魔法捜査官
喜多山 浪漫
第3話
『Grimoire(魔導書)』<26>
魔法使い鏑木大和は、国に警戒されるだけの力を持つ男だった。
LV65のアルペジオ、LV43のローリングサンダーの二人の魔法使いを相手に、憎らしいほど余裕の表情を見せている。
おかしい。
LV65まで許可されたと言うことは、鏑木はLV64のはず。これまでも凶悪魔法犯罪者を制圧するために、たったの1とはいえギリギリ相手を上回るだけの魔法の使用を許可されていた。LV65のアルペジオに加えて、補助魔法と肉弾戦に長けたLV43のローリングサンダーとの二人がかりなら、こうまで力の差が出るわけがない。それなのに――
「ちっ! どうなってやがる!?」
ブースト(肉体強化)とスピードアップ(加速)を二重三重にかけたローリングサンダーは霊長類最強のはずだが、その攻撃が一切当たらない。
「政府が把握している鏑木のレベルは偽装されたものです。彼の本来の力はこんなものじゃありません」
言いながらアルペジオは僕の指示に従って上位魔法を放つ。
だが、鏑木は蛾でも追い払うようにあっさりと右手で跳ねのける。
魔法使用制限の上方修正を申請するために鏑木にオラクルを向けるが、表示された鏑木のレベルは、たったの1。LV64ですらない。
「無駄ですよ、捜査官殿。鏑木に限らず、高度な魔法使いは魔力を自由に出し入れできます。レベルの偽装なんてお手の物ですよ」
高度な魔法使い。
アルペジオはそう言うが、アルペジオだってLV100を超える魔法使いだ。
さすがに鏑木がアルペジオよりも高レベルってことはない……よな?
「晴志郎よ。警察の犬になり下がり、首輪につながれた貴様に勝ち目はない。俺と一緒に来い。かつてのように祖国と国民のために戦うんだ」
「戦争に関わるのは、もう二度と御免です」
戦争――
この日本で戦争と聞いて真っ先に浮かぶのは先の大戦だ。太平洋戦争、第二次世界大戦、大東亜戦争……と、いくつかの名称があり、先の大戦をどう呼ぶかによって歴史観が変わる。
その先の大戦も時をさかのぼること70年以上のこと。アルペジオも鏑木もどう見たって容姿は30代のそれだ。とてもじゃないけど先の大戦の生き証人には見えない。
しかし、見た目に騙されてはいけない。大泉を狙ったA国の殺し屋だって先の大戦の生き残りだった。
「喧嘩の最中に何くっちゃべってんだよ、ボケ!!」
余裕しゃくしゃくの鏑木にイラついたローリングサンダーが突っかかるが、渾身の力を込めた右ストレートも難なく片手で受け止められてしまう。
「雑魚が。引っ込んでろ」
虫けらを見るような蔑んだ目で吐き捨てた後、鏑木がローリングサンダーの額をもう片方の指先でピンと弾き飛ばす。たったそれだけのことでローリングサンダーの身体が小石のように吹き飛ぶ。
吹き飛んだ先にいるのは僕だ。よけることもできたが、この勢いで壁なり床なりにぶつかれば軽傷では済まない。
「ふん……!!」
ロケット弾のごときスピードで飛んでくるローリングサンダーを受け止めた衝撃が全身に走る。柔道で鍛え上げた二本の足でしっかりと踏ん張るも勢いを殺すことはできず、ローリングサンダーを抱きかかえたまま、ずずずと後方に押される。やっと止まったのは土俵際ならぬ壁際だった。
「ほう……?」
鏑木が初めて驚いた表情を見せる。
「ただの人間があれを受け止めるか……。なかなかいい飼い主に恵まれたようじゃないか、晴志郎」
どこまでもアルペジオを犬扱いする鏑木に反射的に怒りを覚える。
全身には強い痛みとしびれが残っているが、そんなことは関係ない。
ローリングサンダーを抱きかかえたまま、ずかずかと鏑木との距離を詰めて、はっきりと抗議する。
「アルペジオさんは犬なんかじゃない。僕の大切な相棒だ」
鏑木が一瞬意表を突かれたような顔を見せる。
かと思えば、一転して何がおかしいのか爆笑し出した。その表情は、意外にも第一印象とは違って純真無垢な青年に見えた。
「ふふ……。いいのか? 貴様がパートナーと呼ぶその男は戦場で何百人と殺してきた怪物だぞ?」
