キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第2話

『Monsters(怪物たち)』<11>

 少女の首を浄化することで迷宮の結界を破れることを知った僕たちは、速やかに次なる「哀れな者たち」を探すことにした。

 だが、迷宮内には大人しく浄化されるのを待つ哀れな者たちだけでなく、襲い掛かってくる怒れる怨念も多数いる。しかも、ぐずぐずしていたら警護対象である大泉外務大臣の命が危ういというタイムリミット付きだ。

 そこで魔法使いミスターが物は試しにと提案してきたのが、迷宮に巣食う怨霊を回復魔法で攻撃してみることだった。回復魔法で攻撃というのも変な話だけど、もしかすると怒れる怨霊たちもヒールで浄化することができるかもしれない。ここはミスターの言う通り、物は試しだ。やってみよう。

 ということで、やってみた結果がこれだ。


「おんどりゃあ~、ボケナスカス!!!!」

「いてまうど、われぇ~!!」

「このチンカスがぁ!!」

「ケツの穴に手ぇツッコんで奥歯ガタガタいわしたろかい!?!?」


 回復魔法ヒールを放つたびに、ミスターが大阪弁で雄叫びを上げる。

 どう考えても癒しの魔法を使用するときに発するセリフではないが、そのほうが調子が出るのか、ミスターは先程からずっとこの調子なのである。……困ったものだ。

 ともあれ、物は試しにやってみた作戦は見事大成功。迷宮を徘徊する怒れる怨霊たちにも回復魔法ヒールは効果てきめんで、なんだったらLV5以上の相手も難なく排除できる。ちょっとした無双状態だ。


 攻撃魔法の使えないミスターは、普段戦闘において後方で支援に回るしかない。いかつい巨体とのギャップに本人なりに思うところもあったのか、ここぞとばかりに最前線でヒール無双を満喫している。

 更にミスターはHP(体力)回復魔法ヒールだけでなく、MP(マジックポイント)吸収魔法ドレインも使用できる。「ヒールで怨霊を浄化」→「MPが不足してきたらドレインで怨霊からMPを吸収して回復」、これをひたすら繰り返せば、ヒール&ドレイン、ヒール&ドレイン、ヒール&ドレインの無限ループが完成する。まったく、とんだチートがあったものだ。


 こうして迷宮脱出の攻略方法を確立した僕たちは意気揚々と探索を続けた。少女の生首を発見するまでの間の道のりはマッピング済みだ。未踏の地を探索すべく、いったん元来た道を引き返そうとしたとき――


「なっ!?」


 そこには行く手を遮るようにA国の魔法使いが立っていた。僕たちに気づいていないわけがないのに、押し黙ったまま目を閉じているのがかえって不気味だ。

 どうやって、ここに?

 なぜ? 要人暗殺が目的ではなかったのか?

 次々と疑問が溢れ出す。


「捜査官殿。どうやら、これも仕掛けの一つのようですよ」


 言うなりアルペジオが無警戒に距離を縮めたかと思うと、そのまま男の身体をすり抜ける。そこに存在しているのに存在していないかのような、まるで幽霊のようだ。


「これは一体……」


 この目で見ても何が何だかよくわからずに恐る恐る僕も近づいて、男の身体に触れてみようと手を伸ばす。

 本当だ。触れられない。透明じゃないのに透明のような不思議な感覚。将来、科学技術が更に発展してホログラムが完成したら、こんなふうになるのかもしれない。

 興味深くてしげしげと男の身体を観察していると、突然男の目がくわっと開いた。


「うわわわっ!!?」


 またしても腰を抜かしそうになるが今度は何とか耐える。柔道で鍛えたこの足腰。相手が幽霊の類じゃなければ、そう簡単に崩せるものではない。女の子のような悲鳴を上げずに済んだし、面目は保たれ……


「お前は誰だ?」


「ひゃあっ!?」


 しまった。結局、女の子のような悲鳴を上げたうえに、腰も抜かしてしまった。

 だって、いきなりしゃべりだすんだもん。

 いい加減にしてほしい。この迷宮に入ってからというもの、僕の捜査官としての面目はズタボロだ。そろそろ面目躍如したいところだけど、この迷宮とは殊の外、相性が悪いようなのでそれも難しい。うむむ。どうしたものか。いかんともしがたい。

 そんな僕の心境などお構いなしに、A国の魔法使いはロボットのように誰もいない空間に向かって話し始める。


「俺を見つけたということは、お前は人間としてまともな部類なのだろう。ここに存在する哀れな犠牲者たちを攻撃していたら、お前には死が待っていた。しかし、お前は哀れな犠牲者たちを癒すことを選んだ。その行為には敬意を払おう。俺が目的を果たすまでここから出してやるわけにはいかないが、お前には真実を教えてやる。すべてを知ったとき、あの男に護るべき価値などないということがわかるはずだ」


 一方的にしゃべりたいことをしゃべり終えると、男はすぅっと煙のように消え去った。


「今のは忠告? ……いや、警告でしょうか?」


「警告というよりも、私には死を覚悟した男の遺言のように思えました」


 アルペジオは、消えてなくなった男がいた空間をまだ見つめている。その瞳には悲しみとも憐れみともつかない色が浮かんでいた。


「自分が万が一にも目的を果たせなかったときに備えて、誰か資格のある人間に真実を知ってもらいたかったのかもしれませんね」


 その誰かとはあなたのことですよ、と言わんばかりにアルペジオが僕を見る。

 真実、か。

 A国の魔法使いは大泉外務大臣に護るべき価値などないと吐き捨てるように言った。

 果たして、彼と大泉外務大臣の間にどんな確執があるのだろうか。