まものグルメ
蝉川 夏哉
一章 黒髪黒目の少女
第二十話 働き者のオッティー
愛くるしいカワウソたちを雇用した利点と欠点は、その日の内に明らかになった。
カワウソの世評に反して、オッティーたちは綺麗好きだった。(まもりの知る限り、カワウソという動物は捕まえた魚を住処にずらりと並べるという伝説があった。それをカワウソが先祖を祀っているようだということで、”獺祭”と呼ぶようになったらしい)
働き者のオッティーたちはまだ営業を再開していない食堂の隅から隅までピカピカになるまで磨き上げ、在庫の整理整頓にも器用さと几帳面さを遺憾なく発揮。ラクサーに讃嘆の拍手を送られることになる。
欠点、というより問題点は、オッティーの数だ。
まもりは当初、五人と雇用契約を結んだつもりだった。賃金を支払う旨を伝えるとそれを彼ら彼女らは頑として断った(獺人の文化には奇妙なところがあり、貨幣経済は存在するものの、賃雇いには侮蔑的な意味が込められているそうだ)ので、糧食の提供で手を打つことになったのだが。
「ね、ラクサー」
「なんだ、マモ」
「オッティー、何人いると思う?」
「ラクサーは十二まで数えたところで諦めた」
テテインに相談に行ったときに七人に増えた時点で嫌な予感がしていたのだが、オッティーたちは度を過ごした働き者であり、大家族主義者であり、そしていつの間にか増えているという欠点を持っていたのだ。
働いているオッティーの数はどんどん増え、少なくとも視界の範囲だけで二〇人は下らない。
手が多いのは助かる、といってもこれはいいのだろうか?
「私たちがご迷惑ですか?」
「い、いや、迷惑じゃないよ」
「それは安心しました。オッティーたちもそれを聞いて安心するでしょう」
代表のオッティーがそういうと、野菜のみじん切りに戻る。
今まで調理はまもりが一人で担当せざるを得なかったが、オッティーが手伝ってくれるなら随分と楽になりそうだ。
「いや、そうじゃなくて!」
制止するまもりをオッティーたちが不思議そうな顔で見上げる。実に愛らしい。
「こんなにたくさん来てもらったら……」
「私たちがやはりご迷惑ですか?」
「迷惑……では……ないけど……」
オッティーたちに提供している食材はまもりが【下拵え】したもので、元はといえば遠征から持ち帰られた魔物である。冒険者たちはまもりから対価を受け取ろうとはしないので、原価はタダだ。
だから、実際にはオッティーがいくら来てくれてもあまり困らないといえば困らないのだが。
「やっぱり、オッティーには、この食堂以外でも〈浮遊城〉に馴染んで貰いたいかな、って」
無理やり捻りだした言い訳だったが、オッティーたちは理解したようで、一度に食堂で働くオッティーの数は七人を上限とする(繁忙時はもう少し働いてもいい)という条件が契約に追加で加えられた。
これだけ器用で働き者なのだ。オッティーたちは食堂以外でも引く手あまたに違いない。
営業を再開するにあたり、食材の一部変更も決めた。
これまでは食堂で使うほとんど全ての食材をまもりの【下拵え】で調達していたのだが、これは負担が大きいだろうということになったのだ。
オ・クランクラン伯はまもりの【下拵え】が無限にできるわけではないことを知って一番落胆した一人だったが、その他の食品の融通については柔軟かつ優先的に叶えてくれる、ということになった。
ラクサーの掛け声でオッティーたちが木箱に入った根菜や日持ちのする食材を食堂へ運び込む。
食堂の隣の空き部屋が急遽、食材庫に充てられることになり、こちらにはルシェオスが手配してくれた大工たちがあっという間に使い勝手のいい幅と高さの棚を誂えてくれた。(オッティーたちの要望により、安定性が高く持ち運びもしやすい踏み台も作ってもらった)
こういうことはやはり専門家に任せるべきだ。餅は餅屋。
大工たちはついでに床の問題ある箇所や厨房の棚の扉の不具合なども修理し、お礼代わりにとまもりの作ったもつ煮込みをたらふく食べて帰っていった。
嬉しい誤算もある。
オッティーたちが無類の酒好きだということだ。
まもりもラクサーも酒にもマリアージュにも詳しくないが、オッティーたちは何でも好き嫌いなく食べ、好き嫌いなく飲む上に、酒と肴の組み合わせも美味い。
このことが判明したので、レオに伝手を当たってもらって酒の仕入れもはじめた。
最初は麦酒と、林檎酒や葡萄酒(としかまもりには見えない)といった果実酒だけだが、お客様の反応次第ではもう少し種類を増やしていくことに決める。
何と言ってもこの|多島界《アーリスフィ》、世界が無数にあるというだけあって、食材の種類もそうだが酒の種類がべらぼうに多いのだという。
普通の世界なら周天軌道の交わる特定の相手世界との交易で手に入るものしか口にする機会はほとんどないが、〈浮遊城〉はこの軌道と関係なしに動けるので、いろんな世界の食材や酒が手に入るというから、それを使わない手はない。
最後に、〈浮遊城〉の管理者様の祀祠の隣に、オッティーたちの世界の管理者様の祀祠を設え、お供えをする。本来であれば専門の聖職者に頼むものだというが、手配がつかなかったので、仕方なくテテインに代理をお願いする。
「儂は便利屋じゃないんだぞ」と怒りながらも、可能な限り文献を調べて、見よう見まねでしっかりとやってくれる辺りが優しい。ラクサーが信頼するのも頷ける。
まもりとラクサー、それに集まれるだけのオッティーたちと関係者が集まって、分祀式が執り行われた。オッティーの同族はたぶん、一〇〇人近くは集まったんではないだろうか。扉からはみ出て、入口前の階段までカワウソでびっしりと埋まっての式は厳かに執り行われた。
祀祠はそれほど大きくない。二つ並べてもまだスペースが余っている、というよりも寂しいくらいだ。
ラクサーの見立てでは、「詰めれば一〇〇個くらいは祀れると思う」ということだった。冗談をいうようなキャラでもないので、それくらいびっしり並べてもいいのかもしれない。
まもりも想像してみるが、そうなると結構、壮観だ。
できる範囲の【下拵え】も済ませたし、食材と酒も用意した。
椅子もテーブルも食器もピカピカだ。
これで、いよいよ準備が整った。
明日から、食堂【マモのグルメ】、再開店である。