魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<17>

 連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児が潜伏すると思われる廃ビルは、予想に反することなく魔法によって侵入者を拒む魔窟と化していた。

 外見からはせいぜい10平方メートル程度、高さ4階建ての小ぢんまりとしたビルにしか見えなかったのに、中に入って1階を探索して見ると10平方メートルどころか警視庁の1フロア分はあろうかという巨大な迷宮に飲み込まれることになった。

 しかも、ただ広いだけではない。魔法生命体(ゴーレム)と呼ばれる魔法使いが放った怪物がそこかしこをうろついているのだ。


 魔法生命体(ゴーレム)は、真鍋愛美の記憶の世界にいた怪物たちとは異なった姿かたちをしていた。あの怪物たちは見るもおぞましい醜い怪物たちだったが、魔法生命体(ゴーレム)は見る者を恐怖で凍り付かせる邪悪な姿だった。爛々と輝く瞳、鋭い爪、蝙蝠のような翼――真っ先に連想したのは悪魔の二文字。正直、見た目だけで怖気づく。もっと言えば、今すぐ家に帰りたいところが、捜査官の使命を放り出して逃げるわけにはいかない。


 これが映画なら、十字架を振りかざして戦う場面だろう。しかし、残念ながら信仰のない僕は十字架どころかお守りの一つさえ身につけていないし、相手は魔法で生み出された魔法生命体(ゴーレム)なので効果は見込めない。

 けれども、今回はLV20の魔法まで使用できる。真鍋愛美の記憶の中の世界よりも戦況を有利に運ぶことが期待できる。何しろ攻撃魔法一つとってみても、LV5のときとは段違いだ。


 LV5のとき――

【攻撃魔法】

 パイロ(炎属性攻撃魔法)

 アイス(氷属性攻撃魔法)

 ストーム(風属性攻撃魔法)


 LV20のとき――

【攻撃魔法】

 パイロ(炎属性攻撃魔法)

 アイス(氷属性攻撃魔法)

 ストーム(風属性攻撃魔法)

 ボルト(雷属性攻撃魔法)

 メガパイロ(パイロの上位魔法)

 メガアイス(アイスの上位魔法)

 メガストーム(ストームの上位魔法)

 メガボルト(ボルトの上位魔法)

 パイロド(パイロの全体魔法)

 アイスド(アイスの全体魔法)

 ストームド(ストームの全体魔法)

 ボルトド(ボルトの全体魔法)


 これこの通り、攻撃魔法だけでも圧倒的にラインナップが充実している。

 記憶の世界で活躍した炎属性攻撃魔法パイロの他にも、氷属性攻撃魔法のアイス、風属性攻撃魔法のストーム。わずかばかりの研修期間では、これらの3つの属性が三すくみの関係を持っていて、炎は氷に強く、氷は風に強く、風は炎に強いと教わった。この属性関係を利用して、例えば敵魔法生命体(ゴーレム)が炎属性だった場合には、風属性であるストーム系の攻撃魔法を使えば、より多くのダメージを与えることができる。限られたMP(マジックポイント)と手持ちの魔法をやり繰りしながら死線をかいくぐらなければならない魔法捜査において、属性関係を利用するのは必須と言える。


 また、LV20の魔法まで解禁したことによって各属性の上位魔法や全体魔法も使えるようになった。当然、その消費MPは増えるが威力が抜群のため、ここぞという場面では出し惜しみをせずに使用すべきだろう。もちろん、MP切れは即、死に直結するため、よほどの危険に見舞われた際の緊急措置的な使用に限られるが。


 とまあ、LV20という前回の4倍の魔法を許可され、僕としては意気揚々と迷宮探索に乗り出したのだが、迷宮の中にはLV20を超える危険な赤い瘴気の怪物CODEレッドや、触れる者に問答無用で死をもたらす黒い死神CODEデスが存在することを、早々とこの目で確かめる羽目となり、僕の淡い期待はものの見事に打ち砕かれた。

