まものグルメ
蝉川 夏哉
二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦
第四話 会議室の鍔迫り合い?
会談の場は急遽、会議室へと移された。
これは竜王国との交渉にあっては極めて異例で、「対等に話するに値する」と見做されたことを意味する。列強以外の使臣は、それが大国と呼ばれる国の者であっても、状況次第ではしばしば謁見室で膝をつかねばならないのだ。
亡国の王族とはいえども、まだ年若いポプリがこの部屋に招かれたのは初めてのことだった。
ポプリは、外交官たちの噂で聞いた伝説を思い出す。
椅子に上るための、|踏み台《・・・》のことだ。
竜族が座ることしか想定していない会議室の椅子は普通の種族にはあまりに大き過ぎ、踏み台がなければ座ることさえできない。
この問題を竜王国が把握していないことは有り得なかった。何故ならば、この部屋に入る前に外交官が通される控えの間では、それぞれの種族が座りやすい高さの椅子が用意されているからである。
要するに、竜王国の嫌がらせなのだ。
外交官たちは「竜族と対等の視点に立つには、惨めな思いをして踏み台を攀じ登らねばならない」と思い知らされてから、会談に臨むことになる。
(本当に、嫌な連中)
そう思いながらも、〈城壁〉は支援者としての竜王国を必要としていた。
先ほどの国務尚書の応待も、きっとなにか手の込んだ嫌がらせなのだろう。
竜は長命だ。呆れるほどに。
人族の最も長く続いた国のはじまりさえ、多くの竜は昨日のことのように話す。
そういう種族にとって、この世の全ては〈遊戯〉に過ぎなくなるのかもしれない。
あまりに歳を重ね過ぎた竜は俗界の全てに感心を失い、自然物のように過ごすというから、あるいはそれは事実なのかもしれなかった。
ポプリは侍従に促され、会議室に足を踏み入れた。
黒輝石の切り出し材を使った部屋には重厚な威圧感があり、中央に鎮座する会議卓は樹齢数千年の宝石樹の一枚板を使ったものだ。
けれども、椅子は想像とは違った。
踏み台がない。というよりも、ポプリに誂えたような大きさの椅子である。
これでは座っても、会議卓の高さに届かないではないか。
憤りを感じつつも、ポプリは椅子に腰を下ろした。相手がこちらを見下そうというなら、思う存分見下せばいい。そう思いながら腰を落ち着けると、不思議な浮遊感に襲われた。
椅子が、浮いている。
ポプリが座を占める椅子は魔術の力で浮かび上がり、会議卓にちょうどよい高さで停止した。
宝石樹の磨き上げられた会議卓の手触りは心地よく、温かい。
その時、衛兵が声を張り上げる。
「国務尚書、御入来!」
謁見室と同じことが繰り返されるのかと思ったが、今回は様子が違った。
国務尚書たる〈鋭鱗の緑縞〉の後に、十数人の文官が付き従っているのだ。
竜族の文官はそのまま椅子に腰掛けるが、それ以外の種族の者たちは、踏み台を使って高い椅子に攀じ登る。その様子を見て、ポプリは眉根を寄せた。文官たちもポプリの椅子のように浮かべればよいのに。
対面に座を占める国務尚書が、口元に笑みを浮かべた。
それを見て、ポプリは気が付く。
なるほど。これも演出なのだ。
竜王国と対等に会談できる地位にある者を迎える時に、文官とは差別化するという、演出。
「さて、エディル・クレイア卿。改めて、よくお越しくださった」
「こちらこそ貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「先ほどは下僚の手違いで寒い場所に案内して申し訳なかった。詫びよう」
国務尚書が、卓に手をつき、ポプリ・クル・スタンラード・エディル・クレイアに小さく頭を下げた。
驚天動地、というべきか。晴天に霹靂が轟いても、これほどまでに驚きはしないだろう。
竜王国の尚書たる立場の者が、他国に対して過ちを認めて謝罪するなど、歴史的な大事件だ。
ましてポプリは列強どころか国でさえない〈城壁〉の代表者の一人に過ぎないことを考えると、その異常さが際立つ。
「いえ。こうして本来あるべき席でお話しできること、嬉しく思います」
