魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<19>
屋敷の中は、それはもう酷い有様だった。
血まみれになって事切れているスーツ姿のSPと警察官たちが屋敷のあちこちに転がっている。
しかし、それだけではない。SPたち以外にもジャージや軽装に身を包んだ男たちもいる。SPたちと共通しているのは性別と、もう二度と息を吹き返すことはないという点だけで、男たちは人種もまちまち。明らかに警察の装備とは異なる銃器に刃物。顔や腕、斬られた着衣から垣間見える洋柄のタトゥーと和柄の倶利伽羅紋々(くりからもんもん)。反社会的勢力に所属する輩であることは一目瞭然だ。
大泉外務大臣は個人的に堅気じゃない人間たちを雇っていたというわけか。警察が信用できないのか、それとも警察には見られたくない場所を警備するために雇ったのか。いずれにせよ、国政を担う大臣のすることではない。
だが、驚くべき点はそこではない。
A国の魔法使いは、僕たちを無力化するために魔力をすべて使い切って、二度と魔法を使えない状態にある。にもかかわらず、これだけの人間を、それも専門的な訓練を受けたSPや荒事に精通している反社会的勢力の連中たちをことごとく即死に追いやっている。
遺体はどれもこれも首筋や心臓、肝臓、脚の大動脈など、急所を鋭利な刃物で綺麗に斬られている。そのため、おびただしい量の血液が屋敷の中を覆い、あたりは血の匂いで充満している。むせるような血霧ただよう空間は、魔法犯罪の現場とは異なるものの、死の香りに満ちており先程から心臓を鷲掴みにされているような気分だ。
「これはまた厄介な相手のようですね……」
アルペジオの言う通り、A国の魔法使いは一人で多数の人間を殺傷する能力を有する危険な殺し屋だ。
問題は相手が高度な殺傷能力を持つから、というだけではない。相手の魔力が0であるため、我々も法規制によって魔法を使用することができないのだ。おそらく、A国の魔法使いはそこまで計算してこの計画を立てたに違いない。
「ほんまに堪忍してほしいわぁ。この調子やったら、もう大泉のおっさんも竜崎係長も死んでるんとちゃいますか?」
「そうでないことを祈るしかありませんね」
大泉外務大臣が過去のしてきたことを考えると、彼が生きていることを祈るなんて真っ平御免だが、アルペジオのミスターの処遇がかかっているとなれば、そうも言っていられない。複雑な心境のまま、僕は屋敷の奥へ奥へと急いだ。
僕たちが奥の広間に到着すると、そこにはすでに動かぬ人となったSPと所轄警察官の姿があった。
生きて立っている人間はA国の魔法使いと竜崎係長、そしてその後ろに隠れるように小さくなって震えている大泉外務大臣だけである。
何とか間に合ったようだが、こちらの多数有利を喜んではいられない。相手はあれだけの人間を殺傷した熟練の殺し屋であり、先の大戦を生き残った兵(つわもの)だ。数の有利は考えないほうがいい。
念のためにA国の魔法使いにオラクルをかざす。
魔力0――
グリムロックで制御されていない魔法使いの魔力が0ということは、完全に魔力を失ったことを証明している。
しかし、その魔力を失ったはずのA国の魔法使いは、憎たらしいぐらい余裕たっぷりの態度で、応援に駆け付けた僕たち一人ひとりを眺める。
「ほう。警察の犬だと思っていたが、あの迷宮から脱出するとは案外まともな人間だったようだな」
それだけ言うと、A国の魔法使いは僕たちを脅威と見なさなかったのか、再び標的である大泉外務大臣を睨みつける。
「俺を覚えているか、大泉?」
「し、知らん!! お前など、知らん!!」
「……だろうな。貴様はそういう男だ。ならば教えてやろう。俺は貴様が大戦中に生み出した怪物だ」
その言葉を聞いた大泉外務大臣は思い当たる節がある表情で、はっとして青ざめる。
「馬鹿な……。実験体は全員殺処分しろと命じたはずなのに生き残りがいたとは……」
大泉外務大臣……。いや、もういいだろう。それは大泉が自らの罪を自らの言葉で立証した瞬間だった。大泉は先の大戦で、己の欲望を満たすために幾人もの人間を犠牲にして人体実験をおこなった大量虐殺者(ジェノサイダー)だ。
