魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<18>
真相が見えてきた。
A国の魔法使いは外交官ルートで日本に潜入し、殺し屋として日本政府の要人暗殺を計画しているという情報を故意に流した。これは警護対象を絞らせずに、我々警察の戦力を拡散させるための事前工作だった。その目論見は見事的中し、僕らはまんまと戦力分散の愚を冒すことになり、苦戦を強いられる羽目となった。
しかし、魔法使いアルペジオと魔法使いミスターの活躍で、A国の魔法使いが用意した罠を破ることに成功。いや、罠というのは正確ではないかもしれない。その仕掛けのおかげで、なぜA国の魔法使いが大泉外務大臣の命を狙ったのか、そして大泉外務大臣が過去に何をしたのかが判明したわけだから、これも計画の内だったと考えるべきか。
いまだA国の魔法使いの手のひらの上で踊らされている可能性はあるものの、晴れて自由の身になった僕たちのやるべきことは明確だ。だけど、事の真相が真相なだけに、闇が深すぎて身動きが取れない。
そんな中、最初に口を開いたのは魔法使いミスターだった。
「風馬はん。わては、このまま何もせんでええとと思うんやけど……」
「それは大泉外務大臣を見捨てろと、そういうことですか?」
魔法使いミスターの目を見上げる。
見下ろす彼の瞳には迷いが見て取れる。じっとそのまま見つめると、ミスターは居心地悪そうに顔をそむけた。
確かに大泉外務大臣には命を賭して守る価値などない。個人的にはミスターの考えに全面的に賛成したいところだ。しかし、警察官としてはそうはいかない。救えるはずの命を見捨てるなんて、もってのほかだ。
僕は救いを求めるように魔法使いアルペジオのほうを見た。彼はあの連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児と対峙したときも僕の暴走を諫めてくれた。彼なら警察官の職務をまっとうすべきだと言ってくれるはずだ。
「私は……。先の大戦中に日本が人体実験をおこなった事実なんて存在しないと思っていました。けど、事実は違った……」
アルペジオは肩を落として悔しそうに心情を吐露する。
「あの人体実験の数々はすべて大泉一朗太個人の独断でおこなわれたことで、当時の日本政府も軍部も預かり知らぬことだったのかもしれません。ですが、それでも人体実験をおこなったという事実に変わりはない。先の戦争では、多くの兵士と魔法使いたちが一丸となって祖国と家族の平和を守るために戦った。そう信じていたのに……」
アルペジオは今にも泣きだしそうだ。
信じていたものが否定されたとき、裏切られたとき、その人の信念は大きく揺らぐ。人間としての軸がぶれる。魔法使いアルペジオという人間を構成していた重要な何かが、今、彼の中でガラガラと崩れているのだろう。
アルペジオもミスターと同じく魔法使いだ。人間を使い捨ての道具のように利用し、魔法を自らの欲望のために悪用した大泉外務大臣を許せないに違いない。しかも、大泉外務大臣は脱・魔法社会を公約に掲げて世論に迎合し、魔法使いや魔力を持つ人間たちを排斥する側に立っていたくせに、自分だけは密かに魔法の恩恵を享受していたのだ。許せるはずがない。
平時のアルペジオなら個人的な感情と警察官としての責務とを区別し、僕と一緒にミスターを諫めてくれていたであろう。だけど、今はアルペジオ自身の信念が揺らいでしまっている。こんなときこそ、相棒である僕がしっかりしなければ。
連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児を追い詰めたとき、僕は職務を忘れて時任を私情によって裁こうとした。こんな悪魔のような人間はこの世にいないほうがいい、この手で処刑してやろうと本気で思った。しかし、その傲慢さと油断のせいで、あわやアルペジオを死なせてしまうところだった。
当のアルペジオの魔法のおかげで何とか事なきを得たが、あれが彼のような熟練の魔法使いでなかったとしたら、僕は大切な相棒を死なせているところだった。
もう同じ過ちは繰り返さない。警察官は決して一時の感情で判断を誤ってはならない。
「お二人のお気持ちはよくわかります。個人的には僕も大泉外務大臣を許せない。けど、それはあくまでも個人的な感情です。僕たちは警察官です。警察官が個人的な感情に負けて、職務を放棄するようなことがあってはいけません」
「風馬はん。そりゃ正論ですけどな、あんさんも見ましたやろ? 罪もない子供たちが、あないに惨たらしい殺され方したんでっせ? あんさん、あの子らにも同じことが言えまんのか?」
「……言えません。しかし、彼らの復讐をするのが僕たちの任務でないことも確かです。僕たちは警察官だ。そして、あなたたちは警視庁魔法犯罪捜査係に所属する魔法使いだ。世間は……いや、同じ警察官でさえもあなたたちを怪物扱いするけれど、ここで任務放棄して警護対象を死なせるようなことになったら、それこそ怪物になってしまう。あなたたちは、怪物なんかじゃない。警察官であり人間だ。僕はそう信じています」
「「………………」」
一気にまくしたてる僕の言葉に二人の魔法使いは押し黙ったままだ。
アルペジオは目を閉じたままうつむき、ミスターは天を仰いでいる。
「それに、竜崎係長だって言っていたじゃないですか。日本の魔法使いの力を見せてやれ。これ以上、諸外国の連中にナメられてたまるか、って」
最後の一押しは、彼らも一目置くであろう係長の言葉を借りた。
未熟な新米捜査官の言葉だけでは響かないかもしれない。だからこの際、カッコ悪かろうが何だろうが、彼らを止められるのなら誰の言葉だろうと借りてやるつもりだ。
「……わかりました」
ようやく面を上げたアルペジオは、申し訳なさそうな、照れくさそうな表情でぎこちなく微笑む。
「おっしゃる通り、私はこれでも一応警察官で、警視庁所属の魔法使いです。捜査官であるあなたの判断に従います」
「まあ、これも仕事のうちっちゅうわけでっか。風馬はんの言う通り、このまま見殺しにしてしもたら、わてらも怪物になってまうし、そうなったら上の連中は大喜びでわてらを始末するやろなぁ。それは我慢ならんし、ここは風馬はんの指示に大人しゅう従いまひょ」
ミスターが今までのやり取りが冗談だったかのように、おどけて敬礼する。
だが、僕には通じてもオラクルとグリムロックの向こうで神経を尖らせて耳を澄ませているに違いない管制官には通じない。
ミスターの言う通りあのまま任務を放棄していたら、良くても謹慎処分、最悪の場合は首輪(グリムロック)に付いている小型爆弾が即座に起爆され、Bomb!だ。もしかすると、管制官・轟響子女史の指はすでに起爆装置のスイッチにかかっているかもしれない。
「さ、さあ、そうと決まれば急いで大泉外務大臣のもとへ行きましょう!」
僕はこの一連のやり取りを聴いているであろう管制官に聞こえるように、殊更大声で今からちゃんと任務に向かいますよ!とアピールした。
先程の会話を聞かれてしまっている以上、大泉外務大臣を死なせてしまったら責任を追及される可能性大だ。反抗的な魔法使いを正当な理由で処分するまたとない機会。轟響子女史なら喜んで処分するに違いない。
なんだか本当に心配になってきた。アピールするだけじゃなく本当に急がないと。
僕が駆け足で屋敷の中へ向かうと、二人の魔法使いもそれに続いた。