魔法捜査官
喜多山 浪漫
第1話
『Serial killer(連続殺人鬼)』<9>
「グリムロック解除。魔法使いアルペジオ、戦闘モード。LV5以下の魔法の使用を許可します。ただちに敵を撃滅してください」
「はい、捜査官殿」
アルペジオがひょいっと軽く敬礼をする。まるで緊張感はないが、瞳には強い意志が表れている。この魔法使い、どこまでが本気なのか測りかねる。
しかし、目の前にいる怪物たちと戦うには、たとえポンコツだったとしてもこの魔法使いを使うしかない。僕に選択権はないのだ。そのことについて今更愚痴ったところで事態が好転するわけでもないため、大人しくLV5以下の戦闘に使えそうな魔法を思い出してみる。確か……。
【攻撃魔法】
パイロ(炎属性攻撃魔法)
アイス(氷属性攻撃魔法)
ストーム(風属性攻撃魔法)
【回復魔法】
なし
【補助魔法】
ブースト(身体強化)
マジックバリア(魔法防御)
こんなところか。
どれもLV5以下の魔法だが、パイロ(炎属性攻撃魔法)は成人男性一人に対して身体の一部にⅢ度熱傷を与える効果がある。Ⅲ度熱傷は皮下組織まで傷害が及ぶ重度の火傷で、炎が衣服に燃え移って全身を焼いた場合には死に至らしめることもできるほどの威力を持っている。たかがLV5、されどLV5。魔法が徹底的に管理され、人々から恐れられる所以である。
それにしても致命的なのは、LV5以下の回復魔法がないことだ。
僕かアルペジオが戦闘中に怪我を負っても回復するすべがない。回復手段がない以上、ダメージは蓄積し、いずれは致命傷となる恐れがある。
更に致命的なのは、魔法を使うとMP(マジックポイント)と呼ばれる魔力が消費され、グリムロックおよびオラクルに表示されている数字が「0」になると一切魔法が使えなくなることだ。
使える魔法は少なく、回復手段はない。どうしようもなく絶望的な状況と言えるが、それでも何とかするしかない。限られた手持ちのカードをやり繰りして、状況を打破するのも捜査官に与えられた任務のうちだ。
「では、あの怪物たちにパイロを使用してください」
「はい喜んで、捜査官殿」
って、居酒屋の店員じゃないんだから……。
呆れてため息をつこうとしたところにアルペジオの右腕から一筋の炎の渦が放たれる。
美しい。初めて見る魔法で生み出された炎に思わず見惚れてしまう。いや、この炎とて本物の炎ではなく、脳の思い込みによるものなのだが。
魔法の炎がいくつもの瞳を持つ大きな目玉の怪物にヒットすると、炎はたちまち全身へと燃え広がり、いとも容易く怪物を焼き尽くした。見た目に反して怪物が弱いのか、それほど魔法の威力が恐るべきものなのか、おそらくは後者だろう。
これが魔法……。
警察官になって初めて訓練で銃を撃ったときのことを思い出す。
銃声は「パン」という気の抜けるほど軽い音だった。引き金も想像していたよりも軽く、撃った後には手がしびれるでもなく、自分が銃を撃ったという実感がほとんどなかった。人を殺すことができる道具があまりにも手軽に感じられ、なんだか恐ろしく感じたことを今でもよく覚えている。
魔法使いは、捜査官の指示に従って魔法を発動するだけの道具と見なされている。つまり魔法を使うのは魔法使いだが、引き金を引くのは捜査官なのだ。そういう意味で、銃と魔法使いはよく似ている。そして僕は警察官になって、初めてその引き金を引いたのだ。
「捜査官殿。次の指示を」
「え、ええ」
怖気づいている場合ではない。炎属性の攻撃魔法パイロが有効だと証明された。残る2体の怪物もパイロで対処することにしよう。MPの回復手段があるならともかく、使えば使うだけ後が苦しくなるのがわかっている中で他の魔法を試している余裕はない。
「残る2体もパイロで攻撃してください」
「はい、捜査官殿」
アルペジオが両腕を突き出すと、右と左の腕から先程と同じく炎がほとばしり、残り2体の怪物を瞬く間に焼き尽くした。
「はい、いっちょ……いえ、3丁あがりです、捜査官殿」
3体の怪物たちを難なく焼却処分したアルペジオが誇るでも偉ぶるでもなく、屈託のない笑顔で戦闘の終了を告げた。
「…………」
「おや? どうされましたか、捜査官殿」
「いや、なんだかあまりにも手応えがなさ過ぎて……」
「ははは、大丈夫ですよ。そのうちもっともっと恐ろしいやつが現れますから」
「いや、それはそれで困るんですけど」
「ですよね。お互い、なるべく死なないように頑張りましょう(^^)」
……なるべく死なないように、か。
いやはや、とんでもない職場に配属されてしまったものだ。願わくは、早く異動して魔法とは一切関係のない職務に就きたいものだ。