「殺せ! こいつを早く殺せッ!!」
僕たちが何も知らないと思っている大泉は、まだ外務大臣の権威が通用するつもりで命令する。だがもはや、この男の命令に従う謂れはない。
じりじりと、獲物との距離を慎重に縮めていくA国の魔法使い。あの哀れな犠牲者たちの復讐を果たすときが来たのだ。積年の恨み。その胸に去来する万感の想いは察するに余る。
しかし、このまま彼に想いを遂げさせてやるわけにはいかない。ここで大泉を処刑してしまえば真実は闇に埋もれる。大泉を逮捕し、公の場で過去の悪行の数々をつまびらかにすることこそが、哀れな犠牲者たちへの弔いになるのではないか。僕はそう信じる。
「魔法を使えなくなったあなたに勝ち目はない。無駄な抵抗はやめるんだ」
精一杯、虚勢を張ってみたつもりだが、どうにも声が震えて威厳がない。
そんな僕を見もせずに、A国の魔法使いは獲物を見つめたまま、血まみれのコンバットナイフを構える。
「魔法が使えなくても復讐はできるさ」
「大泉外務大臣の周囲には魔法防御が張り巡らされている。そんなナイフ程度じゃ通用しないぞ」
格上の魔法生命体(ゴーレム)の攻撃さえも通さなかったミスターの魔法防御の威力は折り紙付きだ。いくらA国の魔法使いが手練れの殺し屋であろうと、魔法による防御壁の前には無力だろう。
「あのー、風馬はん? 言いにくいんやけど、魔法防御っちゅうのは文字通り魔法とか魔法生命体(ゴーレム)に対してだけ有効ですねん。銃とかナイフには一切効果がおまへんのや。せやから、あきまへん」
「……へ? そうなの?」
そりゃないぜ、ミスター。
「くくく……。神などこの世にいないと思っていたが、ここに来てようやく俺の味方をする気になったようだな」
ああ、もう! くそ! 魔法が使えないのなら仕方ない。
僕は、竜崎係長と大泉を護るためにA国の魔法使いとの間に割って入った。
「そ、捜査官殿!?」
僕の行動がよほど意外だったのか、アルペジオが慌てた様子で声を上げる。
正直、怖い。だけど、怖いからと言ってじっとしているわけにはいかない。警護対象である大泉が何者であろうとも、それを護るのが今回の僕の任務なのだから。
「やめておけ。お前はもう知っているはずだ。その男に命を賭けて護る価値はないことを」
僕たちが生きてこの場にいる――つまりは迷宮に仕込んであった真実をすべて見たことを彼は承知している。僕たちを脅威と見なさなかったのは、僕たちの戦力を甘く見たからだけではない。大泉の悪行を知ってなお命懸けで大泉を護るはずがないと確信しているからだ。
大泉の人体実験を目撃した彼は先の大戦を生き残り、A国の殺し屋として復讐の機会が来るのをずっと耐え忍びながら生きてきた。ここまで僕には目もくれなかったが、ようやく復讐の邪魔をする敵として僕を認識したようだ。先刻からただならぬ殺気をひしひしと感じる。彼が魔法に頼らなくても容易く人を殺すすべを持っていることは証明済みだ。嫌な汗が一筋、背中を伝う。
「そこをどけ。お前は魔法使いじゃないんだろう。たかが捜査官ごときの出る幕じゃない。大人しく引っ込んでいろ」
これは警告だ。しかし、努めて怒りを抑えるように発した彼の言葉の中に、迷宮を脱出した僕への温情のようなものを感じる。
今すぐにどいてしまいたい衝動にかられるが、ぐっと堪えて足を踏ん張る。
「あなたの境遇には同情します。しかし、あなたのやり方は間違っている。あなたのような過激な魔法使いがいるから、アルペジオさんやミスターさんのような善良な魔法使いまで差別されるんだ」
あえて相手の怒りを誘うような言葉を選ぶ。
狙い通り、みるみるうちにA国の魔法使いの顔が怒りで真っ赤に燃え上がる。
「平和ボケした日本でぬくぬくと生きてきたお前に何がわかる!!」
コンバットナイフを上段に構え、怒りに任せて襲い掛かってくる。
銃を取り出している暇はない。
SPたちが警護対象を護るために選択する究極の手段――それは自らの肉体を盾にすることだ。
こうなったら、やるしかない。