キマイラ文庫

まものグルメ

蝉川 夏哉

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目次

まものグルメ

蝉川 夏哉

二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦

第十五話 戦いの終わり

「戦況は!?」


 前線に駆け戻ったキーオ・カンピュールに、〈城壁〉から応援に来ている参謀が答える。


「御味方、優勢です。ヤドリギからの筋肉鬼の出現が著しく減少、あるいは停止しています。敵はこれまでこちらを包囲しつつ攻撃をしてきましたが、ヤドリギ周辺に終結し、防禦を固めています」

「なるほど。あちらからの攻撃は?」

「怪鳥のみです。防御を固めた筋肉鬼、甲冑、小鬼はこちらに対して攻撃をしかけてきていません」

「敵の集結速度は?」

「既に集まれる数はほとんど集まっているようです。これ以上の敵勢の増加は僅かだと思われます」


 戦況は、把握した。

 ここに駆け戻るまでの間、レオ・ブルカリンに聞いた話を信じるかどうかは別として、何かが起こっているのは確かなようだ。


 実際、報告を受けるまでもなく、前線の雰囲気は一変していた。

 留まることを知らなかった敵の波状攻撃は止み、怪鳥が散発的に襲い掛かってくるのみ。

 城塞の中心部、城郭に寄生するように聳えるヤドリギの大樹周辺に、|魔物《モンスター》は群れをなし、守りを固めている。


 これが好機、と攻めかかることは、しかしできない。

 勇猛果敢な冒険者たちも全員が肩で息をし、あるいは傷つき、またあるいは疲労で石壁に寄りかかっている。

 今、突撃の先頭に立てばヤドリギの根元にまで辿り着けるかもしれないが、犠牲は大きくなるに違いない。


 けれども、この天祐のような状態が、いつまで続くかは予測できなかった。

 レオ・ブルカリンの言うことが本当で〈管理者〉の力が復活したことによって〈歪み〉の力が抑えられているとしても、効果が永遠ということはないはずだ。


 行くべきか、行かざるべきか。


〈管理者〉の能力の限界を考慮に入れ、犠牲を甘受しつつ突撃して英雄になるか。

〈管理者〉の能力を信じ、今少しの準備時間を確保し、失敗すればその責任を負うか。


 キーオは一瞬の間だけ目を瞑り、決断前の逡巡という贅沢を自分に許した。


「……弓による怪鳥への防禦を行いつつ、三交代で冒険者と|破落戸《ごろつき》たちに、食事を取らせてください。マモの弁当をこちらのブルカリン殿が護送してきてくれたので、主だったものに配布するように」


 はい、と気持ちのいい返事をして、参謀は直ちに各部署への伝令を走らせる準備に取り掛かる。

 キーオ自身は、剣を抜き放って、前線へ向かった。


「ご自身の休憩はよろしいのですかナ?」


 ヒューマーが尋ねる。だが、その表情は、キーオがどう応えるか、既に分かっている、と言外に言っていた。


「皆がメシを食う間、誰かが敵襲に備えておかねばならんからな」






 矢で怪鳥を射落とし、その首を刎ねながら待つ時間は、キーオにとって異常に長く感じられた。

 傍らには、ヒューマーとレオ・ブルカリンだけがいる。


 はじめは備えとして三分の一ずつの休憩をさせようとしていたが、敵があまりに動かないので、さらに多くの冒険者と破落戸を休憩に回していた。


「ブルカリン殿は、勝てると思うか?」


 聞かなくてもいいことを尋ねた、と口に出してから思う。

 これまでに完全攻略された高等級の〈歪み〉はない。

 自分が、会ったばかりの冒険者に弱みを見せていることに、キーオは驚いていた。


「気にするほどのことではないでしょう」


 一度〈遠征病〉に倒れていたこの冒険者は、屈託なく笑う。


「勝てば勝つし、負ければ負ける。それだけのことです」

「それだけのこと、か」

「はい。それだけのことです」


 そこに、気負いは感じられなかった。

〈歪み〉のもたらす、ねじ曲がった感情とは対極のものだ。


「ありがとう。君と話していて、迷いが晴れた」

「そうですか。よく分かりませんが、お役に立てたのならよかった」


 この若者を、何とか引き立ててやりたいな、とキーオは思い、そして自嘲の笑みを浮かべた。

 誰かを引き立てるも何も、まずは自分が何者かにならなければならない。

 そして、この大規模攻略作戦こそが、そのための大きな機会となるはずだった。


「お二人もどうですか。そこで貰ってきました」


 ヒューマーが差し出した椀には、土色をした塊が入っている。


「これは?」とキーオが尋ねると、ヒューマーは椀に湯を注いだ。

 塊がとろりと湯に溶け、汁になる。


「ミソダマ、というそうですナ。マモ殿が準備してくれたそうで」


 汁物なら、さっと飲めるということか。

〈歪み〉の中で煮炊きするのは大変だが、湯なら魔術で沸かすことができる。

 このミソダマ、かなり便利かもしれない。


 椀に、口を付ける。

 啜ると、温かいものが胃の腑へ落ちていく。しみじみと、美味い。

 少し塩気が強いが、疲れた身体にはこれくらい味の濃い方が、ありがたかった。


 キーオとレオが汁を飲む間に、ヒューマーは怪鳥を二羽、射落とす。

 どうやら怪鳥もそろそろ品切れのようだ。明らかに、数が減っている。




 休憩を終えた冒険者たちが、手に手に武器を持ち、参集してきた。

 さきほどまでの疲弊した顔はどこへやら。戦意に満ちた眼には、何かを成し遂げられそうだという期待が滾っている。


「冒険者たち、いくぞ! 前進!!」

「前進!!」


 歩き出した冒険者たちが、一気に駆けはじめた。

 城塞の前庭に当たる広場で、防禦を固める魔物の群れと、激突する。


 激しい剣戟の音が響き、魔術が魔物を焼いた。

 丸太が甲冑の頭を吹き飛ばし、小鬼が槍に刺し貫かれる。

 回復魔術師が倒れた冒険者を癒しながら後退するのを尻目に、キーオもヒューマーもレオも、常に最前線で剣を振るった。


「怯むな! いける!」


 この日、ヤドリギの大樹の幹に、最初に傷をつけたのは、キーオでもヒューマーでも、他の誰でもなく、〈回復者〉レオ・ブルカリンだった。




 戦いは、終わった。

 先鋒がヤドリギに辿り着くと、魔物たちは戦意を失って散り散りに逃げている。

 残党狩りには時間がかかるかもしれない。だが、破落戸たちは随分と張り切っているから、意外に早くけりが付くのだろうか。


 斧手たちがヤドリギの伐採に取り掛かる。


 そこで、キーオは、城郭への入口を発見した。