魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<20>
「あなたたちを殺したら、次はママよ。だって、勉強しろしか言わないんだもん。大っ嫌い。パパは弟ばっかりかまって、つまんない。だから弟も殺しちゃおうと思うの。でも、パパは好きだからお人形さんみたいに手と足をもぎ取って、いつでも私のことだけを見てくれるようにするのがいいかなー」
小さな怪物がおぞましい構想を吐露する。
この怪物は強制覚醒したから怪物になったのではない。第三者による意図的な強制覚醒があったとしても、魔力の発現により万能感を得たのだとしても、これ程までに性格がゆがむとは考えにくい。残念ながら、この小さな怪物は生まれながらの怪物なのだ。
母親が勉強しろと言うのはどこの家庭だって同じだ。幼い息子を父親がかまうのも普通のことだ。実際には弟ばかりではなく姉にも気を配っているはずだが、姉にとっては弟にパパを奪われた気分になるのだろう。そんなのはどこの家庭でもありふれた光景だし、普通の子供なら口を尖らせて拗ねて終わりだ。
だが、この怪物は普通ではなかった。そしてその普通ではない子供が、小さな手に余るほどの大きな力を得てしまった。
もしこの事件に介入したと思われる第三者が、少女の邪悪さを知りながら強制覚醒したのだとしたら、なんて適格で悪意のある人選をしたのだろう。魔法犯罪捜査係に配属されたから幾度目かの「悪魔」の二文字が脳裏をよぎる。
この世に悪魔は実在する。悪魔の名は人間だ。
「せっかくだから、今度は三人同時に殺してみよっかなー」
物騒なことを口にしながら、小さな怪物が伺うような目つきで見つめてくる。もちろん彼女が殺そうとしている三人とは、僕、アルペジオ、ローリングサンダーのことだ。
「これは実験よ。本気でやったら、どうなるかの実験……えいっ!!」
小さな怪物が両の手の拳を握り締め、一生懸命踏ん張るようなポーズで小さな身体に秘められた魔力を絞り出す。
「んんん~~……!!」
「管制官から捜査官に連絡。被疑者の魔力反応が急上昇。……LV25……LV30……LV35……LV40……」
管制官のカウントを聞くまでもなく、小さな怪物の身体の周囲に赤黒い瘴気が立ち込めていくため、視覚的にも魔力の上昇がありありとわかる。
「い、いけません!!」
事の成り行きを静かに悲しそうに見守っていたアルペジオが、悲痛な叫びにも似た声を上げて飛び出す。
だが、アルペジオの制止もむなしく、未熟な魔法使いが暴走する。暴走した魔力はやがて暴発する。
「や、やだ……!? 何よ、これ!?」
限界を超えた魔力を制御しきれなくなった少女が、周囲を渦巻く瘴気の暴風に初めて怯えた表情を見せる。
「アルペジオさん、あれは……?」
「ご覧の通り、魔力の暴走です」
「……止めることはできますか?」
問われたアルペジオは無念とばかりに首を振るだけだった。
魔力の嵐に飲まれた小さな怪物が姿を変えていく。色白だった肌は赤黒くただれ、肉体は水膨れみたいにボコボコと音を立ながら膨張していく。魔力の暴走はとどまらず、まるで少女の心をあらわにするかのように醜く、巨大な怪物へと変化を遂げる。
四肢の指が蛸の触手のように伸びて、音楽室全体を覆う。少女の意識があるのかどうかは不明だが、「誰も逃がさない」という強い意志を感じる。
やがて魔力の暴風が収まったとき、頭部だけは少女のままの、瘴気に染まったブヨブヨの脂肪の塊のような身の丈2メートルをゆうに超える、天井に頭がつかえるほどの巨大な魔法生命体(ゴーレム)だけが残った。触手となった四肢が教室をびっしりと囲んでいる。僕たちはその輪の中に捕らえられた獲物というわけである。
かつてのクラスメイトたちは、この状況に声も出せずに怯えるばかり。中には失神して倒れている子や、失禁している子もいる。無理もない。できれば僕も気を失ってしまいたいぐらいだ。
「馬鹿野郎が……」
ローリングサンダーが吐き捨てる。言葉とは裏腹に、その瞳には悲哀の情が浮かんでいる。
「おい、新米。こうなっちまったら、もう元の姿にゃ戻れねえ。このまま捕まえるか、処分するかしかねえけど、どうするよ?」
処分だけは避けたかったが、巨大な醜い怪物となり果てた少女を見ると、迷いが生じる。
「捕まえたところで研究施設に送られて実験の繰り返し……。使い道が無くなったら廃棄処分かホルマリン漬けってとこだろうよ。自業自得だが、武士の情け……このまま殺処分してやったほうがいいんじゃねえのか?」
復讐を誓ったローリングサンダーではあったが、すでに被疑者とがりえいこは充分な罰を受けたと考えているのだろう。それには僕も賛成である。
ただし、捕まえるにしても、処分するにしても、僕らはこの巨大な怪物を制圧できるのか。それが問題だ。