魔法捜査官

喜多山 浪漫

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魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<22>

 LV99――

 連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児と僕らの間にあったのは、途方もなく隔絶したレベル差だった。

 獲物を追い詰めたつもりが、これでは僕たちのほうが罠にかけられた獲物だ。

 こちらは管制官からの指示で魔法の使用をLV20までと制限されている。LV99とLV20では勝ち目はない。おそらく、かすり傷一つ付けることはできないだろう。

 いや、たとえ制限がなかったとしても勝てるはずがない。なぜなら、LV99は最高レベル。つまり僕らに向かって不敵な笑みを浮かべている男は、世界最強の魔法使いなのだ。


 しかし、だからと言ってこのまま立ち尽くしているわけにはいかない。この男を野放しにしてしまったら、また惨劇が繰り返される。最強の魔法使いと言っても生身の人間だ。魔法を使う前に仕掛ければ……。

 今こそ、携行している拳銃を使用する場面だ。幸い、拳銃の使用については管制官の許可を得る必要がない。僕の判断だけで拳銃を構え、時任に目がけて引き金を引くことができる。

 これが連続殺人鬼の凶行を止める最後のチャンスかもしれない……。

 どうする? やるか?

 恐怖と義憤と使命感とが頭の中でないまぜになって、半ばヤケクソの心境で僕は連続殺人鬼に一矢報いようとしたそのとき――


「おっと。危ないですよ、捜査官殿」


 せっかく覚悟を決めて一歩踏み出そうとしたのに、アルペジオに首根っこをグイッとつかまれたため、半歩も進めなかった。

 けれども、それが幸いした。僕の眼前には大きな氷柱(つらら)が生えている。あのまま一歩踏み出していたら、僕はお尻から口へと貫かれて串刺しになっていたところだ。

 あの一瞬でこれだけ殺傷能力の高い魔法を眉一つ動かさずに行使した時任にも驚きだが、時任の魔法を看破して僕を助けたアルペジオにも驚きだ。


「LV99の魔法使いを単身制圧しようだなんて、捜査官殿は武闘派ですねぇ」


 無謀にもLV99の魔法使いに挑もうとした僕をからかうようにアルペジオが言うが、その瞳は変わらず時任を静寂に見つめている。

 華奢な優男だと思っていたが、僕の襟首をつかんでいる腕は意外とたくましく、白いシャツから垣間見えた手首にはいくつもの古傷があった。


「捜査官殿。魔法使用制限をLV100で申請してください」


「え……?」


 一瞬、彼が何を言っているのか、すぐには理解ができなかった。その言葉をもう一度頭の中で反芻して、ようやく理解が追いついたものの、現実離れした妄言とも思える内容に戸惑うばかりだ。


「し、しかし、魔法使いの最大レベルを超える申請をしたところで無意味では……」


 反論する僕の言葉に気を悪くする様子もなく、ただ落ち着き払った表情で時任を見つめるアルペジオは、歴戦の勇者の風格を漂わせ、なんだか頼もしい。

 え?

 え?

 もしかして……ひょっとして……アルペジオはLV100以上の魔法使いなのか?

 いやいや。そんな。まさか。とても信じられない。


「急いで!!」


 戸惑うばかりで思考停止状態の僕を、アルペジオが叱咤する。初めて見せる彼の厳しいまなざし。こんな表情もできるのか。


「ふん! ハッタリだ!」


 時任暗児が神経質に顔を引きつらせながら声を上げる。

 僕もまったく同感だ。けれども、ここは連続殺人鬼より、頼りなくても相棒のほうを信じたい。


「捜査官から管制官に緊急連絡。被疑者・時任暗児と遭遇するもLV99の魔法使いと判明。ただちに魔法使いアルペジオの魔法使用制限を上方修正願います」


 しばしの逡巡。

 オラクルの向こう側にいる管制官もさすがに即答できずにいるようだ。


「……LV99の魔法使いの存在を確認。使用者・魔法使いアルペジオ。魔法使用制限……LV100」


 許可が下りた。

 しかもLV100で。

 アルペジオの言葉は妄言ではなく、真実だったのか。

 管制官が、心底口惜しそうな声で釘を刺すように続ける。


「……こんなことは例外中の例外よ。被疑者を確保または処分した後、速やかに魔法使いアルペジオをグリムロックで封印することを承認条件とする」


「りょ、了解しました。管制官の条件付き承認に基づき、魔法使用制限をLV100に上方修正。グリムロックを解除します」


 オラクルを操作する。グリムロックを解除する。ここまでは今までと何も変わらない。

 しかし、グリムロックを解除した瞬間、アルペジオの身体がまばゆい光を放つ。

 それだけではない。なんと、被害者遺族に殴られて欠けたはずの前歯がみるみるうちに生えていく。

 これは……自動回復能力……? これがLV100の魔法使いの力……?


「ば、馬鹿な!!!?」


 目の前の事実を否定するように時任が吐き捨てる。

 それに対してアルペジオは至って平静に応じる。


「魔法とは必要なときに必要なだけ使うもの。むやみやたらと、ひけらかすのは素人というものですよ」


「必要なときに必要なだけだと!? てめえ! まだ余力があるって言うのか!?」


「さあ? それは企業秘密です」