かんでいたことに、僕は少なからずショックを受けた。

 同じ警察官なのに、あまりにも差別的な態度。アルペジオはつい先日、連続殺人鬼(シリアルキラー)の逮捕に命懸けで貢献したというのに、この扱いはないんじゃないか。憤りを禁じ得ない。

 そんな僕の怒りをなだめるようにアルペジオが「まあまあ」と気の抜けた笑顔を向けてきたのが、なおさら腹立たしく感じた。


 魔法後進国の日本と異なり、諸外国では積極的に魔法を使って治安の維持がおこなわれている。対象は魔法犯罪に限らず、ノーマルな(魔力を有さない)凶悪犯罪者たちを制圧するのにも魔法が行使される。日本では銃を発砲することさえ神経を尖らせるのに対し、海外では銃はもちろんのこと、有事には魔法使いたちを機動警察隊として柔軟かつ迅速に運用できる法整備もできている。

 しかし、魔法や魔法使いに対して開明的な政策は良いことばかりではなく、治安の維持という目的と矛盾するかのように魔法犯罪も日本と比べてかなり多い。特に、自由の国アメリカは銃社会、魔法社会として世界ナンバーワンであると同時に、魔法犯罪大国でもある。かの国では原則として自分の身は自分の身で守るものという意識が強く、それが自由の本質でもあるらしい。

 果たして、どっちがいいのか。僕としては、どっちもどっちだと思う。


 さて、警備部との顔合わせが済んだ後、今度は警護対象である大泉外務大臣への挨拶へと向かう。ここでまたひと悶着。


「魔法使いなど認めんぞ! ワシは脱・魔法社会を公約に掲げて外務大臣になった政治家なんだぞ! 魔法使いに警護されたなどとマスコミの連中に知られたらどうなる!? 後援会の連中になんて言い訳する!? 選挙が近いんだ! ワシのことは警察に護らせろ!!」


 激高する大泉外務大臣に対して、竜崎係長は臆することなく冷静に対応する。

 社会的な地位はともかく、人間としての格の違いは一目瞭然だ。


「お言葉ですが、大臣。彼ら魔法使いも警察官です」


「じゃあ、自衛隊の連中をよこせ! ワシはこの国の外務大臣だぞ!」


 魔法使いに対する差別意識は、あらゆるところに潜んでいる。そして、その差別意識は魔法に対する過度な恐怖と、ゆがめられた歴史認識によって生まれていている。それが今日の日本を魔法後進国たらしめている一番の原因であり、諸外国の思う壺になっているということを、外務大臣であるこの男でさえ理解していないのが現状だ。

 しかも、自衛隊は内閣総理大臣および防衛大臣の統制下において防衛省に管理されている組織である。外務大臣が偉そうに自分の物のように顎で使えるものではない。

 心の中で頭を抱えているところにオラクルの通信音が流れる。たぶんロクでもない知らせだろうが、この場においては福音の鐘に聞こえる。


「管制官から魔法犯罪捜査係・竜崎係長に連絡。そちらに極めて強い魔力反応が接近中です。A国の殺し屋と思われます」


「わかった。魔法使いアルペジオと魔法使いミスターに対処させる。コントロールは任せたぞ」


「了解しました」


 管制官・轟響子の階級は警視。一方の竜崎巌係長の階級は警部。階級としても魔法使いの運用に関する指示系統にしても、管制官のほうが上なのに、このちょっとしたやり取りの中だけでも上司と部下が逆転しているように感じる。

 僕に対してはどこまでも上から目線の轟響子女史が、竜崎係長に対しては忠実な部下のようにふるまっている。竜崎係長の年齢、経験、実績に敬意を払っているだけなのかもしれないけれど、なんだかとっても納得がいかない。


 つまらない感情でふてくされていたところに、正門の方角から男たちの怒声と悲鳴が上がる。1発、続けて2発3発4発、と銃声が響く。


「……ちっ。馬鹿が。魔法使いの始末は魔法使いに任せろと、あれほど言っておいたのに」


 竜崎係長が苦虫を潰したような表情でつぶやく。

 正門ではSPと所轄の警察官がA国の魔法使いに無残に蹂躙されていることだろう。いくら彼らが魔法使いを嫌悪していようと見殺しにするわけにはいかない。僕たち魔法犯罪捜査係の捜査官と魔法使いには、魔法犯罪から国民の命と、この国を守る責務があり、その国民の中にはSPたちも含まれるのだから。