魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<21>
かつて被疑者とがりえいこだった小学二年生の少女が涙を流す。
「どうして……? どうして……?」
残酷なことに混乱はしているものの意識ははっきりしているようだ。いっそ意識が無くなっていれば救われただろうに……。
少女のままの顔が己の肉体を茫然と見つめながら泣きじゃくっている。その肉体は今や音楽室の天井を突き破らんばかりの巨大な、水死体のような水膨れの塊だ。
少女の涙は、変わり果てた姿を嘆いてのものか、自らの罪を後悔してのことか。あるいは自分に魔導書(グリモワール)を与えた第三者への恨みからか。
「捜査官殿。あの可哀そうな少女の魔力を計測してください」
アルペジオに促され、取り出したオラクルで魔力を計測してみる。
――LV51。
魔力の暴走の結果が、これか。
少女は実験だと言っていたが、その代償はあまりにも大きすぎた。
「捜査官から管制官に緊急連絡。被疑者とがりえいこはLV51の魔法生命体(ゴーレム)に変化しました。対処するため、ただちに魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限を上方修正願います」
「……了解。LV51の魔力反応を確認。魔法使いアルペジオは魔法使用制限LV52、魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限は最大レベルのLV43とする」
ローリングサンダーはLV43が上限なのか。LV51を相手にするには少々心許ないものがある。後衛に回ってアルペジオのサポートと、子供たちを守ることに専念してもらったほうが良さそうだ。本当なら子供たちだけも逃がしたいところだが、すでに音楽室は怪物の触手に包囲されている。子供たちを守りながら戦うしかない。
魔法犯罪者との交戦に入った場合、迅速な判断が求められることからその対応は現場指揮官である捜査官に一任される。これは捜査官に認められている数少ない権限である。せめて最大限行使して子供たちに被害が及ばないように努めよう。
すでに二人の魔法使いは戦闘態勢に入っている。あとは僕が適切な指示をするだけだ。現在のレベルで彼らが使用できる魔法を把握しておくため、オラクルで確認する。
《魔法使いアルペジオ》 LV52
【攻撃魔法】
パイロ(炎属性攻撃魔法)
アイス(氷属性攻撃魔法)
ストーム(風属性攻撃魔法)
ボルト(雷属性攻撃魔法)
メガパイロ(パイロの上位魔法)
メガアイス(アイスの上位魔法)
メガストーム(ストームの上位魔法)
メガボルト(ボルトの上位魔法)
パイロド(パイロの全体魔法)
アイスド(アイスの全体魔法)
ストームド(ストームの全体魔法)
ボルトド(ボルトの全体魔法)
メガパイロド(パイロの上位全体魔法)
メガアイスド(アイスの上位全体魔法)
メガストームド(ストームの上位全体魔法)
メガボルトド(ボルトの上位全体魔法)
【回復魔法】
なし
【補助魔法】
ブースト(身体強化)
マジックバリア(魔法防御)
魔法使用制限が上方修正され、各属性の上位全体魔法が使用できるようになった。だが、攻撃対象は巨大ではあるものの、魔法生命体(ゴーレム)1体のみ。果たして全体魔法が有効なのかどうか、はなはだ疑問である。
《魔法使いローリングサンダー》 LV43
【攻撃魔法】
なし
【回復魔法】
なし
【補助魔法】
ブースト(肉体強化) ※重複可
スピードアップ(加速) ※重複可
アンチマジック(魔法耐性) ※重複可
ミラージュ(幻影)
ドッペルゲンガー(分身)
魔法使用制限を上方修正しても、攻撃魔法・回復魔法ともになしか。最大レベルだというのに補助魔法が2種類増えただけ。ローリングサンダーの普段の言動から回復魔法はないにしても攻撃魔法は充実していそうなものだが……それは偏見というものか。
今までどうやって魔法犯罪捜査にあたってきたのだろう。やはり肉体強化してからの殴る蹴るの暴行か? ……本城の苦労が偲ばれる。
「ミラージュ(幻影)にドッペルゲンガー(分身)か」
攻撃対象をかく乱して隙を作ったり、今回のように子供たちを守りながらの戦闘になった場合には身代わりを作ることもできそうだ。この戦いには適していると言える。
それにしても幻影に分身とは――
「まるで忍者だな」
「お、新米。なかなかわかってんじゃねえか。アタイ、忍者の末裔なんだぜぇ?」
僕の独り言に、本気とも冗談ともつかない反応をするローリングサンダー。その手は印を結び、今にも「にんにん」と言い出しそうだ。
かつて日本の権力者たちを影で支えた忍者は、魔法使いだったというのが通説である。当時はまだ現在のような魔力や魔法使いに対する差別はなく、むしろ特殊能力として尊重されていた。それが現代では徹底した差別の対象になっているのは、やはり戦後の徹底した情報操作のなせる業だろう。
敵は魔法犯罪者だけではない。
この国ではあらゆるものが隙あらば魔法を根絶しようと圧力をかけてくる。
そんな環境下で目の前の巨大な魔法生命体(ゴーレム)と向き合わねばならぬ理不尽を僕はぐっと飲み込む。
「魔法使いアルペジオ。魔法使いローリングサンダー。ただちに被疑者とがりえいこを制圧してください」