魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<7>
それからしばらく屋敷内を捜査していたところ、再び地雷式の精神干渉系魔法が作動した。地雷式と言っても実際に地雷が仕掛けられているわけでもなく、板張りの通路がひたすら続いているだけなので、まったく見分けがつかず回避のしようがない。
その気になれば魔法で探索(サーチ)することもできるが、過去の映像を見せられるだけなら実害があるわけではないので、この先何が起こるかもわからない状況下でMP(マジックポイント)を消費する踏ん切りがつかない。今のところ何もかもが鏑木の思惑通り進んでいる気がして、何の対策もできない自分に苛立ちを覚える。
その間も、白いもやがどんどん広がっていく。おそらく、また先の大戦の実態を僕たちに見せようというのだろう。それはいい。問題はそれを僕たちに見せてどうしたいのか、ということだ。
「鏑木の狙いは過去の映像を見せて、アルペジオさんを懐柔することなんでしょうか?」
「……いえ、それは違うと思います」
静かに、しかし、きっぱりとアルペジオが答える。
「鏑木は過去に何度も、それこそ様々な手段で私を仲間に取り込もうと接触してきました。そして私はことごとくそれを拒んだ……。鏑木が私との接触を断ってから、もう十年以上が経ちます。前回の事件で遭遇したとき、彼は一緒に来いと口走っていましたが、本気で私が翻意するとは思っていないでしょう。だから、今回の狙いは私ではないはずです」
「じゃあ、何が狙いだってんだよ」
意図が不明な鏑木の仕掛けに苛立つローリングサンダーが問う。
「それは、おそらく……」
アルペジオが最後までに言わずに僕のほうを見る。
ローリングサンダーとミスターも、つられて僕を見る。
「え? 狙いは、僕……?」
魔法使いでも何でもない僕なんかを狙って、どうしようっていうんだ?
まったく意味がわからない。
「鏑木は捜査官殿に興味が湧いたみたいです」
アルペジオはニコリと微笑むが、全然嬉しくない。
鏑木がここにいたら、はっきりと「迷惑です」とお断りしたい。
そんな僕の困惑とは関係なく、目の前に過去の映像がくっきりと浮かび上がっていく。
ここは日本か。
東京のようだ。記録映像でしか見たことのない古き良き日本。
局地戦での勝利に熱狂する民衆と、それを高らかに喧伝するマスコミ。
戦場から帰還した魔法使いたちを英雄扱いし、大々的なパレードが開催される。現代の日本の魔法事情からは考えられない待遇だ。
場面が次々と目まぐるしく変わる。記録映像というよりも映画を観ているような錯覚を覚える。
戦力増強のために、もっと攻撃力の高い魔法を容易に使用できるように法改正を求める政治家と軍幹部。一部の過激派は薬品や手術による魔力の増幅を唱える。その中には、あの大泉一朗太の姿もあった。
マスコミに煽られ、加熱する戦勝ムード。民衆は勝利という熱病に取り憑かれていたが、それを諫めようとする真っ当な人間もいた。アルペジオ、鏑木、深雪たちは自分たちがもたらした勝利のせいで戦火が拡大することを憂い、戦況が悪化する前に有利な条件で講和条約を結ぶことを軍部高官たちに上申した。
だが、世論には勝てない。煽りに煽られた戦勝ムードに人々は酔いしれ、もはや止めるすべはなかった。欧米列強による植民地支配と差別に終止符を打たなければならないのは事実であるため、アルペジオたち魔法使いも命令とあらば戦場に向かうより他なかった。
結局、戦火はアルペジオたちが憂いていたように……いや、それ以上の勢いで世界中を巻き込んだ大戦へと拡大していったのは歴史の知るところだ。
精神干渉系魔法が解けた後も、僕たちは押し黙ったままうつむくしかなかった。
おのおのが今見せつけられた現実に思うところがあるのだろう。特にアルペジオは、あのときこうしていればああしていればと後悔の波が押し寄せているに違いない。
現在の日本の歴史書の多くは、先の戦争は軍部の暴走に原因があるとしている。だが、そもそもの火種となったのは欧米列強による植民地支配と差別である。彼らは自国の利益のために発展途上国――具体的にはアジア大陸、南アメリカ大陸、アフリカ大陸を、武力を以て侵略、支配していった。そこに正義などなく、ただ欲望しかない。大航海時代から続く、略奪と搾取の歴史である。
そして、現代のマスメディアは絶対に認めないだろうが、先の大戦を煽ったのは世論と世論を醸成した当時のマスメディアだったということを忘れてはならない。
同じ過ちを二度と繰り返さないためにも、僕たちは歴史を正しく認識する必要がある。
その後も精神干渉系魔法のトラップが続いた。正直、もう見たくないので、あえて遠回りをしてみたりして回避を試みるも、それを見透かしているかのようにトラップが起動する。
そこまでして僕たちに見せたいものとは何なのか。これまで見せられてきた映像からだいたいの想像はつくが、それは僕に限らず多くの日本人が知らされていない、あるいは直視するのを避けてきた真実だ。真実は時に強烈な刃となる。見る者に覚悟を要求する。
再び周囲が戦場に変化する。
魔法使いたちの活躍で近代兵器に対抗してきたものの、潤沢な資金と資源を持つ欧米列強と辺境の島国である日本の戦力差はいかんともしがたく、次第に戦況は悪化。強大な暴力の前に徐々に日本兵たちは蹂躙されていった。
死んでゆく兵士たち。
死んでゆく魔法使いたち。
アルペジオ、鏑木、深雪たちは、それでもボロボロになりながらも戦う。命懸けで戦い続ける。祖国を守るために。欧米列強の植民地支配と差別から愛する者たちを守るために。
しかし───
東京大空襲。
原子爆弾投下。
決定的かつ致命的な攻撃を受け、日本は敗戦した。
現実に戻っても僕は目を開けることができなかった。
空襲で焼かれた人々の叫び声。被爆して皮膚がただれたまま泣き叫ぶ子供。川に流されるおびただしい数の遺体。それらが頭から離れない。
僕はただ目を閉じたまま、彼らの冥福を祈るしかなかった。
数えきれないほどの罪なき人々が無残に殺されていった。
あれは戦争などではない。大量虐殺だ。
非戦闘員への攻撃は当然ながら国際法違反である。連合軍も相手が有色人種じゃなければ、あそこまで徹底的にはやらなかったはずだ。実際、ドイツにもイタリアにも原爆は落とされなかった。有色人種だから殺しても構わない。大航海時代から続く差別意識が根底にあったのは間違いない。
差別意識は人をどこまでも残虐にする。いじめがなくならないのと同じ。現代の日本人が魔力を持つ人間を差別するのと同じ構図だ。
鏑木の狙いは、僕に現実を直視させて、問うているのかもしれない。「日本はこのままでいいのか?」と。
当然、このままでいいわけがない。
共に日本を変えよう。そう鏑木に手を差し伸べられたとき、僕は迷わずに彼の手を振り払うことができるだろうか。