キマイラ文庫

まものグルメ

蝉川 夏哉

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

まものグルメ

蝉川 夏哉

二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦

第二十話 希望の灯火

 テテインは宴席の隅でハヤシライスの余韻に浸りながら、想念を弄んでいた。

 目の前では〈城壁〉の渉外担当であるポプリ・クル・スタンラード・エディル・クレイアがオ・クランクラン伯に長々しい礼を述べている。


 今回の戦いは、奇蹟とでもいうべき大戦果を挙げた。

 前人未踏、空前の大勝利。

 だが、ただ喜んでいればいいというわけでもない。分かったことも多いが、分からないことも多いというのが、魔術師テテインの嘘偽らざる感想だった。


 手放しで喜ぶだけなら莫迦でもできる。

 負け戦からは阿呆でも学ぶ。

 真の賢人は、勝ち戦から、戦訓を見出さなければならないものだ。



 圧倒的な戦力と、マモの料理。

 それが大きな勝利の鍵であることは間違いない。

 同時に、これだけの大きな作戦を何度も発動できない、というのも事実だった。


 まだポプリ・クレイアさえ知らないが、本作戦に掛かった戦費の総額は、〈城壁〉に渡されている支援の丸三年分に相当する。オ・クランクランにとっては空から島を投げ飛ばすような決断だ。竜王国からの補助があったとはいえ、二度とできる者ではない。


 となれば、これからは小さな〈歪み〉を確実に潰していくという方向性を取らざるを得ないだろう。

 マモの料理によって〈管理者〉の力を賦活できる可能性が見出され、それによってヤドリギの根絶が不可能ではないということが示されたことは、大きな前進だった。



 空っぽの皿を匙で撫で、残ったルゥのかすかな残りで線を描く。


 マモ。

 あの黒髪黒目の少女との出会いは、奇蹟のような僥倖だ。


 けれども、マモは一人しかいない。

 今後、小規模なパーティによって〈歪み〉の拡張を妨げ、あるいは攻略していくということになったとき、どうしてもマモへの負担が大き過ぎる。


 問題は、それだけではない。

 マモの力はすぐに多島界全域に広まるだろう。いや、広める。

 竜王国は今回の戦勝を大きく喧伝し、服属する小国を安堵させようとするだろう。

 そうなると、他の列強はどう動くか。


 テテインは目を細めて、料理を配るマモの姿を見た。

 彼女の安全を守るためにも、マモと似た【恩恵】を授かった者を探さねばなるまい。

 そしてそれは、〈歪み〉に対処するうえでも大いに役立つはずだ。



 竜人の特使が現れ、オ・クランクランに勝利を寿ぐ世辞を言っている。

 これまではあの狸人の城伯を随分と莫迦にしていたと聞いていたが、随分な変わりようだ。


 変わった、と言えば友人のレオ・ブルカリンも変わった。

〈遠征病〉に冒されていた友人は今では英雄として讃えられている。

 ラクサー・ギフも、オッティーたちも変わった。

 マモと出会って、人生が大きく変わった者は少なくないのだ。


 そこでテテインは自嘲の笑みを浮かべる。

 変わったと言えば、自分が一番変わったのではないか。

 図書館の隅で冒険のノウハウを伝えていた自分が、今では城伯の軍師の真似事をしている。

 竜王国は正式にテテインに何らかの官職を与えることさえ検討しているそうだ。



 まったく、不思議な少女だ。

 面白いのは、マモ自身には世界を変えているという意思が全くない、ということだろう。

 あの少女はただ、人に美味いものを食べさせたいだけなのだ。

 その無私の心持ちが、大きなうねりの発起点となっている。


 テテインは立ち上がった。

 オッティーがカラアゲを配っている。

 美味いものを食べ、笑う。

 それがこんなに嬉しいことだということを、暫く忘れていた、という気がした。



 宴席は、続く。

 それが終われば、また過酷な日々が戻ってくるのを忘れようとするかのように、夜が更けるまで、祭りの火は絶やされることがなかった。