キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第3話

『Grimoire(魔導書)』<13>

「な~んだ。誰もいねえじゃねえか」


 拍子抜けした様子のローリングサンダーが落胆の声を漏らす。

 僕としては何もなくて、ほっと胸をなでおろしたい気分なのだが、どうもこの素行不良な戦闘民族は魔法犯罪者とのガチンコ勝負をお望みだったらしい。

 肩透かしを喰らって、つまらなさそうにしているローリングサンダー。安堵の色を浮かべている本城。僕も本城に右にならえ。しかし、アルペジオだけは緊張の面持ちを崩そうとせずに、書架のある一点をじっと見つめている。


「どうしたんですか、アルペジオさん?」


「どうやら魔力反応の正体はコレのようです」


 そう言って、アルペジオが書架に右手を伸ばして手に取ったのは一冊の本だった。

 ひどく年代物らしく、表紙に書かれている文字の一部が見えないくらい黒ずんでいる。漢字に加えて、ひらがなが混じっていることから日本語の本であることが、かろうじて判別できる程度だ。


「なんで、ただの本から魔力反応が検出されるんすか?」


 僕の聞きたかったことを本城が横から首をにゅっと出して尋ねる。


「捜査官殿。オラクルを使って魔力反応を確認してみてください」


 言われるがまま僕はオラクルを取り出して魔力検知モードに切り替え、アルペジオが手にした本に近づけてみる。

 質問を無視された形になった本城が口を尖らせているが、それをフォローしている場合ではない。今はこっちが優先だ。


 魔力反応あり。

 人や魔法生命体(ゴーレム)以外にも魔力を発するものが存在するとは知らなかった。しかし事実はこの通り、存在する。目の前にある一冊の本は間違いなく魔力を有している。


「これは『魔導書(グリモワール)』……。一見、ただの古びた本にしか見えませんが、銃器なんて比較にならないぐらい取扱注意の危険な代物です。この図書室を丸ごとを吹き飛ばす威力の爆弾だと思ったほうがいいでしょう。あ、もちろん当然、禁書です」


 これが?

 この片手で持てるほどの小さな本が爆弾に等しい威力を持つだなんて、とても信じられない。けれども、アルペジオがこんな場面で嘘をつくはずがない。

 戸惑う僕に優しく微笑みかけると、アルペジオは咳払い一つしてから説明を続ける。


「ほら、このページを見てください」


 アルペジオが僕たちによく見えるように本を開く。

 彼の風貌と図書室という場所の雰囲気も相まって、授業を受けているような気分になる。

 アルペジオが開いたページは、古びた装丁と他のページとは異なり、なぜかそこだけ新しい紙で付け加えられているように見える。そこにはひらがなと数字が羅列してあった。

 「あ」から「ん」までの50音。「1」から「0」までの数字。

 一番上には「はい」と「いいえ」の選択肢と、その間には鳥居が描かれている。

 これは……。


「これはコックリさんの儀式です」


「コックリさんって、あのコックリさんっすか?」


 本城が生徒のように挙手して質問する。


「はい。あのコックリさんです」


 よくできました、とばかりの笑みでアルペジオが首肯する。

 コックリさんは子供の頃に一度遊んだことがある。「コックリさん、コックリさん、おいでくださいませ」と呪文を唱えてコックリさんを呼び出し、様々な質問に答えてもらうという遊びで、女の子たちの間で流行ったことがあった。

 当時小学生の高学年だった僕も誘われて遊んでみたが、確かあれも図書室だった。放課後の図書室で、コックリさんという怪しげな存在を呼び出す背徳感。誘ってくれたのが初恋の相手だったということもあり、ドキドキしながら誰が誰を好きだとか、今思い出しても赤面するような質問をしていた。


