まものグルメ
蝉川 夏哉
二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦
第十一話 弁当の効果
先陣として突入したゼレクス率いる〈城壁〉の面々は、弁当の恩恵をすぐに実感することになった。
〈無限荒廃城塞〉は念入りな事前調査で、気分が荒むという報告があったが、今はそれを感じない。
むしろこれまでの〈歪み〉攻略と較べて、気持ちが滾る。これも弁当の効果なのだろうか。
荒れ果てた石造りの城塞には中身のない甲冑が闊歩している。
年代物の鎧とはいえ、固い。そして中に肉体が入っていないので、隙間を刺し貫く攻撃も通用しない。
この厄介な|魔物《モンスター》への対処が難しいというのも、この〈歪み〉の浸食を食い止める大きな妨げとなっていた。
「だが、これならどうかな!」
前線に復帰したルシェオスが、大きな棍棒で甲冑の頭を横から打ん殴る。
金属のひしゃげる音が響き、頭部が吹っ飛んだ甲冑は命を失ったかのように、その場に崩れ落ちた。
復活する様子はない。
これも今回の大軍議の成果の一つだ。
過去に類似の魔物が出現した例を探し、その対処法を広く共有する。
冒険者という職業は、自分たちの価値を落とさないために情報を秘匿する傾向があった。
生きていくためには仕方のないことだが、それが連携を妨げ、効率を落としていたのは事実だ。
そこで、テテインというカピバラの提案により、冒険者の持つ様々な知識を〈城壁〉が買い取ることにしたのだ。同一の知識の場合は先に売った方が優先になるので、冒険者たちは我先にと秘密にしていた情報を公開した。
この資金については〈浮遊城〉のクランクラン伯が貸してくれることになっている。
〈平穏伯〉などと呼ばれ、あまり革新的なことを好まない彼が何を考えているのか定かではないが、常に金欠で改善の見込みのない〈城壁〉としては、これに乗らない手はなかった。
結果、甲冑騎士は今、ルシェオスの目の前に転がっている。
「皆の者、ルシェオスに続け!!」
ゼレクスの号令一下、剣を棍棒に持ち替えた戦士達が甲冑たちに襲い掛かった。
景気のいい音が鳴り響き、次々と甲冑騎士が崩れていく。
「しかし、これはなんと申しますか……」
ボルモントが腹を撫でさすりながら、感想を口にした。
「何とも、腹の減る音ですな」
甲冑騎士を殴り倒す時の音が、戦士たちに飯時を知らせる鐘の音に似ているのだ。
それを聞いて、ゼレクスの腹の虫も同意の声を上げる。
「さっき弁当を使ったばかりだ。前進!」
「敵襲! 右前方、空!」
見張りが声を上げるまでもなく、敵の姿は見えている。鳥型の魔物だ。長く鋭い嘴と凶悪な鉤爪で空から襲いかかってくる。
ゼレクスは落ち着き払って、後方に控えた戦士団に指示を出す。こちらは棍棒ではなく、弓矢を装備した戦士たちだ。
「放てっ!!」
少数の冒険者や戦士では、怪鳥の群れに弓で有効な攻撃をすることは難しい。よく狙って撃たねばならないから、十分に引き付けて撃つ必要があるから、こちらも損害を覚悟する必要がある。
しかし今回は、大規模攻勢だ。狙わずとも、矢の雨で迎え撃てば、怪鳥は弾幕相手に何もできない。さらに、弁当のおかげで荒んだ気持ちにもならずに済んでいるから、攻撃速度も落ちていなかった。
弓箭が降り注ぎ、怪鳥はなす術なく討ち取られていく。
「気を抜くな! 来るぞ!!」
そこに襲い掛かるのは、小鬼の大群。
数が少なければどうということのない連中だが、数が多い。甲冑、怪鳥、小鬼の三段構えがこれまで〈無限荒廃迷宮〉を難攻不落としていた。それ以外の魔物も恐ろしいが、この三連撃によって多くの冒険者が敗退している。
だが。
「散開!」
戦士団が左右に分かれ、後方から冒険者たちが一斉に突撃する。小鬼はどこの〈歪み〉にも現れる比較的戦い慣れた魔物だけに、冒険者こそ小鬼対策には強い。
小鬼の群れが冒険者とぶつかり合った。激しい剣戟の音が戦場に満ちる。
冒険者の戦意は旺盛で、普段なら出し渋る支援魔術も大盤振る舞いだ。数で勝る小鬼も、予想外の抵抗力に焦りの色を隠せない。
「今だ!!」
小鬼の衝撃をやり過ごすように左右に散開した戦士団が、反転する。
挟み撃ち。
小鬼は、前と左右の三方を囲まれた形となり、算を乱して逃げはじめた。
「逃がすかよ!!」
冒険者たちの追撃は、ゼレクスから見ても鬼気迫るものがある。普段は命からがら逃げ出す場面も多い冒険者も、その仕返しとばかりに戦果を拡大していく。
「勝ちましたな」とボルモントが髭を撫でる。
「ああ、だが先は長いぞ」
勝利の鬨の上がる後ろでは、補給担当の人足たちが物資を船から下ろしている。斧手たちは既に、ヤドリギの根や蔦を伐りはじめていた。
〈歪み〉は大きい。
戦いはまだ、はじまったばかりだ。