魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<24>
「捜査官から管制官に連絡。生徒が1名、戦闘に巻き込まれて負傷した模様。腹部損傷による出血が多く、大変危険な状態です。ただちに救急車の手配をお願いします」
「了解。緊急車両と同時に輸血を手配する。負傷した生徒の名前はわかる?」
管制官に問われて、改めて負傷した少女を見る。
倒れているのは例の黒縁眼鏡の、さえぐさちりちゃんだった。あの利発な少女が息も絶え絶えになっている。ローリングサンダーが真剣な面持ちで患部を押さえて止血にあたっているが、右腹部からの出血がひどい。
「さえぐさ……。負傷者は、さえぐさちりです」
「…………!!」
オラクルの向こうから、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
「ふ、負傷者、さえぐさ、ちり…………了解」
かつてないほどの動揺。
間違いない。この子が管制官の姪だ。
「姪御さんなんですね……?」
「……それは任務とは関係ないことよ」
「もう任務は完了しました!!」
たまらずに大声を出す。
子供たちがビクッと反応して恐々と僕を見ているがそんなことは関係ない。
管制官を説得するために、大きく深呼吸してから静かに諭すように言葉をつむぐ。
「いいですか、管制官。幸いまだアルペジオもローリングサンダーもグリムロックで封印する前です。回復魔法を使って姪御さんを救いましょう」
しばしの沈黙。
管制官の心痛と葛藤たるやいかばかりか。想像に余りある。
だが、こうして待っている間にも少女の命の灯火は消えようとしている。
「管制官!!」
「…………却下よ」
「なぜですか!?」
瀕死の少女が目の前にいるのに、しかもその少女は肉親だというのに、どうして?
被疑者を無力化した今、警察官として人命救助にあたるのは正当な行為であり、何ら障壁はないはずだ。
「被疑者を確保したら、すぐに魔法使いをグリムロックで封印するのが規則よ。仮に人命を優先するとしても、ローリングサンダーは回復魔法を使えない。アルペジオが使える回復魔法はLV57よ」
魔法使いアルペジオの現在の魔法使用制限はLV52。あと少しばかり上方修正すれば回復魔法を使えるようになるじゃないか。
「だったら……!!」
「魔法の行使は魔法犯罪者を確保ないしは処分するためのやむを得ない手段として認められているに過ぎない。我が国の法律は人命救助のために魔法を行使することを認めてはいない。ましてや魔法犯罪の脅威が去った今、魔法使用制限の上方修正は国家への反逆ともとられかねない」
そんな馬鹿な話があってたまるか。
国民の安全を守るために存在すべき法律が、尊い命を救うための行為を阻害するなんて。
LV57もの回復魔法だ。おそらく少女の怪我を一瞬にして治すだろう。しかし、LV57ともなると多くの人命を瞬時に奪える魔法も使える。国民の安全を守るべき法律は、一つの小さな命と、多くの人命とを天秤にかけたとき後者を選択する。それは決して間違いではないのかもしれない。けれど……!!
「LV57に上方修正しても、僕は決してアルペジオさんに危険な魔法を使わせませんし、アルペジオさんだってそんな真似、絶対にしません。それは管制官だってわかっているでしょう?」
「……あなただって本当は理解しているはずよ。これは個人的な信頼関係の問題ではない」
震える声を絞り出すように口にする管制官。
目には涙、心は鬼にしての判断なのだろう。
管制官の法にひたすら忠実たらんとする姿勢は、警察官として正しい。
だが、一人の人間として、この状況下でここまで徹底できるものなのか。いったい何が管制官を律している……いや、縛っているのか。
こんな議論をしている間にも少女の命の灯火はどんどん小さく頼りないものになっていく。
僕は大声で叫びだしたい衝動に駆られる。
目の前の救えるかもしれない命を救えないだなんて……
何のための魔法だ!!
何のための警察だ!!