まものグルメ
蝉川 夏哉
二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦
第十二話 起死回生の策
巨大、という言葉は誇張ではなかった。
〈無限荒廃城塞〉の最深部に屹立するヤドリギの本体は、あまりにも大きく成長し過ぎていた。
幾重にも重なり合い絡み合う不気味な幹と枝、蔦の集合構造物は植物というよりも動物の内臓を思わせる醜怪な印象を見る者に抱かせる。
「……アレは燃やせないのか?」
「石よりも火が付きにくい、って話で」
キーオ・カンピュールの問いにヒューマーが応じながら、小鬼を切り伏せた。
「それにしても……雑魚の数が多い」
「魔物も必死なのでしょうナ」
冒険者たちの先鋒を任されたキーオたちは錐の如く鋭く〈歪み〉に斬り込んでいる。
中心部にはこれまでの甲冑や怪鳥、小鬼だけでなく、頭のない筋肉の塊のような魔物が混じっていた。
事前に情報がなく弱点も分からない上に、単純に強い。
複雑怪奇な技を持つ魔物も厄介だが、ここまでの攻略で疲労した冒険者にとって、筋肉鬼のような平凡な“強さ”こそが、純粋に攻略しづらさに繋がる。
「連中の近衛、といったところですかナ」
「そんなところだろう。筋肉の塊に囲まれて護衛されるなんて、オレなら御免だがね」
こじ開けるようにして進む冒険者の後から戦果を拡大していくのは、|破落戸《ごろつき》たちだ。
〈城壁〉の戦士団は、斧手や補給部隊を守るために後方をがっちりと固めている。
後方を気にせずに進軍できるというのは、これまでの攻略とは大きく異なるところだ。
補給物資も潤沢で、喉が乾けば水が、腹が減れば補給用の糧食がすぐに届く。
残念ながらマモの弁当はここぞという時のとっておきとして保存されているが、補給を気にせずに戦えるのはありがたい。交替で仮眠を取ることができるのも〈歪み〉の中であることを考えれば信じられない僥倖と言える。
大軍議の結果、これだけの支援体制が整えられたのだ。
何が何でも、成果を出さなければならない。
それは理屈ではなく、冒険者としての心意気の話だった。
「進め! ヤドリギは目前だ! ここで退いたら冒険者の名折れだぞ!!」
キーオの鼓舞に、「おおっ!」と賛同の声が上がる。
冒険者や破落戸という生き物は、戦士と違って得られる名誉をぶら下げるより、実利や嘲笑されることを恐れる気持ちを刺激してやった方がいい。そういう機微が、キーオには手に取るように分かった。
斬り、叩き、突き刺す。
剣が曲がれば次の剣を。
甲冑が前に出てくれば棍棒を。
小鬼がしゃしゃり出てくれば、鋭い槍を。
ヒューマーはまるで手品のように、キーオが次に求める武器を手渡してくれる。
手を伸ばせば武器があるという潤沢な補給体制のお陰で、キーオたち冒険者先鋒隊は衝力を失わずに進み続けて来られたのだ。
けれども、筋肉鬼だけは厄介だ。
筋肉鬼とて強靭だが、不死身ではない。
炎で全身が燃え尽きれば、死ぬ。
分厚い胸筋を貫き心の臓を穿ちぬけば死ぬ。
肩肉に埋もれている脳をたたき割っても、死ぬ。
とは言え、小鬼や怪鳥よりも格段に骨が折れるのは事実だ。
おまけに、背後に守るヤドリギから筋肉鬼が生まれ出るのを見てしまうと、流石のキーオの戦意も萎えそうになった。
あと一歩で、ヤドリギの根に一太刀浴びせられる。
そうすれば士気は一気に高まり、この魔物の群れを押し返せるという見込みがあった。
〈歪み〉の|魔物《モンスター》は無限ではない、とされている。
ヤドリギが魔物を産み出す速度を上回る速さで駆逐し続ければ、いつかは枯渇するはず。
今回の大規模攻略はその”枯渇”を前提として組み立てられている。これまでの〈歪み〉突入で得られた情報を元にオ・クランクラン伯やテテイン、〈城壁〉の参謀たちが出した結論では、十分に可能性がある作戦”だった”。
予想外だったのは、ヤドリギが魔物を産み出す速度が想定よりも速かったことだ。
作戦立案の責任を取って前線に同行している〈城壁〉の参謀によれば、これまでの〈歪み〉よりも〈無限荒廃城塞〉の規模が大きいため、魔物を産み出すヤドリギの力も大きいのだろう、ということだった。
「原因が分かっても、対処法が分からんのでは、な」
「全くです。ヤドリギを弱らせる何かがあればよいのですが」
ヒューマーのぼやきに似た呟きに、キーオの目が煌めく。
記憶の中から、あの一件が思い出されたのだ。
「冒険者と破落戸たちから、|魔物のいない場所《・・・・・・・・》を見なかったか情報を集めろ」
「……! はい、直ちに!」
先鋒部隊に同行する通信魔術師から、後方に向けて詰問信号が飛ばされた。
最優先かつ最重要の信号は、中継されながら瞬く間に全軍に伝わっていく。
竜王国が支援魔術師を招集してくれなければできなかった芸当だ。冒険者の〈歪み〉攻略では攻撃魔術師や回復魔術師を連れていくことがほとんどだから、支援魔術師の伝手は少ない。
「キーオ殿、破落戸の連中に、そのような場所を見た者がいると」
通信魔術師が報告を上げてくる。地図上の座標も続けて伝えられた。
懐から地図を取り出し、位置を確認する。幸い、それほど遠くはない。
「ありがとう。それと、連中ではない。彼らも仲間だからな」
「は、はい!」
魔術師は戸惑った顔をしたが、これでいい。
破落戸をまともに扱うというのは、普通の感覚ではないから無理のないことだ。
しかも相手は竜王国と契約する魔術師。破落戸など、見下して当然だと思っている。
だからこそ、キーオは破落戸を丁寧に扱うべきだと考えた。
こういう話は自然と伝わるものだ。カンピュールの三男が破落戸をまともに扱った、という噂は、将来きっとキーオの役に立つはずだった。
「冒険者諸君。これから、起死回生の一手を打ちに行く。少しの間、ここを守って貰いたい!」
キーオの言葉に、冒険者の反応はやや鈍い。
中には、自分たちを置いて逃げ出すのかもしれないと思っている者もいるだろう。
「キーオは、約束を違えない! 必ず戻る!」
だが、そのような反応を気にしている場合ではない。
今は一刻も早く、状況を打破する必要がある。
後退しながら、ふと思いついてキーオは通信魔術師の肩を掴んで引き寄せ、耳元で囁いた。
「先ほどの地点に、マモの弁当を届けてくれ。至急、最優先命令だ」