魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<12>
「はぁ、はぁ、はぁ……。大丈夫ですか、皆さん?」
三人の魔法使いの返事はなく、ぜえぜえと肩で息をしている。普段、警視庁の中でほぼ軟禁状態の魔法使いにとって、この逃走劇は激しすぎる運動だったようだ。申し訳ないことをした。
しばらく休息して三人の魔法使いの息が整ったところで、再び出口を目指すことにする。
「なあ、風馬はん。なんで逃げはったんですか?」
全力疾走させられた恨みからか、ミスターの言葉には棘を感じる。
「なんでって……」
怖かったからなんて口が裂けても言えない。
「……包丁を持って襲い掛かって来たため、危険と判断しました」
「コンバットナイフ持ったA国の殺し屋には一本背負い喰らわしたのにでっか?」
しつこいなぁ、ミスター。
そんなに僕に怖かったからと言わせたいのか?
「いや、でも相手は女性ですし……」
「レディーファーストってやつだな。さすが、アタイのダーリンだぜ」
「ローリングはん。それを言うならフェミニストでんがな」
ミスターが不服そうにツッコむ。
「まあまあ、ミスター。血まみれの女が包丁を持って襲ってきたら、そりゃ誰だって思わず逃げたくもなりますよ。ねえ、捜査官殿?」
助け舟を出してくれたアルペジオに感謝しながらも、相手が混乱した生存者だった可能性もあったわけで、その点は反省しなければならない。
「……次に彼女を発見したときは保護するなり、確保するなり、相応の対応をします」
……言い切ってしまった。
むきになって答えたことに早くも後悔の波が押し寄せてくる。
アレは……あの女は普通じゃなかった。冷静に話ができる相手とは思えない。保護するにせよ、確保するにせよ、素手で猛獣を捕まえるぐらいの覚悟が必要だ。
だけど、男子に二言はない。次に出会ったら有言実行しなければならない。だから、もう二度と会わないように祈る。
そう祈りつつも、気を取り直して通路を曲がったところ――
……いた。あの女だ。
全身がビクンと反応する。心臓が止まるかと思った。
僕が急に立ち止まったせいで、後ろの三人が僕の背中にぶつかる。
何事かと怪訝に思った三人も、ウエディングドレスの女を見て息を飲むのがわかった。
おかしい。
あり得ない。
後方に引き離したはずなのに、なんで僕たちの正面にいる?
この洋館には隠し通路でもあるのか?
いやいや、隠し通路があったとしても物理的にあり得なくないか?
やっぱり、この女、魔法使いなのか?
頭がパニック状態でどうすればいいか判断がつかない。とにかく怖い。
しかし、女はじっとしたまま動かない。ただうつむいているだけだ。ただし、右手にはしっかり包丁を握っている。やっぱり怖い。
しかし、怖がってばかりもいられない。僕は捜査官なんだ。
警察官としての責務から、ほんの少しだけ冷静さを取り戻し、女を観察する。
純白だったはずのウエディングドレスは薄汚れ、血液らしき赤黒い染みがあちこちに付着している。
彼女の身に何があったかのか? 想像もつかない。
こんな場所にウエディングドレスを着た女性がいるのは違和感しかない。彼女が民間人であるなら結婚式や事前の試着時にB国の工作員に拉致された可能性がある。
見た限り、少なくとも魔法生命体(ゴーレム)の類ではなさそうだ。
僕はオラクルを取り出す。
「捜査官から管制官に連絡。生存者を1名発見。女性です。これから保護します」
管制官の返事を待たずに、慎重に一歩踏み出す
「僕たちは警察です。もう大丈夫です。あなたの身の安全を保障します」
声をかけるが白目のない瞳はうつろで、口は半開き。反応なし。
女がB国の魔法使いなら、とっくに攻撃してきているはずだ。
やはり民間人なのだろうか。
こんな場所にずっと拉致されていたのなら精神状態がおかしくなっても不思議じゃない。さっき襲い掛かってきたのも、僕たちをB国の工作員だと勘違いしたからかもしれない。
恐怖を振り払い、勇気を振り絞って、努めて穏やかな声で女性に話しかける。
「ここにあなたを拉致した連中はいません。その包丁を僕に渡してもらえますか?」
女性の身体がピクリと反応を示す。ようやく僕の声が届いたようだ。
白目のない瞳が僕のほうに向けられる。その瞬間、ぞわりと背筋が凍りつく。
「危ない、捜査官殿!!」