魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<8>
立ちはだかる多数の魔法生命体(ゴーレム)。校内には守るべき命がたくさん残されている。僕は警察官であり、魔法捜査官だ。これ以上、いつまでもグズグズと文句をたれていても時間の浪費でしかない。ここからは行動の時だ。
今も校内で怯えながら助けを求めて彷徨っているであろう子供たちのためにも、やるからには迅速に、そしてどうせやるからには今後のためにもローリングサンダーの能力を把握しておきたい。彼女は彼女で僕をテストするつもりのようだが、それなら僕も遠慮なく彼女をテストさせてもらうとしよう。
「グリムロック解除。魔法使いローリングサンダー、戦闘モード。LV8以下の魔法の使用を許可する。ただちに敵を撃滅せよ」
「うっせー、新米。カッコつけてんじゃねえ、カス」
明らかに年下の少女に新米扱いされたうえに、カス呼ばわりされる。
これ、なんてプレイ?
うぞうぞ。
ぬちゃぬちゃ。
ぺたん、ぺたん。
グリムロックを解除したローリングサンダーの魔力反応に、先程まで大人しくしていた魔法生命体(ゴーレム)が一斉に活発化する。ローリングサンダーと、その背後にいる僕に向かって、じわりじわりと距離を縮めてくる。
連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児、大量殺戮者・大泉一朗太の事件を通して、少しは魔法生命体(ゴーレム)に耐性が付いたかと思ったが全然そんなことはなかった。キモいものはキモいし、嫌なものは嫌だ。慣れるものではない。叶うことならいつでも逃げ出したいし、なんだったら今にも吐きそうだ。
「そうビビんなって、新米。アタイに任せとけば楽勝さ」
自信満々のローリングサンダー。相手が彼女じゃなければ惚れてしまいそうなぐらい自信たっぷりだ。その根拠は、まず間違いなく彼女の魔法にあるのだろう。よほど強力な攻撃魔法なのか。
どれ。魔法使いローリングサンダーは、果たしてどのような魔法を使うのか。オラクルを使ってご開帳だ。
《魔法使いローリングサンダー》
【攻撃魔法】
なし
【回復魔法】
なし
【補助魔法】
ブースト(肉体強化) ※重複可
スピードアップ(加速) ※重複可
アンチマジック(魔法耐性) ※重複可
んんん~?
攻撃魔法も回復魔法もなし……だと?
このラインナップで、どうして「アタイに任せとけば楽勝さ」なんてカッコいいセリフが飛び出してくるんだ。
「ほれ。さっさと指示しろよ、新米」
とローリングサンダーが右手でくいっと手招きして、僕に指示を要求する。これもテストの一環と言うことか。
いや、けど指示って言われてもなぁ。補助魔法三種類の三択しかないじゃん。
「グズグズすんな。いいからブーストかけまくりゃいいんだよ」
ブーストとは肉体強化の魔法だ。文字通り、使用すれば対象の肉体を強化し、通常の身体能力以上の力を発揮できるようになる。
だが、相手は低級とは言え魔法生命体(ゴーレム)。戦うのはいたいけな少女……ではないけど、少女は少女だ。しかも、武器となる木刀の一本も持っていない。いくらブーストの魔法をかけたとしても、魔法生命体(ゴーレム)に対抗できるのだろうか。疑問とともに、少女を一人で戦わせることに強い違和感と罪悪感を覚える。
僕がいつまでも逡巡しているうちに魔法生命体(ゴーレム)は手の届く距離まで近づいてくる。アルペジオも本城も、僕が指示するのを黙って見守っている。彼らが沈黙を守っているということは、ローリングサンダーの能力を信頼しているということか。いや、そうできゃ困る。
ええい。やってやる。
「魔法使いローリングサンダー。補助魔法ブーストで肉体を強化し、魔法生命体(ゴーレム)を攻撃せよ」
「はいはい。ったくよぉ、それだけ言うのにどんだけ悩んでんだよ。アホか」
僕の気持ちも知らずにローリングサンダーは言いたい放題だ。
言いながら彼女は自らの身体にブーストをかける。一瞬だけ彼女の肉体がうっすらと光ったが、それ以外は何の変化もない。身体が大きくなるわけでもマッチョになるわけでもない。ただの何の変哲もないローリングサンダーだ。
本当に大丈夫なのか、これ?