「おや? どうしましたか、捜査官殿。顔が赤いですけど、具合でも悪いのですか?」


 僕の様子が変だったのか、アルペジオが心配そうにこちらを見ている。授業中に変な妄想をしていて先生に注意されたようなバツの悪さだ。これまた久々に味わう気がする。


「い、いえ。大丈夫です。続けてください」


「コックリさんは西洋ではテーブル・ターニングと呼ばれる降霊術として生まれ、日本には1800年代後期にアメリカの船員から伝わったと言われています。日本に渡ってから、狐の霊を呼び出す狐狗狸(コックリ)さんとして形を変えましたが、もちろん霊など存在しません。コックリさんにせよ、テーブル・ターニングにせよ、ただのお遊び。自己暗示や不覚筋動によって説明できる現象です」


 アルペジオはどうやらオカルト否定派らしい。霊の存在をバッサリと一刀両断した。


「アルペジオさん。実は僕も小学生のときにコックリさんを遊んだことがありますが、おっしゃるように僕もただの遊びだと思います。それなのに、その本……魔導書(グリモワール)は魔力を持っている。これはどういうことなんでしょうか」


 僕も本城を見習って挙手してから先生に質問する。

 我が意を得たりと言わんばかりの笑みでアルペジオが答える。


「とてもいい質問です、捜査官殿。小学生時代の風馬駿少年がコックリさんにどんな質問したのかとても気になるところですが、今は置いておくとして質問にお答えしましょう」


 今は置いておくということは、あとで小学生時代のことを問いただされるのだろうか。勘弁してほしい。


「コックリさんは、ただのお遊びです。しかし、魔導書(グリモワール)が関わっているとなると話は別です。この魔導書(グリモワール)を使って、コックリさんの儀式をおこなえば、どうなると思いますか?」


 語りかけるように言葉を綴るアルペジオだが、その瞳には静かな怒りが宿っている。

 嫌な予感がする。


「もしかして、被疑者の生徒はこの魔導書(グリモワール)のせいで……」


 当たってほしくない予感はいつだって当たるもの。

 アルペジオがゆっくりとうなずく。


「何者かが魔導書(グリモワール)にコックリさんのページを追加して、子供でも簡単に儀式ができるようにしたのでしょう。コックリさんは、あくまでも形だけの偽装。これは罠……。魔導書(グリモワール)を使ってコックリさんの儀式をすれば、それをおこなった者が魔法使いへと強制覚醒するように仕向けられた狡猾な罠です」


 その罠にまんまとハマった生徒がいた。それが被疑者か。

 となると、当初本城が主張していた「被疑者も被害者」という説が再び浮上してくる。

 だが、同時に殺害された担任教師の姿も重なる。あれは「被疑者も被害者」と主張するには無理のある残虐行為だ。一方で、被疑者に精神的な問題があるにせよ、何者かが仕掛けた魔導書(グリモワール)の罠さえなければ今回の悲劇は起きなかったはず。そんな考えが止めどなくグルグルと頭の中を巡る。


「くそ……! いったい、誰が何のために?」


 息の詰まりそうな憤りを吐き捨てる。

 本城も同じ気持ちなのだろう。うつむき加減に身体を震わせている。

 アルペジオが魔導書(グリモワール)のいびつに真新しいページをじっと見つめながら答える。


「……わかりません。ですが、魔導書(グリモワール)が小学校の図書室に無造作に並べられているはずがありません。なにせ禁書ゆえに所持しているだけで重罪。禁書ゆえに入手困難でオークションにかければ数千万円、モノによっては数億円とも言われるレアアイテムですから」


「こ、こんなボロっちい本が数億ぅぅぅ!!?」


 ここまで珍しく静かにしていたローリングサンダーが目ん玉飛び出したような表情で、素っ頓狂な声を上げる。


「マジかよ……。おい、アルペジオ。そいつをよこしな。あとで古本屋に売りに行くからよ」


「あのね、サンダーちゃん……。俺たちが常に管制官にモニタリングされてるの、知ってるよね? そんなことしたら、首輪がBomb!! 頭と胴体がお別れになっちゃうよ?」


「大丈夫だって。ちゃんと姉御にも分け前を渡すからよ。な、姉御?」


 まったく、この不良娘ときたら……。

 当然だが、管制官からの返答はない。管制室で頭を抱えている彼女の姿が目に浮かぶ。

 案外、鉄の女・轟響子管制官もローリングサンダーの言動には手を焼いているのかもしれない。