魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<6>
「これは……」
見慣れない木々が生い茂るジャングル。
むせ返るような霧に包まれているため、視界は極めて悪い。
雨のせいか、それとも湿地帯なのか、足元はぬかるんでいる。
精神干渉系の魔法とはいえ、体感的には現実と変わらない。雨季の日本以上の湿度と熱気に汗がどっと噴き出してくる。
「どうやら、ここは戦場……しかも日本やない。東南アジアのジャングルみたいでんなぁ。しかも、あの兵士たちの装備から推測するに、先の大戦の真っ只中なんとちゃいまっか、これ……?」
「マジか。タイムトラベルってやつか? やべえじゃねえか。流れ弾喰らって死ぬなんて御免だぜ」
「ローリングサンダーはん。これは現実やありゃしまへん。大迫力360度対応の記録映像を観てるようなもんですわ。銃弾が飛んでこようが爆弾が直撃しようが、わてらには影響おまへん」
「なんだよ、ビックリさせやがって。だったら安心して高みの見物といこうじゃねえか。な、ダーリン?」
「いや……」
そんな単純な話で済むわけがない。ここまで大掛かりな仕掛けを施したのだ。必ず何か意図がある。きっと、先の大戦を間近に見せることで何かを伝えたいのだ。
戦争の残虐さ?
戦争の愚かさ?
いや、それを僕たちに伝えて、どうしようというのか。他にもっと狙いがあるはずだ。
一体、この映像の中に何が秘められているのだろう。
ふと隣にいるアルペジオに目をやると、呆然と立ち尽くしている。
「アルペジオ、さん……?」
その瞳には驚きとともに郷愁のようなものが見て取れる。
進軍する日本兵の後をアルペジオが夢遊病患者のようにふらふらとついていく。
アルペジオの様子に戸惑いながらも、僕たちも後を追うことにする。
その先で見たのは、戦地の過酷な現実だった。
敵は欧米列強の連合軍だけではなかった。猛烈な暑さ。飢えと渇き。毒虫に熱病。ありとあらゆる環境が日本兵たちを執拗に追い込んでいく。
そんな厳しい状況下でも奮戦したのが、日本の魔法使いたちだった。
彼らは優秀で、強かった。
戦闘機や銃火器を中心に戦場を支配しようとする連合軍に対して、日本の魔法使いたちは身体一つで応戦し、しかも決して引けを取ることはなかった。日本の魔法使いたちの連携は見事なもので、次々と戦況をひっくり返していった。
連合軍は日本の魔法使いを「怪物だ」「死神だ」と恐れをなして敗走した。
日本の魔法使いたちが戦う理由。それは欧米列強の植民地支配から祖国を守るために他ならなかった。有色人種を差別し、食い物にする欧米列強を打ち負かす。それが彼らの矜持であった。
その日本の魔法使いの中でも格別の働きを見せていた者たちがいた。
アルペジオだ。その隣には鏑木もいて、二人とも笑顔で勝利を分かち合っている。現在の指名手配犯・鏑木大和と同一人物とは思えない表情だ。
軍服に身を包んではいるが二人とも外見は今と同じで、先の大戦から70年以上が経過しているのに何ら変わりがない。
アルペジオは仲間たちから安倍晴志郎(あべ せいしろう)と呼ばれていた。当時の階級は中尉。鏑木大和も同じく中尉。二人は同期の桜だった。
もう一人、アルペジオのそばで寄り添うようにして活躍していた人物がいた。
「深雪(みゆき)」と呼ばれる魔法使いだ。他の魔法使いと同様に軍服に身を包んでいるため、男か女かは区別がつかない。それほど深雪と呼ばれる人物は美しかった。互いを見つめるまなざしから恋人同士なのかと思うほど深い絆があるように見えた。
戦争なんていうものは、無能な政治家たちが起こす最低の外交手段だ。そのあおりを食うのは決まって戦場に送り出される兵士と、巻き込まれる国民である。だから戦争を美化する気はさらさらないけれども、魔法使いを差別することなく、協力して困難に立ち向かう姿にだけは強い共感と憧れを覚える。
戦場では、魔法使いも一般兵士も分け隔てなく、祖国と愛する家族を守るために命を懸けて戦っていた。そこに現代のような魔法使いに対する差別はなく、お互いに認め合い、信じ合っている姿があった。
精神干渉系魔法が解け、僕たちは再び薄暗い闇に包まれたダンジョンに引き戻された。
しばらくの間、僕たちは何も言えずにその場に立ち尽くしていた。
あれはおそらく過去に現実に起こった出来事なのだろう。
そして、指名手配犯・鏑木大和はあの映像を見せることで僕たちに何かを伝えたいのだ。
アルペジオに詳細を問い詰めたい衝動に駆られる。だけど、聞きたいことはいろいろ浮かぶものの、結局、何一つ口にすることはできなかった。アルペジオの物憂げな瞳を見て、聞けるはずがない。
「行きましょう。捜査を続行します」
僕の言葉に三人の魔法使いは何も言わず、ただ付き従うだけだった。