キマイラ文庫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

072

8月31日:『Monster』


 ──イッチくん。君にだけ伝えておこうと思う。


 湯水准教授の言葉が頭をよぎった。



 決戦前夜、グループチャットでみんなと話した直後。

 湯水准教授から僕宛にメッセージが届いた。



 ◆ ◆ ◆


 魔石に関する追加調査の結果を報告する。

 本来ならば全員に共有すべき内容だが、君の意志を尊重し、君だけに送る。


 『うろぼろす』の副次効果によって、君の体には|痣《あざ》が浮き上がった。

 強い薬に副作用があるように、強い魔石にはリスクがある。

 君たちは「使い続けると死ぬ能力」だと認識していたと思う。


 しかし、|この認識は《・・・・・》|誤りだった《・・・・・》。


 魔石は使用者の心身と深く結びついている。

 思いの強さが技の威力に直結するのは、それが理由だ。


 小さな欠片なら影響もわずかで済むだろう。

 だが、強大な力を|過剰使用《オーバーユース》したら、待っているのは死ではない。

 心身が|蝕《むしば》まれ、自我を失い、人ではいられなくなる。


 |魔物に《・・・》|なってしまう《・・・・・・》んだ。


 そうなれば、もはや私にできることはない。

 元に戻れる可能性は限りなくゼロに近いと言っていいだろう。


 君は村を守るため、皆を率いて戦い抜いてきた。

 もう充分だ。君が魔物になる姿など誰も見たくない。

 それは私も同じ気持ちだ。


 だが、もし最悪の事態に|陥《おちい》ったら──

 君はきっと能力を使ってしまう。


 私は君を止めるべきなのだろう。

 しかし、本当にそれでいいのかとも思う。


 全滅か。

 魔物化してまで|抗《あらが》うか。

 私には決められない。


 9月1日、変わらぬ君に会えるのを祈っている。



 ◆ ◆ ◆


 瓦礫になったるしへるを見つめる。



 ──清始郎は村を救うために魔物になった。



 ソクラテスの言葉が蘇る。


 きっと、これが最後だ。



 腕の中で震える瀬凪は、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 怖かったよな。

 本当は戦いたくなかったかもしれない。


 なのに、ずっとそばにいてくれた。


 いつも僕を励ましてくれた。


 今まで、ありがとう。



「瀬凪、好きだ」



 瀬凪は息を呑み、目を見開いて僕を見た。

 それから、くしゃっと顔を歪めた。



「それってさ。この戦争が終わったら……っていうやつだよね」



 瀬凪は、涙を拭いもせずに続けた。



「──返事はしないよ。帰ってきてほしいから」



 僕は何も言わずに瀬凪の顔を見ていた。



「イッチ……何か思いついたんでしょ? そういう顔してる」



 瀬凪の手が、僕の手に重なる。



「絶対……帰ってきてね」



 僕は精一杯笑顔を作って、やさしく「ああ」と返事をした。

 瀬凪の目から、また涙があふれた。

 泣きながら、こくりと|頷《うなず》いて、瀬凪はゆっくり目を閉じた。



 力の抜けた瀬凪の体をそっと地面に横たえて、顔を上げる。

 瓦礫の上。

 水色の光が見えた。


 るしへるの『核』。


 手を伸ばそうとした、その時だった。


「ギシャアアアアッ……!」


 空を覆っていた魔物の群れが、一斉にるしへるの魔石めがけて飛んできた。

 無数の影が瓦礫に群がり、魔石を奪って飛び去っていく。

 魔王城が指令を出しているのは明らかだった。


「くそおおおおおおっ!!」


 僕には攻撃技がひとつもない。

 それでも僕は叫びながら、身ひとつで魔物の群れの中に飛び込んだ。


 必死で手を伸ばしたが──届かない。

 『核』は目の前で魔物に|掠《かす》め取られた。


 るしへるの魔石はすべて奪われた。

 『核』を持った魔物は上空から僕を見下ろしている。


 絶望が喉元まで込み上げてきた、その時。

 目にも止まらぬ速さの何かが、僕の視界を横切った。



"|素早さ極振り999《キャッチミー・イフ・ユー・キャン》"!!!



 あれは──

 ウサギの着ぐるみ。


「デコイさん……!?」


 ウサギは時速100キロで走り、斜めに積まれたブロック|擁壁《ようへき》をジャンプ台にして、上空の魔物めがけて大きく跳んだ。

 空中で魔物にしがみつき、核をむしり取る。

 そのままくるっと回転し、体勢を整えて見事な着地を決めた。


「イッチくん! これだろ、必要なの!?」


「デコイさん、どうして……!?」


「どうしてだろうなぁ。俺にもわかんないよ」


 デコイはウサギの頭を脱いで、息を切らしながら、へらっと笑った。


「俺さぁ、バイトのつもりで来ただけだし、こんなとこで死ぬなんてごめんだから、ヤバイと思ったらすぐ逃げようと思ってたんだけど……」


 そう。デコイさんはずっとそう言っていた。


 みんなで公園に集まって、魔石を選んで、特訓して……

 襲撃に備えている間じゅう、ずっと「戦わない」と言っていた。

 それはデコイさんが選んだ魔石からも|窺《うかが》える。


 高速で走り、高く飛び、無傷で着地できる。

 逃げ切ることだけに特化した能力だった。


「でもさ、みんながんばってんのに、俺だけ何もしないわけにはいかないっしょ」


 そう言って、デコイは核を僕の手のひらに押しつけるように渡した。


「俺ができるのは、これぐらいだよ。ごめんな」


 その直後、四方から魔物の群れがデコイに殺到した。

 黒い影が幾重にも重なり、デコイの姿が見えなくなった。


「デコイさん!!!」


 僕は叫んだ。


 核を握る手に力を込める。

 水色の光が、指の隙間から漏れ出した。




◆ るしへるの魔石を 装備しますか?


 はい




 その瞬間、僕の中で何かが弾けた。



 うろぼろす。

 るしへる。

 ふたつの力が混ざり合い、激しく共鳴する。



 これは共鳴なのか?

 それとも──反発?



 骨が軋む。

 皮膚の下を何かが這い回り、体の奥から喰い破られるような感覚。



 全身の細胞が、作り変えられていく。



 声にならない声をあげながら。



 僕は意識を失った。