魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第1話

『Serial killer(連続殺人鬼)』<3>

 次に、僕と魔法使いアルペジオの出会いについて振り返っておきたい。

 というのも、魔法犯罪捜査係に配属されて初となる事件を前にして僕が弱気になっているのは、アルペジオとの出会い、その第一印象(ファーストインプレッション)が大きく影響しているからだ。

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 トラウマとなった新宿ニルヴァナイト猟奇通り魔事件以来、僕は魔法には興味を持たない、関わらないをモットーに生きてきた。

 それなのに神の采配か、はたまた悪魔の悪戯か。無事に定年を迎えた者はいないと評判の魔法犯罪捜査係へ配属されることになった。

 人生の転換期、いや大きく人生の歯車が狂っていく予感……。

 ああ、胃がキリキリしてきた。


 警視庁捜査一課に属しながらも、魔法犯罪捜査係は警視庁の地下5階に位置する。その理由は、危険物であり人間兵器である魔法使いを管理・監督するためだ。魔法使いたちは魔法犯罪が発生した際に緊急出動できるように警視庁の地下に監禁……もとい待機するよう命じられている。警視庁の地下5階という限られたスペースだけが、彼らにある程度の自由を許された世界なのである。


 警視庁所属の魔法使いには各自個室が与えられているものの、四方を厚さ80センチの鉄で覆った部屋、24時間体制の監視カメラ、有事には問答無用で散布される有毒ガスなどなど、その扱いは凶悪犯罪者を上回る。勤務時間以外は出動要請がない限り、この個室から出ることはできない。もし、万が一にも彼らが脱走を試みようものなら有毒ガスで即処分という寸法だ。


 魔法犯罪捜査係と書かれたプレートが掲げられた扉の前で、僕は改めて己の不運な境遇を呪った。


「どうして僕が……?」


 異動が決まってから何十回目かになる自問を口にしてみたが、答えが導き出されることはなかった。

 果たして、鬼が出るか蛇が出るか。

 ええい、ままよ!


 思い切って扉を開く。

 が、扉の向こうには鬼も蛇もおらず、人影さえもなかった。

 怪しげな魔導書や、マジックアイテム、果ては拷問器具の類まで転がっているような邪教の館を連想して覚悟していたのだが、室内は綺麗に整っており、むしろ捜査一課のほうが乱雑なぐらいだ。

 なんだか拍子抜けなんですけど……。


「お待ちしておりました、捜査官殿」


「うわわっ!!?」


 唐突に「にょきっ!」と登場した男が、こちらに爽やかなスマイルを投げかけてきた。

 これが机の下から「にょきっ!」だったら、僕もここまで驚きはしない。男が登場したのが、天井から「にょきっ!」だったので腰を抜かしそうになったのだ。


 天井から着地して、「あいたた」と膝をさすりながら立ち上がった男が、前世紀のイングランドを想起させるスーツの襟を整える。クラシカルなスーツと黒縁の丸眼鏡とよく調和している。しかし、ふわふわとウェーブのかかった栗色の髪は、寝ぐせと区別がつかず、せっかくの整った顔立ちを冴えない優男にしている。

 よく言って、うだつの上がらない学者というのが彼に対する第一印象(ファーストインプレッション)だった。

 それにしても、どうやって天井にぶら下がっていたんだ?

 この人……もしかして魔法使い?


「いやいや、驚かせてしまったようですね。でも、今のは魔法じゃありませんよ?」


 心を読まれた!?

 やっぱり魔法使いなのだろうか?


「魔法の使用は法律で固く禁じられており、その使用にあたっては国家公安委員会規則に定める魔法使用及び取扱規範に基づき、管制官の許可が必要になります。今のは、ただ新しい上司を歓迎しようと、天井にぶら下がって息をひそめて隠れていただけです。ははは」


 ははは、じゃねえよ。

 あー、ビックリした。


「……んん? 隠れていた? 僕がここに来るまで、ずっと?」


「はい、ずっとです。今か今かと待ち焦がれ、かれこれ2時間ほど天井にぶら下がって待機していました。もう少しで頭に血が上って、鼻血がドバーっとなるところでした」


「………………」


「………………」


 別の意味で本日二度目のビックリだ。

 そして、時間差で彼の鼻から一筋の鼻血がきっちりと垂れてきた。

 ……うん、これ以上はツッコむまい。そっとしておこう。


「……そういえば、今、新しい上司を歓迎と言いましたか?」


「はい。私はアルペジオ。今日からあなたの指揮下に入る魔法使いです」


 ニコリと笑顔で敬礼するが、一筋の鼻血と相まって警察官としての威厳を微塵も感じない。

 この人、本当に魔法使いなのか……?


 首元を見ると、確かに首輪(グリムロック)がしっかりハメられている。その首輪には、まごうことなき桜の代紋があしらわれており、文字通り警察の犬……もとい、警視庁所属の魔法使いであることを証明している。

 しかし、どうもイメージが違う。

 いや、イメージが狂う。

 魔法使いというのは、もっとこう世間で恐れられているような禁忌の存在なんじゃないのか?

 それなのに、なんていうかこの人は……至って普通。

 いや、それは普通に失礼か。普通未満と訂正しておこう。


「ちなみに、この子は我らが魔法犯罪捜査係のマスコットキャラ、黒猫のニャンゾ~くんですニャン」


 と言って、黒猫のぬいぐるみを取り出す。

 いい歳をした男が語尾に「ニャン」と付けてもちっとも可愛くないのだが、僕の評価など気にしない様子でアルペジオと名乗った魔法使いは、ニャンニャンと言いながら独りニャンゾ~くんとやらのぬいぐるみと戯れている。

 なぜにマスコットキャラ……? 魔法に対するイメージを少しでも改善しようという努力の賜物か?

 そんな僕の疑問など知る由もない様子で、魔法使いアルペジオが意気揚々と扉の向こうを指さす。


「では、さっそくまいりましょうか」


「え……? どこへ?」


「ははは。そりゃあ、もちろん捜査ですよ。魔法犯罪のね」