まものグルメ
蝉川 夏哉
二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦
第十三話 〈聖域〉
〈回復者〉レオ・ブルカリンは自分が連絡役の仕事を割り当てられたことを内心、不満に思っていた。
遠征病が快癒し冒険者に復帰したレオは、自分は前線で戦える、と思っている。
そのための準備はしてきたし、実績もあった。
一人でも戦力の欲しい大規模攻略戦なのだ。レオにも活躍の場は、あるに違いない。
しかし、ゼレクスやオ・クランクラン伯といった今回の作戦の指揮官たちは、レオを後方に控置する、という決定を覆すことはなかった。
政治的力学だ、ということはレオもうっすらとは理解する。
例えばここでレオが前線で大きな活躍をした場合、その名声は|高まり過ぎる《・・・・・・》。
嫌な話だ。
勝つ前から、勝った後のことを考える。レオのような冒険者には、理解し難い。
その慎重さを持っているからこそ、あの狸人が〈浮遊城〉の城主になれたのだ、という点も含めて。
だからこそ、「食糧の輸送」という任務を任せられた時は、失望した。
てっきり、前線の救援部隊に配属されると思っていたのだ。
地図上の指定された位置まで食糧を運ぶなんて、子供でもできる。
レオ・ブルカリンは、腐らなかった。
一度は冒険者としての再起を諦めた身なのだ。
一からではなく、無からの再出発と考えれば、食糧の輸送というのは案外、自分の身の丈に合った仕事なのかもしれない。
「弁当の輸送といえど、気は抜くなよ!」
一応、部下が付いたので指揮官らしきことを行ってみる。
弁当を運ぶ人足が十名と、その護衛の冒険者が五名ほど。ちょっとした人数になる。
グルカヌン・ラーのような腕利きの冒険者ではない、言ってしまえば駆け出しの冒険者をまとめた部隊だが、それでも部隊長は部隊長だ。
弁当の輸送にも護衛を付けるのは、〈無限荒廃城塞〉の魔物が事前の予想を遥かに上回る数で襲ってきているからだった。
最前線の冒険者たちと後方の〈城壁〉戦士団の間を埋める|破落戸《ごろつき》たちはレオの目から見てもよくやっているとは思うが、それでも間を抜けてくる魔物がいないとは限らない。
朽ちた城壁の間を縫うようにして、即席輸送部隊は進む。
〈歪み〉の中に現れる環境や建造物がどこからどうやって現れるものなのか、レオは知らない。
ただ、今は荒廃してしまっているが、石積みのひんやりとした手触りを通して、かつて誰かがそれを仕事として懸命に積み上げたのだろう、と感じられる。
「しかしまぁ、たかが食糧の輸送に護衛付きとは大袈裟ですね」
まだ冒険者に成り立てとしか見えない猫人の冒険者が軽口を叩いた。
次の瞬間、レオは剣を鞘から抜き放ち、猫人に向かって振りかぶる。
「え、いや、冗談です! 真面目にやります! 殺さないで!!」
一閃。
慌てて頭を抱え蹲る猫人の背後に音もなく忍び寄る小鬼を、レオは一刀の下に斬り伏せた。
間一髪、だ。
小鬼は群れて行動するときは驚くほど大胆になるが、本来はこのように少数で密かに忍び寄ってくる。
「怪我はないか?」
気遣うレオに、猫人の冒険者は震える声で応じた。
小鬼の持っている錆びたナイフを見て、これが遊びではないと思い出したのだろう。
刺されれば、死ぬ。もしくはひどい大けがを負う。
気付けただけでも幸運だ。多くの初心者が、気付けぬままに冒険の場を去る。
「は、はい!」
今まではレオのことを若干、舐めた目で見ていた若手冒険者たちの視線が変わった。
尊敬と、憧れ。
それはこれまでにレオ・ブルカリンが向けられたことのない眼差しだ。
少し、恥ずかしい。
面映ゆさを噛み殺し、レオは再び進軍の指示を出す。
地図では近いように見えるが、指示された地点まで一直線に向かうことはできない。
冒険者と人足以外に一人だけ連れてきている通信魔術師が時折、敵の位置情報を受け取り、地図に鋲を刺す。
地図に押された鋲を避けながら目的地に向かうのは、楽ではない。
魔物、特に機動力の高い怪鳥や小鬼は破落戸による防御をすり抜けて内側深くまで入り込んでくる。
「左、小鬼だ!」
レオは元々、勘が鋭い。
【|恩恵《ギフト》】の一種だろう。
四方を確認しながら冒険者と人足たちを先導していくのは、自分に向いているようだ。
慎重に。時に大胆に。
崩れた城塞の壁や建物を遮蔽物として使いながら、食糧輸送隊はゆっくりと、だが着実に目的地へと歩を進めていく。
レオの勘の良さが役立ったのか、予定よりもわずかに早く地図の指し示す場所に辿り着いた。
そこは〈歪み〉の中だというのに、魔物の気配を感じない、不思議な場所だ。
城塞の礼拝堂だったと思われる部屋には清らかな空気が満ち、どこか気分が落ち着く。
「何なんですかね、ここ……」
猫人の冒険者が独り言つが、誰も答えられない。
レオも話には聞いたことがあったものの、こういう場所を見るのははじめてだった。
人によっては〈聖域〉という言葉で呼んでいるが、どういうものなのかには諸説がある。
「……引き渡しには、まだ時間がある。ここで少し休憩しながら待とう」
見張りを立て、荷物を中心に車座になって、腰を下ろした。
石畳の床はひんやりとして、疲れた身体に心地いい。
レオは全員に弁当を使うことを許可した。
来たからには戻らねばならない。食糧の引き渡しが終われば、すぐに人足たちを後方まで送り届ける必要があった。
「お、ブルカリン隊長のは、トンカツ弁当ですか?」
「ああ、食いそびれてな」
通信魔術師がレオの弁当を覗き込んだ。
出陣前に配布されたトンカツ弁当を、レオは食べずに持ってきていた。
食べ忘れた、というのは方便だ。
本当は、温存した、という方が正しい。
誰よりもマモの料理の威力を知っているレオは、いざという時の切り札としてこの弁当を使おうと考えていた。
弁当は冷めても美味そうだ。
これを食べて英気を養い、帰路も全員を無事に帰らせなければならない。
そう思ってハシを付けようとしたその時、レオ・ブルカリンは、礼拝堂の中に誰かの気配を感じた。
受け取りの冒険者が到着したのではない。
もっと、神々しい者の存在が、確かに感じられる。
『……ねぇ、美味しそうなものを食べてるね』