キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

061

8月24日:君の代わりはどこにもいない

「で? これからどうするよ?」


 乙吉が魔獣を睨みつける。


「あいつ相当ダメージでかいぜ。さっきはまるで歯が立たなかったけど、今だったらやれるだろ。俺たちを喰った恨み、万倍にして返してやんよ!」


「慌てるな乙吉。さっきの二の舞になりたいのか」


 鞘が冷静に制した。


「お前はさっき獅子上が喰われた後、逆上して飛び込んでいっただろう。あんなのは愚の骨頂だ」


「うっ……」


「獅子上のことが好きなのはわかったが、冷静になれ」


「な! 何言ってんだ鞘ちゃん! 俺はこいつが嫌いなんだよ!!」


「わかった。そういうことにしておこう」


 二人の様子を見て、獅子上が間に入った。


「やめろ。今は隊長を救うのが最優先だ」


 鞘はまったく意に介さず、乙吉はばつが悪そうに、二人はそれぞれ戦闘態勢をとった。

 獅子上は冷静に魔獣の様子を確認した後、ひとつの疑問を口にした。


「あの中に隊長がいるとして、あいつをこのままブチのめしていいのか?」


 そう。それが問題だった。


 このまま魔獣を倒したら、魔獣に喰われたものはどうなる?

 もとに戻るのか? それとも、消えたまま返ってこないのか?


 蝉丸が作った|逆流転送装置《リバース・トランスポーター》──

 あれを使ったら、魔獣に喰われたものの位置情報が書き換えられる。

 その結果、喰われたものすべてが外に吐き出されるはずだった。


 蝉丸の想定通り、防衛隊の面々は戻ってきた。

 なのに、イッチだけ戻ってきていない。


 イッチだけ位置情報の書き換えに失敗したのか?

 なら、イッチは今どこにいる?


「──結論から言おう。イッチくんは魔獣の体内にいる」


 湯水准教授がタブレットを見ながら言った。


「全員がつけている|装備《スマートウォッチ》で、イッチくんの位置情報が取得できた。見てみるといい」


 防衛隊の面々がそれぞれスマホを取り出し、情報を確認する。

 たしかに、イッチの位置情報は魔獣と同じ位置を示している。

 湯水准教授はさらに続けた。


「私は自分が消されるまでデータを取り続けていた。喰われたものがどこに消えるのか、位置情報から探れないかと思ってね」


 湯水は画面をスクロールした。


「最初に喰われたローリーくんから、高校生3人、小学生3人、デコイくん──この8人は全員、消された瞬間に位置情報も消失していた」


 湯水は一度言葉を切り、タブレットの画面をこちらに向けた。


「だが、今、イッチくんの位置情報は問題なく取得できている。これはどういうことだと思う?」


 魔獣の様子を見る限り、イッチが核のすぐ近くで装置を発動してくれたのは間違いない。

 つまり──


「魔獣の核に致命的な|損傷《エラー》が発生して、Nullにする能力が失われた……!!」


「いい読みだ。蝉丸くん、私も同意見だよ」


 湯水はにやりと笑った。


「だが、魔獣は普通の魔物とは一線を画す存在だ。核が損傷しているとはいえ、能力が完全に失われているとは考えにくい。魔獣の腹をかっさばいてイッチくんが出てくればいいが、そうでなかった場合、異空間に取り残されている可能性もある」


「……ただ倒すだけじゃ、隊長を助けられないかもしれないってことか」


 獅子上は少し考える素振りを見せたが、すぐに蝉丸の方に向き直って言った。


「蝉丸。お前が隊長代理をやってくれ」


「えっ……?」


 蝉丸は目を見開いて、獅子上を見た。

 獅子上は続ける。


「お前は隊長と協力して俺たちを助け出してくれた。ここにいる誰にも考えつかなかった方法でだ。今の湯水准教授とのやり取りを見ても、お前が一番適任だ」


「でも……僕は……」


「なんだ蝉丸!? お前、まだ責任感じてんのか!?」


 乙吉が横から口を挟んだ。


「そもそもお前、親父さんが怪我したの自分のせいだって思ってたんだろ? ガーディアンが電線切ったって? そうじゃねえだろ! ゴーレムに対抗できるあんなスゲーもの作れるやつ、他にいねえだろ! あれがなかったら村祭の日、ゴーレムに全部潰されてムチャクチャ人死んでただろうがっ!」


 乙吉の言葉を聞いて、防衛隊の面々がやさしい顔で頷く。


「俺ら、お前にスゲー感謝してんだから! お前が責任感じることなんかないんだよ! 急にグループ抜けちゃって心配したぞ!」


「乙吉さん……」


 そして、蝉丸の前にアリサが歩み出た。


「あんたには言いたいことが山ほどあるけど、今はこれだけ言っとくわ」


 アリサは一瞬だけ目を伏せた。

 何かを言いかけて、やめて、それから蝉丸を正面から見据えた。


「誰も、イッチみたいにやれって言ってるわけじゃないよ。あんたはイッチじゃないんだから! あんたにできることを! あんたらしくやればいいのっ!」


 その言葉を聞いて、蝉丸の覚悟が決まった。


 そうかもしれない。

 僕はイッチみたいにやろうとしていた。

 でも、そんなの初めから無理なことだ。


 僕には僕のできることが、イッチにはイッチのできることがある。


 僕はイッチを助けたい。

 それなら、僕にもできるかもしれない。


「……わかりました。隊長代理、やります。皆さんよろしくお願いします」


 蝉丸の言葉に呼応するように、防衛隊の面々の士気が高まった。


「それと……防衛隊、突然抜けてすみませんでした。僕ももう一度、皆さんと一緒に戦わせてください」


「オッケー! ほな、いこか!!」


 ローリーの号令で、全員が魔獣を見据えた。


 魔獣は今も空中で苦しんでいる。

 回復を試みていたようだが、どう見てもうまくいっていない。

「降りてくる気配はなさそうやな。どないする?」


 ローリーがちらりと蝉丸の方を見た。


「アヅ、暇坂さん! 同時に攻撃して、あいつを地上に落として!」


「了解!!」



"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!



