魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<10>
「ちょっ、ちょっと見てくんなはれ、風馬はん!」
黒光りする巨人、魔法使いミスターがその図体に似合わぬコミカルな動きであたふたと騒ぎ始める。
「何事ですか?」
見ると、ミスターが手をかざして回復魔法ヒールをかけている対象――少女の生首に異変が起きようとしていた。
異変と言っても、僕が腰を抜かすようなおどろおどろしいものではない。あたたかな光に包まれた少女の苦悶に満ちていた表情が、次第に穏やかなものへと変化していき、そして最後は光となって消え去ったのだ。
「い、今のは……?」
「わかりません。長年魔法使いをしていますけど、こんな現象は初めてです」
右手で顎をいじりながら、まじまじと興味深そうに少女の生首があったはずの場所を見つめるアルペジオ。くしゃくしゃの寝ぐせのような髪と丸眼鏡と相まって、本物の(うだつの上がらない)学者のように見える。
「ヒールをかけたら消滅したやなんて、まるで除霊したみたいな気分でんなぁ」
「なるほど。浄化というわけですか……」
一人納得した様子のアルペジオだが、こっちは何が何だかちっともわからない。
「どういうことです?」
「捜査官殿の判断は正しかったということですよ。あの少女の生首は攻撃するのではなくて、癒してあげるのが正解だったんです」
「僕たちは試されたってことですか?」
アルペジオがこくりとうなずく。
なるほど。あの少女の生首はA国の魔法使いが言った「死者たちの怨念」ではないものの、魔法で「哀れな者たち」を具現化したものだったのかもしれない。そう思えば、なんだか自然と腑に落ちる。
でも、少女が光となって消える前に外国の言葉で「ありがとう」と言った気がしたのは、さすがに気のせいだよね? あれは怨念でもなく幽霊でもなく、ただの魔法生命体(ゴーレム)なんだから。
「おや?」「んんん?」
アルペジオとミスターが同時に反応する。
「今……。この迷宮に張り巡らされていた結界がほんの少し薄くなったような……」
「わても感じましたで。間違いおまへん。ほんの少しばかりやけど、確実に結界が薄うなりましたわ」
結界が薄くなった?
ということは……。
「もしかして、今のが迷宮を脱出するための鍵だったとか?」
「ええ、どうやらそのようですね」
「お手柄やな、風馬はん」
ミスターが巨大な手のひらでバンバンと僕の背中を遠慮なく叩く。
あの、メッチャ痛いんですけど……。
とにかく、偶然ではあったが糸口をつかむことができた。
他にも同じような「哀れな者たち」が存在するはずだ。それらをヒールで癒していけば、いずれこの迷宮に張り巡らされた結界が完全に解ける。迷宮は原形をとどめることができずに霧散するだろう。
よし。希望が見えてきたぞ。
「やりましたね、捜査官殿。これはあなたの優しさがもたらした成果ですよ」
アルペジオが嬉しそうな笑顔で僕を見つめる。
いや、だからそういうの、やめて。
恥ずかしいから……。