 かくして僕とアルペジオはまたしても、ひりつくような死と隣り合わせの迷宮を捜査することになったのであった。


「「あ“」」


 ここまで余計な戦闘は回避するという大原則に基づき、CODEレッドともCODEデスとも一度も接触せずに順調に捜査していた。

 ところが、運悪くも曲がり角でバッタリと出くわしてしまった。しかも赤ではなく、黒。触れるだけで死が確定という理不尽の塊、CODEデスとだ。僕の今日の運勢は大凶か、はたまた天中殺か。いずれにせよ、ロクな日ではない。

 どす黒い瘴気を放つ死神との距離は2メートルあるかないか。お互いに一歩でも踏み出せば接触する距離、完全に死の間合いだ。


「……捜査官殿、どうしますか?」


「どうもこうもありません……逃げますよ!!」


「賛成です!!」


 叫ぶやいなや、僕たちは一目散に後方に駆け出した。全力疾走だ。振り返る余裕なんてない。

 学生時代から鍛えてきたおかげで、僕はそれなりに体力には自信がある。けれど、アルペジオはどうだろうか。普段は警視庁の地下5階で、24時間監視されながら分厚い鉄に囲まれて過ごしている彼は、トレーニングなんかとは無縁かもしれない。いや、被害者の父親に殴られて見事に吹っ飛んだ彼を見るに、間違いなくモヤシっ子だ。

 果たして全力疾走のまま、どこまで彼が走れるか。心配になってアルペジオのほうを見てみると――


 全力疾走に足がついていかなかったらしく、ちょうど華麗にスッ転んでいる姿が目に入った。

 うぉおおおい!!?

 アルペジオは、一回、二回、三回と綺麗に回転してから、何とか態勢を整えようと試みるも、足がガクガクになっていて、まともに立ち上がれない。

 ……ダメだ、こりゃ。

 ええい、仕方ない!

 こうなったら――

 僕は再び倒れそうになったアルペジオを抱きかかえた。言い訳するわけではないが、これが一番手っ取り早かったので、いわゆるお姫様だっこで彼を持ち上げ、全力疾走を再開する。


「え? え? 捜査官殿?」


「いいから、このまま! アルペジオさんはナビゲーションをお願いします!」


「りょ、了解です!」


 アルペジオが何やら呪文を唱えると、右手の親指と人差し指で円を作って覗き込む。それから僕に移動する先を逐一指示する。これは索敵魔法だ。MP(マジックポイント)の節約のために使用してこなかったが、こんな目に遭うのなら要所要所で使用しておくべきだったと後悔する。


「……次の角を右! ……そこで左に曲がって! ……そのまま真っ直ぐ!」


 アルペジオをお姫様だっこしての全力疾走。優男に見えるとはいえ、大の大人、大の男を抱きかかえながらの全力疾走。いくら体力に自信があっても、これはさすがにキツイ。何が悲しくて男をお姫様だっこして全力疾走しなきゃならないのか。僕は運命を呪う。

 なんてことを考える余裕があったのは最初の30秒だけだった。あとは全身汗まみれになりながら、腕の力も限界を超え、息も絶え絶えになりながらも、頭を真っ白にしてひたすら足だけを動かした。

 止まったら死ぬ。止まったら死ぬ。その強迫観念だけが僕を突き動かしていた。


「……ップ! ……ップ!」


 え?

 無我夢中に走っていたせいか、ようやく抱きかかえているアルペジオが何やら大声で叫んでいることに気がつく。


「ストップです、捜査官殿! もう大丈夫ですよ! 無事に逃げ切りました!」


 アルペジオの言葉の意味をようやく理解した僕は足を止め、崩れ落ちるように膝をついた。


「ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!!」


「ありがとうございます。おかげで命拾いしましたよ。捜査官殿は私の命の恩人です」


「ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!!」


「いやはや細身のわりに、ものすごい腕力と体力ですね。あっぱれなものです」


「ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!!」


「お疲れでしょう。そうだ、半分残しておいたアンパンがあります。これで体力を回復してください」


「ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!! ぜえ……!!」


 いろいろ言いたいことはあるけれど、当分声になりそうにない。

 今はとにかく、ほんの少しでいい。休憩させてほしい。