魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<16>
人体実験の犠牲になったと思われる少女、老婆、少年。彼らを回復魔法ヒールで癒したことで、一時は脱出不可能かと絶望した迷宮の結界もあと少しで解けるらしい。
魔力のない僕にはちっともわからないけど、魔法使いの二人がそう感じると断言するからにはそうなんだろう。彼らの言葉を100%信じると決めている僕としては、余計なことは考えずに残る未踏の地を探索するだけだ。
けど、何だろう? このそこはかとない疎外感は……。
いやいや、余計なことは考えるな。余計なことを考えれば頭の中がぐちゃぐちゃになって、人体実験の果てに殺された、およそ人間と認識するのが困難なぐらいに解剖された肉の塊が次々と頭に浮かんでくるに決まっている。どうせ迷宮を脱出するためには見なくちゃいけないのなら、わざわざ自ら想像を膨らませて精神的疲労を積み重ねる必要はない。
頭を真っ白にして、ただ歩く。これが一番だ。
「あれ? おかしいですね。これで迷宮の中はすべて探索したはずなのに……」
行き止まりとなった通路。
てっきりここに最後の哀れな被害者の怨霊が待っているとばかり思って覚悟していたのに、拍子抜けだ。
ホラーな現場に立ち会わなくて済んだのは嬉しいが、このままでは迷宮を脱出できない。それは困る。
「ひょっとすると、どっかに隠し通路があるんとちゃいますか?」
「ええ!? この迷宮の中でヒントもなしに隠し通路を探すなんて無茶ですよ!」
いけない。思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
「時間がありません、捜査官殿。ここは考えるよりも行動しましょう。隠し通路じゃなくても、まだ見落としている場所があるかもしれません」
「え、ええ、そうですね」
一応、丁寧にマッピングしながら捜査してきたつもりだが、時折出現する怨霊(実際には魔法生命体(ゴーレム))が怖くて見落としてしまっている可能性も否めない。いや、結構その可能性が高いかも……。
アルペジオを見ると、咎めるわけでもなく新米捜査官である僕を温かく見守るような視線で見つめている。普段はどこか抜けている道化のような雰囲気を醸している彼も、こういう場面では頼りになる年上のお兄さんという感じがする。
アルペジオが長兄だとすると、ミスターは次兄? 年齢不詳なミスターはその風貌から僕よりも年上のお兄さんという気もするけど、案外やんちゃな弟かもしれない。
捜査一課長をはじめ、これまで僕の周囲にいた同僚たちは皆、声をそろえて魔法使いの危険性を口にしていたが、こうして一緒に捜査をしていると頼れる仲間でこそあれ、怪物呼ばわりされるような存在ではないと断言できる。
確かに魔法は危険だ。
記憶透視魔法ダイブは悪用すれば世界の常識がひっくり返ることになるだろうし、攻撃魔法はどれ一つとってもいとも簡単に人命を奪うことができるものばかりだ。しかし、それはどこまでいっても使い方次第、使う人間次第。悪しき心をもって魔法を行使する者、それこそが怪物なのである。
「風馬はん。あれ……」
ミスターが薄暗い迷宮の奥の方角を指さす。目を凝らしてみると、そこには人影がある。
慎重に、慎重に、ゆっくりと人影との距離を縮める。襲ってくる気配はない。
目視できる距離まで詰めると、そこにはA国の魔法使いが立っていた。
おかしいぞ。この場所は一度ならず通った場所のはずなのに……。
「すべての哀れな犠牲者たちを浄化すると起動する仕掛けのようですね。なかなか手の込んだことをする男だ。しかし、それだけ相手を選んだうえで伝えたいことがあるのでしょう」
アルペジオの言葉が正解であることを示すかのように、A国の魔法使いの幻影が口を開く。
「お前を有資格者と判断する。さあ、最後の真実を見るがいい。この忌まわしい記憶が俺を突き動かしている……」
男が重々しい口調で言い終えると同時に、周囲の光景がみるみるうちに変わっていく。
祖国の家族に見送られ、戦場へ旅立つ日の情景。
アジア諸国を転々としながら戦友たちと戦う日々。
これはA国の魔法使いの在りし日の姿か。
花を売りに来る笑顔の少女。
屋台を切り盛りする老婆。
兵隊の真似をして敬礼するあどけない少年。
彼らの姿がたちまち生首の少女、四肢を切断されて首から宙吊りにされる老婆、生きたまま皮を剥がれ局部を切断される少年の姿へと急転直下する。
それだけではない。赤黒く薄汚れたコンクリート製の施設。そこで繰り広げられていたのは目も負いたくなるような地獄の光景だった。
白衣を着た男女が、禍々しい装丁の洋書を手にして何やら呟いている。手術台には魔法陣のような模様が描かれている。察するにあれは魔導書(グリモワール)を使った儀式だ。人間を強制的に魔法使いへと覚醒する実験をおこなっているのだろう。
隣にいるアルペジオとミスターも同じ結論に達したようで、怒りと憎しみを抑え切れない表情で映像(ビジョン)を食い入るように見つめている。
強制覚醒に失敗したアジア系外国人たちが次々と消耗品のように、およそ思いつく限りの方法で痛めつけられ、解体され、撮影、記録、廃棄されていく。
わざわざ彼らを痛めつけるのは、痛みと恐怖によって覚醒の確率を上げるためのように見える。連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児とは違い、手術台を囲む白衣の人間たちは黙々と、粛々と、行為を繰り返す。手術帽とマスクの間にある瞳は死んだ魚のような仄暗い輝きを湛えている。
続いて手術台で眠らされている日本兵たちに魔導書(グリモワール)による強制覚醒を施していく様子が映し出される。
アジア系外国人たちの犠牲の上に強制覚醒の手段を確立したのか、決して褒められた行為ではないが随分と手際が良くなっているように見受ける。現在、強制覚醒の成功率は10%程度と言われているが、その数字は戦時中におこなわれたこの手の人体実験によって裏打ちされたものなのかもしれない。
それでも強制覚醒を施されたほとんどの兵士たちは他のアジア系外国人同様に死に至り、同様に解体、撮影、記録、廃棄されていった。その中にはA国の魔法使いと共に戦場で戦っていた戦友たちの顔もある。
これが人間のやることか……?
この惨状、たとえ生き残れたとしても正気でいられるとは思えない。A国の魔法使いはこの地獄の生き証人ということか。
そして、僕たちが最後に見た光景――
そこには旧陸軍の軍服に身を包んだ外務大臣・大泉一朗太の姿があった。