キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第4話

『Nightmare(悪夢)』<2>

 警視庁刑事部捜査一課に属する魔法犯罪捜査係は、公式には存在しないはずの警視庁地下5階にある。平時は誰もいない、あるいは数名の捜査官がいたとしても誰も一言もしゃべらずに書類と格闘しているのだが、この日は様子が違った。

 本城の墓参りを済ませて魔法犯罪捜査係に出勤すると、1台しかないテレビモニターに人だかりができている。竜崎係長、アルペジオ、ミスター、ローリングサンダーの四人だ。すでに三人もの魔法使いが招集されている。ということは、只事ではない事件が起こったということだ。

 こうも立て続けに魔法犯罪が起きるようでは身が持たない。そろそろ本気で退職を考えないと本城と同じ道をたどることになりかねない。……とは思うものの、共に死線をくぐってきた相棒や同僚を見捨てて僕一人だけ逃げ出すこともできないのも事実。悩ましいところだ。


 僕が入ってきたのにも気づかず、テレビ画面に釘付けになっている彼らに近づいてみる。

 どうやらニュース番組のようだ。街中を行進するデモ隊の様子が大きく映し出されている。

 ニュースキャスターの読み上げる内容を聞いていると、アンチ・マジック・ファミリー(Anti-magic family)を名乗る魔法排斥を唱える民間団体によるデモだということがわかった。先の私立鳳凰学園で起こった魔法犯罪を受けて、魔法の危険性を大声で訴えかけているようだ。

 このアンチ・マジック・ファミリーという団体は、表向きには魔法の危険から国民の安全を守ることを標語として掲げているが、その正体は魔法を排除するためなら不法侵入や暴力も用いる反社会的勢力とも囁かれており、公安にもマークされていると聞く。

 ところが不思議なことにマスメディアはこぞって彼らを好意的に報道し、政府が公に彼らを批判することもない。アンチ・マジック・ファミリーが元外務大臣・大泉一朗太の支援団体の中枢に位置することは公然の秘密であり、少なからず暗黙の圧力が働いていることは明らかである。


 大泉一朗太は現在Sランク施設アルカディアに収容されているが、世間では病気療養中ということになっている。反魔法を唱えていた大物政治家の突然の退任劇は大いに世間を騒がせた。しかし、彼を支持していたアンチ・マジック・ファミリーは一切コメントを公表せず静観の姿勢を保っている。そして、そのことを追及する報道番組、新聞はなかった。アンチ・マジック・ファミリーを攻撃すれば、魔法を支持する危険思想の持ち主と見なされるため、彼らへの批判はタブー視されているのだ。


 例えば、こんな逸話がある。

 昨年、アンチ・マジック・ファミリーは、あるコンビニ店が首輪のお世話になっているアルバイトを雇ったとして、近隣住民とともに該当の店の前で数日にわたってデモをおこなった。普通に考えれば明らかな営業妨害である。

 しかし、地元警察はその脅迫まがいのデモを遠巻きに見ているだけで傍観を決め込んだ。

 マスメディアは魔力持ちのアルバイトを採用した店のモラルを問題視し、コンビニチェーンの本部は該当の店がオーナー店であり、契約を打ち切ったことを発表した。

 結果、その店は瞬く間に閉店へと追い込まれた。アンチ・マジック・ファミリーは正義の勝利を高らかに宣言し、世間はそれに同調した。


 だが、実はこの話には続きがある。

 後日、店のオーナーが涙ながらに冤罪であることを訴える動画がインターネット上にアップされたのである。店で働いていたアルバイトたちも協力し、全員が魔法とは無関係であることを証明した。そもそも首輪のお世話になっているアルバイトを雇ったという事実など存在しなかったのだ。

 ところが、そのことがテレビや新聞で報道されることはなく、それどころか数日後には動画サイトの規約違反とやらで、証拠となる動画は削除された。


 常識的に考えてアンチ・マジック・ファミリーの行動は非難されるべきものだ。

 しかし、現実にはそうならなかった。

 真実は黙殺され、偽りの正義が賞賛されたのだ。

 人々が物事を適切に判断するために必要な情報がマスメディアの独断と偏見で遮断されている現代において、この事例は残念ながら「よくあること」の一つに過ぎない。

 偏向報道。

 フェイクニュース。

 プロパガンダ。

 この世にあふれる嘘の数々。

 今の日本において、事実がありのまま報道されることのほうが少ないと言ってもいい。

 何でも我が国の報道の自由は、世界水準で60位程度に位置するそうだ。

 多くの善良な人々はニュースで報じられていること、新聞に書かれていることが嘘だとは夢にも思っていない。ほとんどの日本人は性善説に生きている。だから情報を鵜呑みにしてしまう。ニュースが、新聞が、嘘を言っているはずがないと信じているのだ。


 ここで重要になってくるのが情報リテラシーだ。

 情報を自分で調べる。

 複数の情報を比較する。

 比較した情報を分析する。

 そして何が事実なのかを自分なりに結論付ける。

 その後の情報の変化と推移を見る。

 こういった習慣を国民一人一人が身につけない限り、アンチ・マジック・ファミリーのような連中にとって都合のいい、やりたい放題の状況が続く。

 このままでは、いずれ魔法と魔法使いに対する風当たりは大嵐となり、僕らに襲いかかってくるだろう。

 魔法犯罪捜査係の捜査官と魔法使いは国民を守るために命を張っている。それなのに守るべき国民は魔法と魔法使いを悪と決めつけているのだ。なんと悲しい現実なのか。


「あー。アホくさ。こんなアホどもを守るためにアタイらは戦ってんのかよ。これじゃ、本城のやつが浮かばれないぜ」


 本音を包み隠そうともせずにローリングサンダーが吐露する。

 ここには気の置けない仲間しかいない。アンチ・マジック・ファミリーを批判しても誰にも咎められることはない。

 怒れるローリングサンダーの両脇に抱えられた魔法犯罪捜査係のマスコットキャラクター、ニャンゾ~とネコミが苦しそうにしている。本城の死を悼んでか、ニャンゾ~とネコミは喪服姿だ。このあたり、いくらツッパっていても内面は乙女だと思う。


「ほんまでんなぁ。応援してくれとまでは言いまへんけど、せめて邪魔せんでほしいもんですわ」


 ミスターが本場仕込み(?)の関西弁でローリングサンダーに同意する。

 二人の言葉に僕も全面的に賛成だ。

 アンチ・マジック・ファミリーを筆頭に、世間は魔法と魔法使いを否定し、差別し、排除しようとしている。この日本において、魔力を持つ人間に安息の地はない。

 しかし、圧倒的少数派とはいえ、本城の家族のような心ある人たちもいる。同調圧力に屈して声を上げられないだけで、魔法使いを一括りに悪と決めつける人ばかりではないと信じたい。


「捜査官殿。これ、気づいていますか?」


 先程から会話には参加せず、まじまじとテレビ画面を見つめていたアルペジオがようやく口を開く。

 アルペジオは画面に映っている人物の一人を指さしている。


「あ……!」


 そこには、見覚えのある男の姿が映し出されていた。

 連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児の被害者の父親、佐藤史博。怒りに任せてアルペジオを殴り飛ばして前歯をへし折った男だ。

 彼はアンチ・マジック・ファミリーのロゴの入った旗を掲げ、もう片方の腕で高らかに拳を振り上げ、何かに取り憑かれたような形相で反魔法を大声で叫んでいる。

 その目は真っ赤に血走っていた……。