キマイラ文庫

まものグルメ

蝉川 夏哉

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目次

まものグルメ

蝉川 夏哉

二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦

第一話 【マモのグルメ】再開店!

 余熱したフライパンにベーコンを滑らせると、いい香りが漂いはじめた。

 まもりの親指ほどの厚さのあるベーコンは、魔物の肉を〈浄化〉した特別製だ。


 再オープンのためにオッティーたちが燻製にしてくれた。ほのかに香るウッドチップの薫香が食欲をそそる。

 あらかじめ黒胡椒を軽く振ったベーコンは、見た目からして美味しそうだ。


 弱火で熱していると、ベーコンからの脂が「じゅわり」とフライパンの肌に広がった。

 脂の甘い香りに、ラクサーの鼻がヒクリと蠢く。

 慌てずに、ゆっくりと、育てるように。簡単なものほど慎重に。


 焼き色がついたことを確認してベーコンを返し、ほんの少し、大きめの水玉ができるくらいの水を注ぎ、蓋を閉める。蒸し焼きにすることで全体に満遍なく火を通せるのだ。


 余熱がベーコンを美味しくしてくれている間に、ソースを作る。

 今日はマスタードソースだ。

 オッティーたちに仕入れて貰った蜂蜜と粒マスタードに醤油を少し混ぜ味を調える。醤油は〈下拵え〉で作ることができた。


 付け合わせは小ぶりの|馬鈴薯《じゃがいも》を軽く茹でた後に表面がカリッとするまでオリーブオイルに似た植物油で焼き色を付けたものと、甘くゆでた人参だ。

 厳密に言えば馬鈴薯も人参も蜂蜜も黒胡椒も全部、地球とは違うものだが、似ているので気にしない。

 料理は愛情。細かい違いはヒヒョーカに任せておけばいいのだ。


 蓋を開けると、むわっとした蒸気と一緒にベーコンの香しい匂いが立ち上る。

 ここで一気に火力を強め、表面をカリッと仕上げてやるのがまもり流。

 もう一度裏返して表面もカリッとさせて、皿に乗せる。

 鍋で沸かして置いた湯で一巡りさせて温めた皿にベーコンと付け合わせを乗せ、ハニーマスタードソースを掛けまわす。


「ベーコンステーキ、上がったよー!」


 その声を受けてラクサーが俊敏かつ優雅な動きで皿を受け取った。

 再開した「マモのグルメ」は、若干の不安を余所に大繁盛だ。

 ただ、あまりにも客が多くなり過ぎないようにという配慮により、整理券制が導入された。

 これとオッティーたちのお陰で、まもりが以前のように過労で倒れそうになることはない。

 なんと定休日まであるのだ!

 生き延びることに必死だった時には考えもしなかったことだ。


「美味ぇー!!」


 ベーコンステーキを食べた客が歓声を上げた。

 その声にまもりの頬は思わずにやけてしまう。

 嬉しい。

 遠征病がどうのこうのとか、難しいことを大人は言ってくるが、まもりにはあまり実感がなかった。

 それよりも、自分の料理を食べて人が喜んでくれることの方が大事で、重要なことだ。


「こっちに麦酒くれ!」

「こっちもだ!」


 今日のベーコンステーキは、お酒に合う味をイメージして作った。

 まもりはまだ酒を飲める年ではないが、酒の肴に好まれる料理の味は分かる。

 絶対に、合うに違いない。

 今日のベーコンステーキは、その意味でも自信作だ。


 注文が入るとオッティーたちが樽から麦酒をガラスのジョッキに注いで回る。

 トクトクトクトク……

 栓を抜いた穴から黄金色の液体が注がれると、一回も飲んだことがないにもかかわらず、まもりの喉がごくりと鳴った。

 苦みのある液体が、ベーコンの塩気と脂を洗い流すのを想像し、唾を飲む。

 絶対、美味しい。


「めっちゃ美味ぇぇ!!」


 ベーコンステーキを頬張った後に麦酒を流し込んだ髭面の冒険者が絶叫した。

 向かいの糸目の冒険者は一言も発しないが、それは口に合わないからではなく、食べるのに必死だからだ。黙々と口を動かし続け、パンを千切ってはベーコンから溢れ出た脂を擦っては頬張る。

 目は口ほどにものをいうというが、そういう言い回しはこちらの世界にもあるのだろうか。

 糸目なのにそれでも分かるほど夢中になって食べる姿は、料理人としてのまもりに確かな充足感をもたらした。


 この二人だけではない。

 再開店初日にやって来た客たちは皆、ベーコンステーキに満足げに舌鼓を打っている。

 駆けつけたルシェオスは一枚目をぺろりと平らげた後、二枚目を要求し、今日は一人一枚である旨をラクサーに窘められてしょんぼりと帰っていった。

「食べたい人にはお代わりさせてあげたいんだけどね……」

「ラクサーも思う。でも、整理券がある。難しい」


 ラクサーの言うことも、もっともだ。

 整理券がある以上、最後の一人に至るまで、最高のおもてなしをしたい。

 そうすると、一日に提供できる食事の数には限りができる。

 無理をして〈下拵え〉をすることでまた倒れてしまっては、余計に多くの人の迷惑を掛けることになってしまうことをまもりも理解していた。


「そう言えばあの話、どうしようか?」

「ラクサーはいいと思う。でも、受けるかどうかはマモ次第だ」


 あの話、というのは「持ち帰り」のことだ。

 食堂に足を運ぶのが難しい人にも食べさせてあげたいと考える人や、弁当として自分の好きな場所で食べたいという人がいる、とオ・クランクランに教えて貰ったのだ。

 気持ちは、痛いほどよく分かる。


 まもりもテイクアウトは好きな方だった。

 となると、持ち帰り用に冷めても美味しい料理や、汁気の少ない料理を考える必要がある。容器の問題もあるが、これはオッティーたちが何とかしてくれるそうだ。本当に頼もしい。


「じゃあ、受けよっか」

「うん。分かった。オ・クランクラン伯にはラクサーから伝えておく」


 オッティーたちも嬉しそうに声を上げた。

 元々、持ち帰りには賛成だったらしい。多分、オッティーの仲間たちにもまもりの料理を食べさせたいのだろう。

 オ・クランクラン伯や他の大人たちとの連絡や交渉は、ラクサーが全部やってくれていた。

 再開店準備をしている時に顔を見せたオ・クランクラン伯が「ラクサーはどっちの味方なのか……」とぼやく程度には、まもりのために交渉を頑張ってくれているようだ。(本当はもっと整理券の枚数を増やしたいとオ・クランクラン伯は要求していたが、ラクサーが頑として突っぱねたらしい。この豹人は一度決めれば梃子でも動かないので、まもりにとってはとても頼もしい防波堤となっている)


「よし。じゃあ、持ち帰りもできるようにいろいろ工夫しよう!」