しかし、ここで呑まれるポプリではない。赤字地獄の〈城壁〉の渉外担当として、難物相手に戦ってきたのだという自負がある。つんと澄まして答えると、〈鋭鱗の緑縞〉は片眉を上げ、その後に小さく笑声を漏らした。どうやら、第一段階は合格らしい。
「卿がこんなに面白い人物であったとはな。もっと早くに知るべきであった」
「今からでも、遅くありませんとも。なにせ貴方がたは随分長く生きてらっしゃるのですから」
ああ言われれば、こう言い返す。
竜王国の外交官は常に上座に座るので、こういう応酬には慣れていないだろう。
想像通り、ポプリの不敬と取られても仕方のない物言いは〈鋭鱗の緑縞〉の関心を引いたようだった。
そこで国務尚書の脇に控えるアナグマ族の外務官僚が何事かを耳打ちする。
「……卿ともう少し軽口を楽しみたいところだが、こちらにも職分があってな。色々と聞かせてもらいたいのだ」
「なんなりと」
色々、と言われても、ポプリは何も知らない。
女は度胸。
ダメで元々だ。やってやるしかない。
「過日、〈城壁〉と〈城壁〉の雇用した冒険者が、〈歪み〉を攻略した、という知らせが入った」
〈鋭鱗の緑縞〉の隣、アナグマ族とは反対側に立つオオトカゲ族の外務官僚が書面を見ながらポプリに声をかける。その口調には若干の詰問の臭いがあった。
ポプリは、鷹揚に頷いて見せる。
もちろん、知らない。
ここ暫く、ポプリは金策のために高速飛空艇で飛び回っていたから、〈城壁〉からの連絡文書の一通たりとも受け取っていないのだ。知るはずがない。
「この際、重度の〈遠征病〉に冒されて戦線復帰は至難だといわれていた無尾人のレオ・ブルカリンが先陣を切って活躍した、という報告を受けている。これについて、どう思う?」
「めでたい限りですね。それにしても、竜王国の情報網は大変優れているようで」
質問に対し、ポプリは何も答えていないのだが、オオトカゲ族の外務官僚は何故か納得したようだ。
「この〈歪み〉は、比較的発生初期の小さいものであったという。であれば攻略も不可能ではないだろう。しかし、問題なのは、昨日届いたばかりの報告だ」
「と、言いますと?」
「第十四等級と思われていた〈歪み〉が実際には第十等級であったのだが、それも〈城壁〉に雇用された冒険者が攻略した、という話だ。ここは〈遠征病〉の影響が極めて大きな〈歪み〉だという報告が上がっている。一回なら偶然とも言えるが、短期間に続けて二つの攻略というのは……尋常ではない」
オオトカゲの外務官僚の言葉に、ポプリは笑みを噛み殺した。
内心では、踊り出したい気分を必死に堪えている。
偶然か奇跡か何か知らないが、二つ続けて〈歪み〉の攻略に成功した、というのは朗報以上の朗報だ。
攻略ということは、魔物を退治し、最奥にまで到達し、目視可能なヤドリギを全て伐採した、という状態を指す。そんな成果は〈城壁〉史上、ほとんどない。
つまり、大金星が連続して起こったということで、これは交渉の上で大いに役立つ。
ひょっとすると、竜王国以外からも支援が貰えるかもしれない。
「我が国が着目しているのは、一つ目の例だ。〈遠征病〉は不治の病。竜王国でも対処法を探しているが、完治の例はない。もし〈城壁〉が治療法を持っているのであれば……」
「もちろん、隠し立ては致しません」
ポプリは、はっきりと言い切った。
そんな方法があるなら、隠すつもりはない。
そもそも、竜王国相手に隠せるはずがないではないか。〈城壁〉幹部の自分以上に〈城壁〉に詳しい竜王国の連中だ。
今もこうやって交渉しているふりをしながら、裏ではとっくに〈浮遊城〉のオ・クランクラン伯辺りから精確な治療法を聞きだしているに違いない。
「……そう言ってもらえると、ありがたいな」
国務尚書が、儀礼的ではない柔和な笑みを浮かべる。
「もちろんです。貴国と〈城壁〉はパートナーですから」
言い切ってしまってから、ポプリは少し言い過ぎたかな、と小さく心の中で舌打ちした。
だが、意外なことに、〈鋭鱗の緑縞〉は呵々と大笑しはじめたではないか。
「パートナー! パートナーか。まさにその通りだ!」
笑う国務尚書に、ポプリは悠然とした頷きを返す。
実質的に、ポプリは何も言っていないに等しいが、相手は満足したようだ。
きっとこれで支援も増えるに違いない。
〈歪み〉は増え、ヤドリギ災害は広がる。
しかしこれは明るい兆しであるはずなのだ、少なくとも。