 アヅの青く燃える|弾丸《ボール》が魔獣を貫く。


「当たる……! 効いてるぞ!」


「よーし! 今度はあたしねっ!!」



"|STGの星《シューティング・スター》"!!!



 アリサの操作する戦闘機が上空を旋回し、波状攻撃を仕掛ける。

 アヅの弾丸とアリサの弾丸が、絶え間なく魔獣に|直撃《ヒット》する。


 魔獣は苦しそうに身をよじらせ、奇声をあげ続ける。



「もう一発……! |全力投球《フルパワー》でいく」



 アヅの左腕から炎が吹き上がる。

 今までで最も大きな炎──!!



"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!



 アヅの放った青い弾丸は、風を切り裂きながら飛び、魔獣の門の右上を砕いた。

 魔獣はバランスを失い、悶えながら落下してくる。


 その時だった。

 魔獣は落ちながら力を振り絞り、触手を伸ばした。

 防衛隊メンバーが固まっているところに何本もの触手が迫る。


「獅子上さんっ!!」


「──任せろ」



"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!



 メンバー全員を覆うように張られたバリアが触手をすべて弾き返した。


「バリアが消えない。どうやら触手は能力を失ってるようだな」


「獅子上さんはそのまま全員を守ってください!」


「了解」


 魔獣が地上に到達し、公園の地面に倒れ込んだ。

 もう自分の体を支えることもできないようだ。

 必死になって起き上がろうとしている。


「鞘さん、乙吉さんっ! 追撃をお願いします!」


「心得た」


「っしゃあっ!」


 鞘が刀を抜いて走り込む。



|水月《すいげつ》|一刀流《いっとうりゅう》――


"|海獄龍《リヴァイアサン》"!!!



 水流でできた巨大な龍が魔獣を飲み込む。

 続いて、乙吉が飛び込んでいく。


「見とけクソ野郎っ! 万倍返しにしてやんよっ!!」



"|九頭竜拳《くずりゅうけん》"!!!



 乙吉の拳は、鞘の作り出した巨大な龍ごと魔獣を弾き飛ばした。

 魔獣の門が大きく割れ、ひときわ大きな奇声が響き渡る。

 だが、まだ死んでいない。


「クソがっ! もう一発いってやる!!」


「ダメです乙吉さんっ! いったん戻ってください!!」


「ああっ!? だってあいつまだ生きてんぞっ!?」


「いいんです! 魔獣にとどめを刺す前に、イッチを助け出さないと!!」


 魔物は石化したら粉々に砕けてしまう。

 そうしたらイッチを助けられなくなるかもしれない。


 蝉丸は、魔獣めがけて全力で走った。

 魔獣が怯んでいる今が|好機《チャンス》──!

 |転送《テレポート》の魔石を握りしめた。

 |逆流転送装置《リバース・トランスポーター》にも組み込んだ魔石。

 これがイッチ救出の鍵になる。


 蝉丸は、魔石を握り込んだ手を、魔獣の裂け目に突っ込んだ。


「お願いだ……! 成功してくれ……!!」


 |転送《テレポート》の能力は制御が難しい。

 持っているだけで簡単に瞬間移動できるのだが、致命的な欠陥がある。

 それは「位置がズレる」ことだった。


 たとえば「駅に行きたい」と思って、頭の中で駅を思い浮かべたとする。

 しかし、人は1秒間のうちに無意識での情報処理を数回から数十回行っている。

 考えようとしなくても、転送先を決める情報が一瞬で複数生まれてしまうのだ。


 駅に行きたい時に、誰かが「アメリカ」なんて言うのを聞いてしまったら?

 どこに転送されるか見当もつかない。

 この魔石の存在には早い段階で気づいていたが、誰も使いこなせなかったのだ。


 蝉丸ですら、装置に組み込むことでようやく制御できた能力──

 それを今、魔石だけで発動しようとしている。


 理論上は、自分がどこかに瞬間移動するより簡単なはずだ。

 位置は「僕の右手」。

 ここにイッチを呼べばいい。


 僕は右手に意識を集中させて、イッチを思い浮かべた。


 イッチ。


 小さい頃から一緒にいた、頼れる友達。


 みんなを引っ張るイッチの後ろに、僕は居場所を見つけていた。

 引っ込み思案な僕だけど、イッチと一緒にいて、みんなと仲良くなれた。

 イッチがいなかったら、今の僕はいないはずだ。


 なあイッチ、僕が隊長代理だってさ。

 みんなやさしいから、僕をそんな役目にしてくれたけど。

 僕はそんな柄じゃないんだよ。


 僕はイッチみたいにはなれない。

 だけど、僕は僕にできることをやるから。



 イッチ。


 だから、戻ってきてくれ。


 君の代わりはどこにもいない──!




 その時、魔獣の門の裂け目から光が放たれた。