魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<9>
アルペジオの説明によると、A国の魔法使いが放った魔法は自律型にカテゴリーされるらしく、魔力が続く限り自律的に効力を発揮するのだそうだ。
「ということは、このまま逃げ回っているだけでも、いずれは魔力が切れて脱出できるわけですか?」
「ええ。しかし、あの魔法使いがどれほどの魔力を込めたのか不明ですし、今回の任務が政府要人の警護である以上、いつになるかわからない魔力切れを待つわけにもいきません」
「じゃあ、どうすれば……?」
「いまだに科学では解明されていない魔法にも一応の法則のようなものがあるのです。たとえば、この手の魔法は回避するのが困難な一方で、内部の構造が脆弱だったりします。一見脱出不可能に思えるこの迷宮にも、魔法を解除するための弱点がどこかにあるはずです」
弱点。そんなものがあるなんて。
それを知っていたからアルペジオもミスターも落ち着き払っていたのか。
なんだか一人で怖がっていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
「わかりました。弱点ですね。では、その弱点を探しましょう」
とはいえ、その弱点が何なのかはわからない。結局、当てもなく迷宮を彷徨うことに変わりない。しかし、それでもこの迷宮に魔法を解除するための弱点があり、脱出の道があること。そして何よりも幽霊はいないということ(←ここ一番大事)。この2点が明確になっただけで勇気が湧いてくる。よし、頑張るぞ。
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「ひぃっ!!」
またしても女の子のような悲鳴を上げて飛び上がってしまった。
だって仕方ないじゃないか。恐る恐る肉壁の洞窟を右に曲がったら、女の生首が落ちていたんだもん。
しかし、褒めてほしい。今度は腰を抜かさなかったぞ。
……と、ちょっと誇らしい気持ちになっていたら、いきなり目を閉じていた女の生首がギョロリと目をむいて僕のほうを見る。
「ひぃぃっ!!」
やっぱり最終的には腰を抜かす羽目になった。
もうヤダ、この迷宮……。
相手が幽霊じゃなくて、ただの魔法生命体(ゴーレム)だってわかっていても怖いものは怖い。
「風馬はん。あの生首、なんぞ言うとりまっせ」
見ると、確かに生首がパクパクと口を動かしている。耳を澄ますと、うっすらと声が響くのがわかる。だけど、ここからは遠くて声が聞こえない。
「捜査官殿。近づいてみましょう」
「ええ? やですよ……」
「わがまま言っちゃいけません。もしかすると、あの気の毒なお嬢さんが脱出の鍵になるかもしれないのですから」
それを言われると弱い。要人警護の任務を負っているからには一刻も早く、この迷宮を脱出しなければならないのだから。
「わ、わかりました。近づいてみましょう」
「風馬はん、ガンバ!」
うるさい。茶化すな。
あれは、ただの魔法生命体(ゴーレム)。幽霊じゃない。
あれは、ただの魔法生命体(ゴーレム)。幽霊じゃない。
あれは、ただの魔法生命体(ゴーレム)。幽霊じゃない。
……よし。生首までの距離1メートル。生首から攻撃してくる気配はない。
ここまで近づくと、生首が発していた声の正体がわかった。
「??????????」
「?????????????????」
「?????」
「?????????」
乱れた黒髪と血で所々黒ずんだ肌のせいでわからなかったけど、近づいてみるとまだ年若い10代半ばぐらいの女の子であることがわかった。人種はアジア人。瞳からは涙が止めどなくこぼれ落ち、血で汚れた頬と混ざり合い、血の涙を流しているようにも見える。
何を言っているのかまったく聞き取れないが、特徴的な鼻にかかるような発音からアジアの言葉であることは何となくわかる。
「アルペジオさん。魔法生命体(ゴーレム)がしゃべるなんて、こんなことあるんですか……?」
「レアケースですが、あり得なくはありません。この生首が迷宮を生み出す魔法を構成するのに必要な生贄と関わっている可能性や、A国の魔法使いの魔力の根源と関連している可能性が考えられます」
「ということは、もしかしてこの少女の生首が魔法を解除するための弱点……?」
「ええ、試してみる価値はあります」
「ほな、風馬はん。ぱぱっと燃やすなりして始末してしまいまひょ」
「え、ええ……」
燃やす、か。
アルペジオの炎属性攻撃魔法パイロはLV5でも使用可能だ。抵抗しない生首を燃やすのは容易い。結果、脱出の糸口をつかめるのなら万々歳だ。
しかし、果たしてそれでいいのだろうか?
A国の魔法使いは「死者たちの怨念」だと言った。
「これからお前たちが目の当たりにするのは、死者たちの怨念だ。想像を絶する痛みと恐怖と苦しみの果てに死んでいった哀れな者たちの怨念が、この屋敷にいる人間すべてを喰らい尽くすことだろう」
この少女の生首は人間でも、ましてや幽霊でもなく、魔法生命体(ゴーレム)である。
だけど、わざわざ少女の生首を象った魔法生命体(ゴーレム)が苦しみの声を上げていることに何らかの意味があるのだとしたら……。
怨念も幽霊も存在しないと信じたいが、もしこの少女の苦しみと涙がかつて実在したものだったとしたら……。
「ミスターさん。魔法をお願いします」
「へ? わてでっか? アルペジオはんやのうて?」
「ええ。この子に回復魔法ヒールをかけてあげてください」
「………………なるほどね、そういうことでっか」
ミスターはそれ以上何も聞かずに、生首に手をかざしてブツブツと呪文を唱え始める。すると、彼の手のひらから穏やかな光が灯る。
「相変わらず捜査官殿はお優しいですね」
「……感傷的なだけですよ」
終わりの見えない迷宮を探索している最中に、限りある貴重なMP(マジックポイント)を無駄遣いするなんて、轟響子女史が知ったらお小言の一つや二つは頂戴することになるだろう。
自分でもなぜこんな判断をしたのかよくわからない。こんなことをしても何の意味もないことはわかっている。わかっているけど、少女の生首が流す涙と苦しみを少しでも癒してあげたい。どうしようもなくそんな気持ちになってしまったのだ。
「すみません、アルペジオさん。ミスターさん。僕の余計な感傷に付き合わせてしまって」
「なんのなんの。おかげで風馬はんのお人柄がようわかりましたわ。捜査官としては減点かもしれまへんけどな、人間としては百点満点でっせ」
ミスターが少女の生首に右手をかざしたまま、左手を僕に向けてサムズアップ。それから、にぃっと歯をむき出しにして笑う。
責められても仕方ないと思っていたので意外な反応にちょっと戸惑う。
「私も同感です。あなたが私の相棒であることを誇らしく思います」
アルペジオが優しく微笑みかける。
やめて。
なんだか、とてつもなく恥ずかしくなってきた……。