魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<14>
私立鳳凰学園附属小学校に突如として魔法犯罪が発生した理由がわかった。原因は、何者かが仕掛けた魔導書(グリモワール)だった。いずれその許しがたい何者かの正体を突き止める必要はあるが、今はまだそのときではない。今やるべきことは残り8名の生徒たちの安全の確保、そしてその中に紛れている被疑者を特定し、身柄を確保することだ。
「この魔導書(グリモワール)の魔力から推察するに、被疑者はLV20相当の魔法使いに強制覚醒している可能性が高そうですね」
誰に言うでもなくつぶやいたアルペジオは、悲しみを帯びた瞳で魔導書(グリモワール)を見つめている。
「それは具体的にどの程度の確率なんですか?」
「確率ですか。あくまで経験則に基づく私見ですから何とも……」
魔法は現代においても解き明かされていない謎めいた存在だ。幽霊やUFOと異なるのは、存在すること自体は確実で、法令まで制定されている点である。しかし、その点さえ除けば幽霊やUFOの類と変わらないぐらい不確かな存在であり、確率だの証明だのと科学的に分析するのは難しい。だから、こういう場面では経験豊富な、例えばアルペジオのような人物の経験則に頼るしかないのが実情なのだ。
「わかったっす。そんじゃあ、被疑者はLV20以上ってことで魔法使用制限を上程するとしましょう」
そう言うと本城がオラクルを取り出す。
「あー、こちら本城っす。被疑者を迅速に、かつ安全に確保するために魔法使いローリングサンダーおよび魔法使いアルペジオの魔法使用制限をLV10からLV40へ上方修正することを提案するっす」
キリリとした表情で本城が管制官に意見具申する。LV40への大幅な上方修正とは、これまた思い切った提案をしたものだ。表情と口調からはどこまでが本気でどこまでが冗談なのか、さっぱりわからない。
だが、彼の提案には諸手を挙げて大賛成だ。被疑者のレベルが少なく見積もってもLV20相当である以上、使える魔法はより多く、より強力であるに越したことはない。僕たちの安全はともかく、子供たちの安全のために。
「却下」
バッサリと一言で切り捨てる管制官。子供たちの救助の際には、法に触れない範囲である程度の融通を利かせてくれたが、法に触れるとなると再び厳格な管制官の顔を覗かせる。
「さすがに2倍の上方修正は無理だったみたいっすね」
本城はへこたれる様子もなく、僕のほうを見てウインクし、ペロッと舌を出す。
差し迫った状況下、彼のこういう性格には心救われる。
「じゃあ、LV30で」
食い下がる本城。
「却下」
「それなら、LV25で」
頑張れ本城。
負けるな本城。
「却下」
「ええい! 持ってけドロボー、LV20だ」
なんだか蚤の市で値引き交渉しているみたいになってきた。
この場合、値段……じゃなくてレベルが下がれば下がるほど、僕たちの命が危険にさらされるわけだが。
「魔法使用制限はLV15とします。ただちに捜査を再開し、被疑者を確保しなさい」
反論を許さない強い口調。そこにはいつもの冷静な鉄の女はいなかった。彼女とて葛藤しているのだ。それはわかる。しかし、現場で命を張らなきゃならないのは僕たちだ。申し訳ないが彼女の立場に配慮して大人しく引っ込むわけにはいかない。
「管制官。少なくとも被疑者はLV20相当の魔法使いだと推測します。LV15というのは、あまりにもおかしいのではないでしょうか」
「そうそう。新米の言う通りだぜ、轟の姉御ぉ。みみっちいこと言ってないで、ずばばーん!と思い切って派手な魔法を使わせてくれよ」
「LV20というのはアルペジオの私見に過ぎない。LV10からLV15へ上方修正するだけでも異例の措置よ」
「ええ~、本当にいいんすか~? ここって名門校でしょ。政財界のお偉いさんのご子息もいるでしょうに。あとで管制官が大目玉喰らうかもしれないっすよ?」
「私は法に従い、管制官としての任務を全うするだけ。お偉方への忖度は任務の対象外よ」
管制官、轟響子女史の判断基準はあくまでも法に基づくものというわけか。相手によって方針を変えないだけフェアと言えばフェアなのだが……。
果たして、こんなことで本当にいいのだろうか。相手がお偉いさんの子息かどうかに関係なく、罪もない子供たちが危険にさらされているのだ。こんなやり方で大切な命を守ることができるのか。はなはだ疑問である。
一方的な偏見と恐怖から生まれた法律を警察官として遵守することと、法を破ってでも子供たちの安全を最優先したいと思う気持ちとの狭間で、僕の心は大きく揺れている。
ああ。誰か、こんなクソみたいな法律をブチ壊してくれ。