魔法捜査官

喜多山 浪漫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<11>

 迷宮のような記憶の世界を彷徨うこと一時間。

 いまだ被疑者・時任暗児の居場所を特定する手掛かりは得られず、わかったことと言えば被害者の真鍋愛美が家族に愛されて幸せな人生を送ってきたことだけだ。

 記憶の断片とでも言えばいいのだろうか。大きなガラスの破片に似た物体に真鍋愛美の過去の記憶が映し出されており、それに触れると頭の中に彼女が見た映像が流れ込んでくるのだ。

 真鍋愛美は幸せだった。連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児に出会うまでは――


 真鍋愛美の記憶の断片を探している間も、僕たちが彼女の過去を覗き見ることを遮るようにして、件の怪物どもが現れた。

 幸い、いずれもLV5の魔法で対応できたため、こちらに損傷はない。しかし、緩やかだが確実にアルペジオのMP(マジックポイント)は消耗している。

 タイムリミットまで残り1時間。それまでに可能な限り消耗せずに、被疑者の居場所を特定する手掛かりを見つけなければならない。魔法犯罪捜査係での初任務にもかかわらず、いきなり難易度が高すぎるのではないか。


「捜査官殿、ストップです。ちょっとマズい相手が現れました」


「え?」


「あれをご覧ください」


 アルペジオが静かに囁きながら指さした方向を見ると、10メートルほど先に赤い何かが蠢いている。

 目を凝らして見ると、怪物のまわりに赤い霧のようなものが揺らめいていることがわかった。あれは何だ……?


「我々魔法使いは、彼らをCODEレッドと呼んでいます。あの赤い霧は瘴気――すなわち、強すぎる魔力が溢れ出して可視化されたものです。CODEレッドとは戦わないことをオススメします。今のレベルだと撃退できる確率はせいぜい30%程度。ひとたび戦闘に入ったら逃げるのも至難で、生きて逃れる確率は50%と言ったところでしょう」


「それはまた……」


 そんな怪物がうろついているのに、なんでLV5までしか魔法を使用できないんだ?

 そもそも魔法の使用をLV5までとした根拠も曖昧だ。法の許す範囲で最大限のレベルではなく、管制官に責任が及ばない最低限のレベルで許諾したとしか思えない。


「逃げましょう」


「気が合いますね、捜査官殿。完全に同意します」


 僕とアルペジオは頷き合うと、赤い瘴気を放つCODEレッドとやらに見つからないようにその場を離れた。


「ふぅ。ここまで距離を置けば大丈夫でしょう。君子危うきに近寄らず、逃げるが勝ちです」


「できることなら、あんな怪物は被害者の記憶からすべて排除してしまいたいのですが……仕方ありません。我々に回復手段がない以上、無理な戦いも無駄な戦いも極力避けていきましょう。それからアルペジオさんの消耗を抑えるためにタイムリミットが許す範囲でペース配分しながら捜査を進めることにします。いいですね?」


「ふふ……」


「? 何がおかしいんですか?」


「いや、失礼。捜査官のほとんどは魔法使いを危険な道具として忌避していますし、何なら機会があれば使い潰してしまいたいとさえ思っているのに……優しいのですね、捜査官殿は」


 場所と状況に似つかわしくないアルペジオの少年のように屈託のない笑顔にドキリとする。今、僕の顔は真っ赤に違いない。


「や、優しいとかそういうことじゃなくて、僕はただ捜査官として状況に応じた適切な判断をしたまでで……」


 なんで僕がしどろもどろになりながら言い訳しなきゃなんないんだ?


「ふふふ、そういうことにしておきましょうか」


「その、わかってますよ、みたいな顔……やめてもらえません?」


「了解です、捜査官殿」


 相変わらず笑顔のアルペジオは全然了解しているように思えないけど、ともかく無駄な戦闘は避けるという点においては合意できたと見ていいだろう。

 ① そもそも怪物に見つからないように慎重に行動する

 ② 損耗を避けるために極力戦闘を避ける

 ③ 万が一戦闘に突入しても逃げられるなら迷わず逃げる

 怪物の強さに関係なく、この3つの方針に基づいて行動しておけば、リスクを最小限に抑えることができるはずだ。


 これはゲームじゃないのだから、いくら倒したところでレベルが上がって強くなれるわけじゃない。だったら余計な戦闘は避けたほうが時間も労力も損なわずに済む。

 傍から見れば「警察官のくせに臆病者め」「警察官としての誇りはないか」と誹りたくなるかもしれない。もちろん、僕だって警察官である以上、無辜の市民の生命を守るためならば、自らの命を顧みずに行動する覚悟はできている。しかし、被害者の無念を晴らすことができず、被疑者を捕らえることもできずに死ぬのだけは絶対に御免だ。

 僕は警察官としての責務を全うするために、生きて被疑者を逮捕する道を選びたい。