魔法捜査官
喜多山 浪漫
第2話
『Monsters(怪物たち)』<17>
すべての映像(ビジョン)を見終えた後、僕たちを囲んでいた映像(ビジョン)は消え去り、肉の壁で覆われた迷宮もさらさらと砂の城が崩れていくように消滅していく。最後の結界が解けたのだ。
僕たちの前に立っていたA国の魔法使いの幻影も砂のように消えていく。
その背後には彼の戦友たちと思われる旧日本陸軍の軍服に身を包んだ青年たちが並んで敬礼している。皆、凛々しい顔をしている。おそらくは人体実験の犠牲となり、再び祖国の地を踏むことがかなわなかった男たち。彼らの真っ直ぐな瞳が僕を見つめる。それが何を意味するのか測りかねているうちに、すべての幻影は消えてなくなった。
結界が解けても、僕たちはすぐに口を開けずにいた。本来なら警護対象である大泉外務大臣の元へすぐさま向かうべきだろうが、目にした光景があまりにも重すぎてその一歩が踏み出せない。
「なんちゅうこっちゃ……。大泉のおっさんが戦時中に人体実験をやっとたやなんて……」
ようやく口を開いたミスターが信じられないと言った表情でスキンヘッドの頭をかきまわす。大泉外務大臣に対しては、もはや敬意を払う必要を感じないのか、おっさん呼ばわりになっている。
ここまでの状況証拠を総合して推理を展開するなら、こうだ。
先の大戦中、大泉外務大臣は魔導書(グリモワール)による強制覚醒の人体実験の指揮を執っていた。A国の魔法使いはその実験の過程で強制的に魔法使いにされた。
祖国のためと信じて戦ってきた男が目の当たりにした光景は、彼の信じてきたものをすべて否定するものだった。祖国に裏切られ、絶望した男はA国へと亡命。殺し屋となり、大泉外務大臣への復讐の機会をずっと伺ってきた。
僕は自分でも半信半疑の推理を二人の魔法使いと共有した。
「捜査官殿の推理は、正鵠を射ていると思います」
「しかし、大泉外務大臣にしてもA国の魔法使いにしても年齢が合いません。二人とも、とても戦時中から生きている人間には見えません」
「お忘れですか、捜査官殿? 魔法使いを見た目で判断してはいけないと申し上げたはずです」
「……確かに。では百歩譲ってA国の魔法使いは戦時中から生きているのだとして、大泉外務大臣はどうなんですか?」
「せや、風馬はんの言う通りや。大泉のおっさんは1ミリの魔力もないノーマルな人間やった。戦時中から生きているとしたら、今頃よぼよぼのジジイのはずでっせ」
「ええ。大泉外務大臣は魔法使いではありません。ただし、ノーマルな人間でも魔法を利用することはできます」
アルペジオは忌々しそうに吐き捨てるように言う。
「ど、どういうことです?」
「おそらく大泉外務大臣は人体実験の過程で、自身の精神を別の肉体に移動する邪法を確立したのでしょう」
「自分の精神を別の肉体に移動する……? そんなことができるんですか?」
「魔法ならできます。……と言いたいところですが、魔法もそこまで万能ではありません。ですから魔法と科学の力を組み合わせて人体実験を繰り返していたのですよ。大泉外務大臣はおそらく自分の息子たちを犠牲にしていたのでしょう。自分と適合する肉体を用意し、魔法によって精神を移動させることに成功した。以降はこれを繰り返して、常に健全な肉体を維持してきた……」
健全な肉体か。
健全な肉体には健全な精神が宿ると言うが、大泉外務大臣の場合、その精神は腐りきっている。
「大泉外務大臣は、実の息子を操り人形として運用しながら適齢期――ここではオリジナルの大泉外務大臣と入れ替わるタイミングのことですが、その適齢期が来たところで魔法によって精神と肉体を移動させ、常に表舞台の仕事をこなせるようにしてきた。これこそ大泉外務大臣が戦時中から容姿を変えずに生きてこられたカラクリです」
「なるほどなぁ、そうやって永遠に命を保つっちゅうわけでっか。権力者どもの考えそうなことやわ……」
ぺっと唾を吐き捨てるミスター。彼もまた権力者だった両親に捨てられた犠牲者である。身勝手すぎる権力者の振る舞いに思うところは多々あるだろう。
「大泉外務大臣は脱・魔法社会を謳ってのし上がってきた政治家。あんなにも魔法を毛嫌いして警護すら拒んでいたくせに、その裏では自分だけ魔法を悪用して生き永らえてきたのか……」
その邪法は戦時中におびただしい数の無辜の人間の屍の上に築き上げたものだ。それを何食わぬ顔して国民の前に立ち、平然と脱・魔法社会を公約に掲げて選挙に出るなんて、一体どんな精神構造をしているのか。
ミスターじゃないけど、反吐が出る。
どこまで腐っているんだ。
外務大臣・大泉一朗太――あの男こそ、真の怪物に違いない。