キマイラ文庫

まものグルメ

蝉川 夏哉

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目次

まものグルメ

蝉川 夏哉

二章 【マモのグルメ】と迷宮攻略大作戦

第十六話 〈歪み〉の心臓

 城郭の内部は耳が痛いほどの静寂に閉ざされていた。

 キーオ・カンピュールはヒューマーとレオ・ブルカリンだけを伴って慎重に奥へと踏み入る。

 巨石から切り出された石材を組み合わせて造られた石壁の表面にはヤドリギの蔓と根とが密生し、緑褐色の表面はぬらぬらとした質感で松明の灯を照り返していた。


 時折、成長のためにヤドリギが動物の内臓のように|脈動《みゃくどう》する以外、動くものはない。

 石畳に降り積もった埃はこの〈歪み〉がまるでかつて何処かに本当にあった城を写し取っているかのように感じさせる。


「キーオ殿」


 ヒューマーの落ち着いた声には怖れも怯みもなかったが、ただこのまま進み続けてもいいのかと再考を促す色が籠められていた。キーオは忠実な相棒の意図は理解しつつも、指を一本だけ立てて制する。

 ここは、進むべきだ。

 キーオの中を流れるカンピュールの血が、そう告げている。


 今でこそ貴族として地代で暮らしているカンピュール家だが、その由来は甚だ怪しく、一説には山師として見つけた金鉱山を王に譲り渡して爵位を得たと言われていた。代々の当主がその噂をやんわりと否定しつつも、完全な名誉棄損であるとしなかったのは、現実には”当たらずとも遠からず”というところなのだ、とキーオは理解している。


 実際、多くの貴族の血筋など怪しいものだ。

 無数に島が浮かぶ|多島界《アーリスフィ》では、何かを見つけ出して功績を挙げたものであれば、どれだけ出自が卑しくとも尊重されるという美風がある。


 見出すことについて、キーオは自分の祖先の山師の血を信頼していた。それは、父や兄よりも自分の中に色濃く流れているはずだ。

 後妻であるキーオの母は、父にとっては従妹にあたる血筋の持ち主だったのだから。



 進むにつれ、ヤドリギの蔓が太く、固く、茶褐色に変じてきた。

 つまりこの蔓や根は古く、〈歪み〉の最奥が近いということなのだろう。


「このような蔓は、はじめて見ます」


 ヒューマーが注意深く蔓の表皮を掌で撫でた。キーオも真似てみるが、それは既に蔓というよりも幹というべき木質の手触りを備えている。


「ここまでヤドリギが成長した〈歪み〉に討伐隊が辿り着いたことがなかった、ということだろう」

「つまり今回の大規模攻略戦は既に一定の目標を果たした、と」


 そう。一定の目的は果たした。

 だが、本当にそうだろうか。


 今は魔物の発生が抑制されているから、斧手たちはヤドリギの根を思う存分伐採できる。

〈無限荒廃城塞〉は広大だが、人数さえ投入すればヤドリギの根と蔦を一掃することさえできるかもしれない。


 しかし、それだけだ。

 一度〈歪み〉に呑まれた土地は戻らない。

 またヤドリギの根が生え、蔦が壁に密生し、魔物が生まれる。


 これだけ巨大になってしまった〈歪み〉の全ての領域を定期的な巡回だけで維持するのは、至難だ。

 必ずどこかの根を見落とし、そこから魔物が生まれ、またここはヤドリギに覆われる。


 無意味ではない。

 ヤドリギが再び繁茂するまでには長い時を必要とするから、それを稼げたと言える。ひょっとすると、頭のいい奴が効率のいい巡回方法を見つけて、ヤドリギの根を見落とさずに済むかもしれない。


 かと言って、ここは元に戻らないという事実は動かし難かった。

 本当に今回のような規模の大規模攻略作戦を行うべきだったのか。


 キーオは渋いものを嚙み潰すように口を動かす。一冒険者の考えるべきことでない、とは分かっている。それでも考えずには言われないのもまた、カンピュールの血だろうか。


「あの、キーオさん、ヒューマーさん」


 これまで黙ってついてきていたレオ・ブルカリンが、立ち止まり声を上げた。


「何かありましたか?」


 ここは城郭の中の回廊で、真っすぐに進めば中央の城塔に辿り着く。レオはそうではなく、左へ折れる道をじっと見つめていた。


「ちょっと、言葉では上手く説明できないんですけど、こっちの方に、何か……」

「行きましょう」


 決断は、素早く。どうせここのことは何も分からない。

 不思議な【恩恵】を持つレオの”勘”は尊重すべきだ。


 判断を支持すると、レオは少しうれしそうな表情を浮かべた。

 こういう若者の支持は、勝ち得ておくべきだ。



 天井から天幕のように垂れ下がった蔦を払うと、そこには小さな部屋がある。

 ”玄室”だ。

 城郭の歴代の当主やその家族が眠る場所だということは、キーオには直感的に分かった。


 その玄室の中心、本来であれば棺の置かれるべき場所に、|それ《・・》はあった。




「……なんだ、これは?」


 大きい。

 馬の脚ほどの太さのヤドリギの蔦が絡み合い纏まり合い、一個の塊となっている。

 大きさは馬車ほどはあるだろうか。中心に、赤黒く輝く握りこぶしほどの宝石のようなものが鎮座している。

 宝石に見えてもそうではないことは、明白だった。キーオの知る限り、石は心臓のように拍動しない。


「……〈歪み〉の心臓、だそうです」


 レオ・ブルカリンは耳に手を当て、呟くように言った。


「心臓?」

「ええ、〈管理者〉様が、そう言っています」


 キーオは、ヒューマーの顔を見る。ヒューマーが小さく首を横に振ったところを見ると、相棒にも〈管理者〉の声は聞こえていないようだ。


「ああ、なるほど。全ての〈歪み〉には心臓が埋め込まれている、と」

「ではこれが〈歪み〉の根源であり、核だということか?」


 レオ・ブルカリンが、深く頷く。そして、はっきりと口にした。


「今なら、砕けるかもしれないそうです」


 それを聞いた瞬間、キーオは自分でも驚くほどに素早く剣を抜き、横一文字に振るっていた。

 石精国の業物とされる長剣が、赤黒い宝石を真っ二つに断ち割る。


 刹那、絶叫が耳をつんざいた。


「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOooooooooooooooooooooo!!!」


 石の声だ。

 二つに割れた赤黒い石の恨めしそうな叫びに、三人は耳を押さえ、蹲る。

 圧力を感じるほどの断末魔が収まると、信じられないことが起こった。


「……キーオ殿」


 ヒューマーが、驚嘆の呟きを漏らす。

 蔦が、根が、ヤドリギの全てが、崩れていく。


 それは不思議な光景だった。

 砂か灰のように細かくなったヤドリギの破片が、光の粒となって中空に溶けていく。

 美しい。しかし、何処かもの悲しさを感じさせる、そんな光。


 キーオは、自分の頬を涙が伝っていることに気付いた。

 ヒューマーも、レオも、泣いている。





 この日、〈城壁〉は、史上初の、〈歪み〉の完全消滅を発表した。