魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<2>
突如、鉄の女とエンカウントしてしまったせいで気分転換することもままならず、すごすごと再び薄暗い地下5階へと戻ってきた僕を待っていたのは、ぴりりと空気の張りつめた魔法犯罪捜査係の室内だった。
これまでほとんど誰も見かけなかったのに、僕がいなかったほんの数十分の間に何人かの職員が難しい顔をして腕組みをしたり、天井を仰ぎ見たりしながら集まっている。何事かあったのだろうか。
僕が新米だからというのもあるのかもしれないが、こうして見る限りでは誰が捜査官で誰が魔法使いなのかわからない。世間だけでなく身内であるはずの捜査一課長や管制官まで怪物扱いする魔法使いも、外見はただの人間なのだ。
……いや、そんなことはないな。
約1名、一見して明らかに怪しい人物がいる。
身の丈2メートルはあるだろうか。褐色の肌を持つ巨人。スキンヘッドに金髪の髭ともみあげ。腰には黄金の獅子のバックルが輝いている。
明らかに、どこをどう見たって、日本人じゃない。しかも、魔法犯罪捜査係のマスコットキャラであるらしい黒猫のニャンゾ~くんのぬいぐるみをニコニコしながら抱いている。本人にとってはギャップ萌え狙いなのかもしれないが、傍から見れば不気味でしかない。
確かに毒を以て毒を制すをモットーとする魔法犯罪捜査係には、元犯罪者や外国人も所属していると噂には聞いていた。けど、これはない。さすがにこれは駄目でしょ、日本警察よ。
それから1時間後――
僕は今、車の後部座席の中央に座って現場へ向かっている。
ハンドルを握るのは私服警察官。緊張した面持ちで手も震えている。おそらく魔法犯罪捜査係所属ではない刑事を運転手として借りてきたのだろう。その隣には我らが魔法犯罪捜査係の係長・竜崎巌(りゅうざき げん)、その人が乗っている。
竜崎係長は、元捜査一課の刑事として名を馳せた古強者で階級は警部。年齢は確か今年で50歳だったはず。キャリア組ではなく現場からの叩き上げで警部にまで登り詰めたのだから、相当な功績を上げてきたに違いない。
意志の強そうな眉と猛禽を連想させる鋭い目つき。浅黒い精悍な肌の色とロマンスグレーの髪が対照的で見る者にワイルドな印象を与える。黒基調でまとめたスーツはともすれば葬儀の参列者を想起させるが、エレガントな着こなしのためか大人の男の色香すら漂わせている。歳を重ねたらこんなふうになりたい。同じ男としてそう思わせる魅力が竜崎係長にはあった。
僕の右隣には相棒である魔法使いのアルペジオが行儀よく座っている。寝ぐせと区別のつかないフワフワの栗毛に学者然とした丸眼鏡、クラシカルなスーツはすでにおなじみだ。
そこまではいい。
そこまではいいとして問題は僕に左隣に鎮座している物体だ。
スキンヘッドがルーフにめり込まないように猫背になって丸まっている黒色の巨体。長い長い脚を器用に折りたたんで両手で抱えて小さくなっている姿は、子供が体育座りをしているように見えなくもないが、あまりにも巨大なため可愛さの欠片もない。
後部座席の真ん中に座っている僕としてはこの隣の黒い巨人のせいで肉体的にも精神的にも、とても居心地が悪い。誰かどうにかしてくれ。
「あの……、竜崎係長。こちらの大柄な方は、どちら様で?」
「ああ、これか。このデカいのはアルペジオと同じく、うちの魔法使いだ」
ハスキーだけど、よく通る声で竜崎係長が答える。
僕たちが問答している間、巨人もアルペジオもただ前だけを向いている。
「……ちなみに、お名前は?」
「ミスターだ」
「ミ、ミスターさんですか……。どちらのお国のご出身の方で?」
「日本警察の魔法使いだからな。もちろん日本人だ」
係長はさも当たり前かのように答える。冗談めかした様子は微塵もない。
「日本人の父親と日本人の母親のもとに産まれた。少なくとも戸籍上は完璧な日本人だ」
係長の紹介に反応して、ようやく黒い巨人がこちらを向いた。黒い顔に白い眼球でギョロリと見られると思わず身体が強張ってしまう。そんな僕の緊張をほぐすためか、にぃっと白い歯と赤い歯茎をむき出しにして笑う。しかし、これがまた怖い。
「まいどおおきに。大阪は心斎橋、アメリカ村出身のミスターでおます」
やばい。どこからツッコんでいいのか、わからない。
空気に耐えかねて、僕は質問を変えることにした。
「係長……。アルペジオとかミスターとか、コードネームはコードネームでいいんですけど、ちゃんとした普通の名前というか、本名も教えていただけませんか?」
「アルペジオはアルペジオ。ミスターはミスター。それがこいつらの名前だ」
竜崎係長はそれだけ言うと、もう話は終わったと言わんばかりに腕を組んでそのまま目をつむってしまった。隣にいる運転手は我関せずの姿勢を崩そうとせずにハンドルの操作だけに集中している。
「ま、そういうことですよ、捜査官殿。あなたは、ペットをフルネームで呼びますか? 呼びませんよね。田中ぽち。佐藤ベル。そんなふうに呼ぶ人はいません。それと同じことですよ」
黙り込んでしまった竜崎係長の後を引き継ぎ、アルペジオが答えてくれたが、それは僕の望む答えではなかった。
「でも、あなたたちはペットじゃなくて人間です」
「ははは。そう思ってもらえるのも今のうちだけだと思って素直に喜んでおきましょう。でも、いつか私たちを見る目が変わります。私たちをペットどころか、怪物だと思う日が来ます。きっと」
まただ。
またそうやって僕の心情を勝手に決める。
これまで散々差別されてきたからだろう。アルペジオは時折こんなふうに自虐的な物言いをする癖があるようだ。僕はそれがどうにも気に食わない。
僕の心は僕が決める。そんなふうに決めつけられたくはない。
よし。
こうなったら意地でも魔法使いの味方で居続けてやるぞ!
……なんて感情的になるのは悪い癖だ。先の事件の失態もある。常に冷静に冷静に。
そう自分に言い聞かせながら、僕はこの話題を閉じることにした。