笑いが止まらないと言った態度で鏑木が問う。それが余計に腹立たしくて、僕は胸を張ってキッパリと答える。
「過去に何があったかは知らないが、アルペジオさんは怪物じゃない」
「捜査官殿……」
隣に立っているアルペジオが眉をハの字にして微笑む。
なんだか照れくさいけれど、僕はしっかりとアルペジオの目を見てうなずく。
「……いいだろう。面白い。貴様がどこまで清志郎を信じ続けられるか見届けてみたくなった」
鏑木が新しい玩具でも見つけたかのように興味深そうに僕を見つめる。
「どうせ結末はわかっているがな」
それは断定だった。
この男は過去に何度も信じた人間に裏切られてきたのだろう。
でも、僕は違う。僕は何があっても絶対にアルペジオさんを裏切らない。
「では、またいずれ……」
そう短く言うと、鏑木の姿が霧のように立ち消えた。
またいずれ、か。
もう二度と会いたくないが、そうもいかないだろう。
鏑木大和。彼とは、いずれ決着をつけなければならない。短い時間ではあったが、そんな確信めいたものを感じさせる相手だった。
「管制官から捜査官に連絡。鏑木大和の魔力反応をロスト。ついては速やかに魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限をLV0に下方修正すること」
「了解。魔法使いアルペジオと魔法使いローリングサンダーの魔法使用制限をLV0に下方修正。グリムロックで封印します」
「両名の封印を確認。……お疲れ様。よくやったわね」
指名手配犯を取り逃がしたというのに、意外にも管制官から労いのお言葉を頂戴した。
頭にいくつも?マークを付けている僕を見透かしたように管制官が続ける。
「鏑木大和は、日本警察だけではなく海外の警察組織、反社会的勢力からも狙われている男よ。鏑木は国内外で数多くのテロリスト、凶悪犯罪者を殺害してきた。そいつらを裏で操っていた政府要人や権力者も容赦なく暗殺した。そのせいで彼の周りは敵だらけ。それでもいまだに生き延びて悪党を殺し続けている世界最高クラスの魔法使いよ」
なるほど。そんな大物と戦って生き延びたから労いのお言葉をいただけたわけか。
それにしても世界中の悪党どもを闇から闇へと始末する魔法使いか。まるで映画に登場するダークヒーローじゃないか。
しかし、彼と旧知の仲であるアルペジオの表情は暗い。きっと、かつての友が悪を葬るためとはいえ犯罪に走っていることを悲しんでいるのだろう。
「あのさ……。そろそろ下ろしてくんないかな?」
胸元で囁く声にようやく気付く。そういえば、ずっとローリングサンダーをお姫様抱っこしたまんまだった。
顔を赤らめて気まずそうにしている彼女を僕はあわてて下ろした。
てっきり右ストレートなりアッパーなりを喰らうことを覚悟していたのだけれど、ローリングサンダーは身体をもじもじさせながら、熱っぽく潤ませた瞳で僕のほうを見ている。
んん?
なんだか嫌な予感がするぞ。
「ア、アンタって意外と強いっていうか、男らしいっていうか、その……アレだよね」
アレって、どれ???
「で、でも竜崎係長に比べたらまだまだだからな? ……まあ天変地異が起きたときのために一応キープしておいてやるよ」
そう言い残して、ローリングサンダーはしゃなりしゃなりと乙女チックなしぐさで音楽室を出ていった。
「どうやら惚れられたようですね。捜査官殿もなかなかどうして隅におけませんね」
呆然としていると、アルペジオが先程までとは打って変わったいつもの表情でニヤニヤしながら僕をからかってくる。
「わかっているとは思うけど、捜査官と魔法使いの恋愛は禁止よ」
鉄の女・轟響子管制官が脅し半分、からかい半分に釘を刺してくる。
嗚呼、勘弁してほしい。
かくなるうえは天変地異とやらが起こらないことを願うばかりだ。
第3話『Grimoire(魔導書)』 了
薄暗い地下、冷たい空気が否応なく死を連想させる。
本城翼の遺体は所轄の遺体安置室に運び込まれた。今は二階級特進し、階級は警部補。 その亡骸の前には、警視庁刑事部捜査一課魔法犯罪捜査係係長、竜崎巌の姿があった。
「本城……」