「どりゃー!!」
ローリングサンダーが気合ともに、大振りの喧嘩パンチを魔法生命体(ゴーレム)にお見舞いする。喰らった魔法生命体(ゴーレム)がビーチボールのように軽く吹き飛び、教室の黒板にベシャリと叩きつけられて絶命する。
「おりゃー!!」
続いてこれまた技もクソもない喧嘩キック。しかし威力は絶大。魔法生命体(ゴーレム)は四散して、ただの肉塊と化した。
「おんどりゃー!!」
「クソボケがー!!」
頭突きにドロップキック。どれもこれも修練された武の技ではなく、路上で磨き上げた喧嘩のテクニックであることがわかる。警視庁は一体どこでこの少女を拾って来たんだ……?
「おら、新米! もういっちょいくぜ!」
「は? なにを?」
「魔法だよ、魔法! ボケ!!」
あー。ブーストの魔法をもっとかけるように指示を出せってことですか。それならそれでちゃんと日本語で言ってほしい。
それはともかく、補助魔法ブーストの特筆すべき点は攻撃力が上がるだけではなく、防御力も上がることだ。しかも多重にかけることができる。二重三重にブーストをかければ、このレベルの魔法生命体(ゴーレム)の攻撃なら、かすり傷一つ負わない。
「ブッ殺ーす!!」
「くたばりやがれー」
「死ね死ね死ね死ね!!」
魔法使いローリングサンダーが拳と蹴りと頭突きで次々と魔法生命体(ゴーレム)の群れをなぎ倒していく。どこからどう見ても魔法使いには見えない。贔屓目に見ても狂戦士(バーサーカー)だ。ましてや、これが警察官だとは誰も思うまい。
「こんな魔法の使い方もあるのか……」
僕の言葉にアルペジオが声を上げて笑う。
「いやいや、捜査官殿。彼女のアレは、魔法というより気合と根性。いっそ魔法使いアマゾネスとでも改名すべきだと思いますね」
「いやいや、あれはもうゴリラでしょ。魔法使いメスゴリラ」
アルペジオも本城の言いたい放題だ。
「聞・こ・え・て・ん・ぞ? てめえら~~~(怒) あとで覚えてやがれ!!」
拳を振るわせて怒りをあらわにするローリングサンダーだったが、その視線は今もなお迫り来る魔法生命体(ゴーレム)に向けられている。彼女の視線の先には、倒した魔法生命体(ゴーレム)の肉片を喰らった魔法生命体(ゴーレム)が巨大化、あるいは増殖していく姿があった。その見た目と相まって、教室内は神聖な学び舎から悪夢と呼ぶのに相応しい光景へと変わり果てている。
しかし、そんな悪夢もどこ吹く風。魔法使いアマゾネス、もとい魔法使いメスゴリラ、もとい魔法使いローリングサンダーはものともせずに殴る蹴る踏みつぶす。癇癪を起した子供が暴れるみたいに魔法生命体(ゴーレム)を蹂躙していく。いや、子供よりも街を破壊する大怪獣に例えたほうが適切かもしれない。
その後も魔法生命体(ゴーレム)の襲撃は第三波、第四波となって押し寄せてきたが、結局ローリングサンダーは補助魔法ブーストだけで撃退してしまった。残ったのは、もはや原型をとどめていないグチョグチョの液状になって教室の床の汚れとなった何かだけだった。
こうしてヤンキー少女VS魔法生命体(ゴーレム)の戦いは、前者の圧倒的勝利に終わり、僕は胸焼けしそうなB級ホラー映画をたっぷり観せられた気分になったのであった……。うぷっ。