キマイラ文庫

まものグルメ

蝉川 夏哉

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目次

まものグルメ

蝉川 夏哉

二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦

第六話 チャーシュー丼と〈管理者〉様の像

 テテインが客として店を訪れるのは、これがはじめてのことだった。

 管理者を祀るときやまもりが倒れた時にはこのカピバラ姿の無尾人は図書室からえっちらおっちらやって来るのだが、仕事が重なって顔を出すことができなかったのだ。


 再開店後は人気のせいで整理券が手に入らなかったというのも理由である。

 まもりもラクサーもオッティーたちもテテインならいつでも大歓迎だと言っているのだが、彼自身の独特な哲学から、特別扱いを拒否しているのだった。


 彼が熱烈な招待を漸く受ける気になったのは、たまたま整理券の権利が当たったからだ。

 当たらなければ永久に来るつもりがなかったということだろうか。

 それではあまりにも寂しい、とまもりは思う。


「いらっしゃいませ!」

「邪魔するよ」


 テテインが店の扉を潜ったのは閉店間際。

 そろそろ最後の客が注文を終えようか、というタイミングだった。


「ラクサー、テテインを案内する」


 豹人の女給仕に促され、テテインが一番厨房に近い席に座る。座る、というより乗ると言った方が正確かもしれない。


「一番の上座じゃないか」

「テテインも上座とか気にするんだ」

「そりゃあ、するだろう」

「私の国には、上座下座を気にしないために丸く作ったテーブルがあるよ」


 まもりの言葉を聞いて、テテインは顎に手を当て、考え込みはじめた。


「なるほど……それは確かに」


「あ、テテイン! ごめん! 今日はお肉だ!」


 今日のメニューはチャーシュー丼だ。

 カピバラの身体なのだから、野菜の方が食べたいのではないか。

 だが、まもりの心配は杞憂だった。


「いや、肉でいい。肉がいい」


 テテインの声にはまるで仙人のように疲れた色がある。

 この姿になってからというもの、ありとあらゆる人に気遣われた結果、差し入れは常に野菜でそればかり食べている内に飽きて飽きて肉が食べたくなったのだという。


「遅い時間に来たのも、今日が肉を出すという噂を確定させるため」


 では野菜料理の日だったら来ないつもりだったのか。まもりは少しむくれて見せる。


「いやいや、マモの作るものなら、野菜でも魚でもなんでもいいが、敢えて、という話で、な?」


 まぁいいや、とまもりは調理に入った。

 チャーシューは今日のためにオッティー達と一緒に煮込んだ特別製だ。

 紐で縛り、作って作って作りまくった。


 付け合わせの煮卵もつゆに漬け込んで、万全だ。

 丼に白米を盛り付け、とろとろのチャーシューと味付け煮卵を乗せ、ネギを散らす。正式名称は知らないが、多分ネギだ。味も香りもネギだったから問題ない。


「さ、召し上がれ」


 短く祈りの言葉を捧げると、テテインは齧歯類の前肢で器用に匙を握った。

 まもりもラクサーもオッティーたちも、緊張の面持ちで一口目を見守る。


「……おほ!」


 漏れたのは、間違いなく歓声だった。

 匙を逆手に握り直し、テテインはチャーシュー丼を頬張りはじめた。

 日頃の沈着冷静さはどこへやら。ガツガツと幸せそうに食べる様子は、見ているまもりたちまで嬉しくなる。


 小動物が食べ物を頬へ詰め込んでいる姿は、無条件に、かわいい。

 まもりは思わずテテインを撫でさすりたくなる欲求をこらえるのに、必死にならざるをえなかった。

 とろとろに煮込んだチャーシューは、味見したまもりからしても絶品だ。


 そして、タレしみ御飯が三割、白米が七割という黄金比になるようにかけまわしたタレも、美味しい。

 半熟より少し固めの味付け煮卵は、包丁で切ると「つぷり」と黄身が溢れ出す究極の仕上がりになっている。

 これが揃って、美味しくないわけがない。


「ふー、食べた食べた」


 食べ終えてころんと腹を見せて寝転がるテテインは、実に幸せそうだ。

 そこでラクサーが、テテインが背中に背負ってきた何かに気が付いた。


「テテイン、それはなんだ?」

「ああ、そうだそうだ。今日来たのは最高のチャーシュードンを食べるためだけじゃなかったんだった。マモにお届けものがあってな」

「お届け物って?」

「さて。私も中を見ていないからな」


 カピバラが背中に背負っていた風呂敷のような包みを下して見せる。

 昔馴染みのヒューマーという冒険者から預かったものだという。


「本当は自分と主人の二人で届けたかったそうなんだが、挨拶の機会を逸してしまったそうでね」


 ということは、店に来たことがあるのだろうか?

 せっかくなら声を掛けてくれればよかったのに、とまもりは思うが、人には人の事情があるのだろう。


「それよりも、中身は?」


 まるで赤子でも扱うかのように大切に包装されていた布を解いていくと、思わぬものが出てきた。


「……〈管理者〉様の像?」


 これは祀祠にある〈管理者〉様の像だ。よく見ると顔つきや姿、持っているものは違うが、ほとんど同じもののように見える。


「手紙が入っているな」


 テテインが同封されていた手紙を読み上げた。

 それによると、この像は先日潜った〈歪み〉の奥、砂漠の中のオアシスで見つけたのだという。

 オアシスは〈歪み〉の中なのに魔物の現れない不思議な場所だったそうで、ヒューマーはそこでこの像を見つけたのだそうだ。


 〈歪み〉内で見つけたものは、基本的に発見者のものとなる。

 ヒューマーはこれを売ってしまおうかとも思ったが、勝利のカギとなった弁当を作ってくれたマモに贈呈するのが正しいような気がした、ということだ。


「〈歪み〉の中で魔物を寄せ付けない場所の報告例は、いくつもある。大きな〈歪み〉の場合、そこを前哨地として〈城壁〉が拠点化することもあるんだが……」


 テテインはカピバラの目でしげしげと像を見つめる。

「ひょっとすると…・・・いや、それは飛躍が過ぎるか。だとしても……うーむ」

 ぶつぶつと考え事をするテテインを余所に、まもりは像を眺めてみた。

 煤けた〈管理者〉様の像はそれでも失われない神々しさがあり、粗略に扱ってはいけないもののような気がする。


「ね、テテイン。この像も祀っていい?」


 まもりの問い掛けに、カピバラ姿の魔術師は一瞬、呆気にとられたような表情を浮かべた。

 だが、すぐに思慮深いいつものカピバラ顔に戻る。


「所有権はマモ、お前さんにある。好きにしたらいいんじゃないか?」


 というわけで、すぐに分祀の儀式に移った。

 ちょうどいい具合に閉店時間であるし、都合がいい。


「それでは、はじめるぞ」


 汚れを拭った〈管理者〉様の像を略式の社に祀り、祈りを捧げる。

 清浄な気配が溢れ、空気に溶け込んでいった。


「あ、そうだ!」


 とりあえずの儀式が終わった後、まもりは思いついたことを早速実行に移す。

 チャーシュー丼だ。

 きっと長い間、祀られてこなかった〈管理者〉様だ。

 おなかも空いているに違いない。

 他の二つの祀祠の前にもチャーシュー丼をお供えし、手を合わせる。


 その瞬間、どこか遠くで何かが起こったような、そんな気がした。