サマータイムモンスターズ
横田 純
065
ナワシロの娘
|縄代《なわしろ》家の邸宅は、村の中でもひときわ大きかった。
白い壁に黒い瓦。|門扉《もんぴ》の横には『ナワシロ』と刻まれた石碑が建っている。
農機具メーカー『ナワシロ』は、|曽祖父《そうそふ》の代からこの村で事業を営んできた。
今や全国に販路を持つ優良企業だが、本社は今もこの村にある。
私――縄代ほたるは、その社長の一人娘だ。
夕食の後、私は自室で机に向かっていた。
来年は受験。
毎日欠かさず勉強するようにと父には言われている。
でも、今日は全然集中できなかった。
ソクラテスさんの話。
イッチさんの体に浮き上がった痣。
そして、8月31日に迫る最終決戦のこと。
教科書の文字が、全然頭に入ってこない。
「ホタル」
部屋のドアがノックされ、父の声がした。
「入るぞ」
「は、はい」
私は慌てて姿勢を正した。
ドアが開き、父が入ってくる。
スーツ姿のまま。まだ仕事から帰ってきたばかりのようだ。
父――|縄代《なわしろ》|誠也《せいや》。
結果を求め、効率を重視する人。
私はずっと、そんな父の期待に応えようと努力してきた。
「勉強は|捗《はかど》っているか?」
「はい。順調です」
「そうか」
父は私の机の上を|一瞥《いちべつ》し、それから私の顔を見た。
「……最近、友達と遊んでばかりだな」
心臓が、跳ね上がった。
「受験まで時間がないぞ。遊んでいる暇があるのか?」
「あ、あの……遊んでいるわけでは……」
「毎日のように出かけているだろう。母さんから聞いている」
父の目が、鋭く光った。
「お前には将来、この会社を継いでもらわなければならない。そのためには一流の大学を出て、経験を積む必要がある。今の時期に遊んでいる余裕はないはずだ」
「……はい」
私は|俯《うつむ》いた。
言い返せない。
父の言っていることは、正しいのだから。
幼い頃から、私は帝王学を叩き込まれてきた。
礼儀作法。経営の基礎。会計の知識。
同年代の子たちが遊んでいる間も、私は勉強していた。
それが、ナワシロを継ぐ者の宿命だと思っていた。
でも、今は違う。
一緒に戦う仲間がいる。
この村を守るために、私にもできることがある。
それを、父に言えない。
言っても信じてもらえるわけがない。
「……お父様」
気がついたら、私は口を開いていた。
「私、友達と遊んでいるんじゃないんです」
「なに?」
「私は……魔物と戦っているんです」
沈黙が部屋を満たした。
父は|眉《まゆ》をひそめ、無言で私を見つめている。
「本当なんです。この村に魔物が襲ってきていて……私たちは、それを退治しているんです」
「冗談にも程がある」
「冗談じゃありません!」
私は立ち上がった。
「商店街が壊れたこと、覚えていますよね? あれは魔物の仕業なんです。村祭の日には巨大なゴーレムが現れて……みんなが戦って、やっと倒したんです」
「……………」
「お父さんには見えないかもしれません。大人には魔物が見えないんです。でも、私には見えるんです。だから、戦わなきゃいけないんです」
私は必死に訴えた。
信じてもらえなくてもいい。
でも、このまま本当のことを告げずに最終決戦を迎えたくなかった。
父は|暫《しばら》く黙っていた。
呆れているのか。
怒っているのか。
私には父の表情が読めなかった。
やがて、父は口を開いた。
「──まさか、本当だったとはな」
その声は震えていた。
「お父様……?」
「ついてこい」
父は|踵《きびす》を返し、部屋を出ていった。
私は呆然としながら、父の後を追った。
◆ ◆ ◆
父が向かったのは、敷地の奥にある蔵の前。
扉にはでかでかと縄代の家紋が描かれている。
この蔵は、私が物心ついた頃からずっと施錠されていた。
危ないから近づくなと言われていて、中を見たことは一度もない。
父が鍵を開け、重い扉を押し開ける。
|埃《ほこり》っぽい匂いが|漂《ただよ》う。
父が壁のスイッチを押すと、蔵の中に明かりが灯った。
「これは……」
蔵の中央に、人型の鉄の塊があった。
高さは2メートルほどで、巨大ロボと呼ぶには小さい。
丸っこい胴体。太い腕と脚。胸には縄代の家紋。
頭の部分には操縦席のようなものが見える。
|喩《たと》えるなら……首のない力士のような形だ。
農機具のパーツを寄せ集めて作られたような、無骨な機械。
|錆《さ》びついているが、定期的に手入れされているのが見てとれた。
「これは……俺の祖父が作ったものだ」
父が静かに言った。
「ひいおじい様が……?」
「そうだ。名を|元也《げんや》という。100年前、この村は魔物に襲われたらしい。元也は当時10歳で、その襲撃を経験した」
私は目を見開いた。
100年前の襲撃。
ソクラテスさんが経験した、あの戦いのことだ。
「元也は生き残った後、農機具メーカーを|興《おこ》した。農業の機械化を進めるためだと、表向きにはそう言っていた」
父は機械に近づき、その胴体に手を触れた。
「だが、本当の理由は別にあった。元也は、|次の襲撃に《・・・・・》|備えていた《・・・・・》んだ」
「これを……作っていたんですか?」
「ああ。農機具の技術を応用して、子ども専用の戦闘機械を作った。俗に言う『パワードスーツ』というやつだ」
父は振り返った。
「『ナワシロの子が、もし魔物と戦うと言い出したら、これを渡せ』──祖父の遺言だ」
「遺言……」
「正直、俺は信じていなかった」
父は苦笑した。
「魔物なんて、いるわけがないと思っていた。祖父は年を取って|呆《ぼ》けていたんだろうと」
父の目が、真剣になった。
「だが、代々受け継がれてきたものを粗末にはできない。俺は……この機械の整備をずっと続けてきた」
私は父を見つめた。
厳しくて、冷たくて、仕事のことしか考えていないと思っていた。
でも、父は信じてもいない祖父の遺言を、ずっと守り続けていたのだ。
「ホタル」
父が、私の肩に手を置いた。
「お前が魔物と戦っているというのが本当なら……俺は止めない」
「え……」
「ナワシロの血を引く者として、この村を守る責任がある。祖父もそう思っていたはずだ。だから――」
父は機械を指さした。
「ホタル! これに乗れ!!」
私はもう一度、機械を見た。
丸っこい胴体。太い腕と脚。
これに乗り込んだら、どこからどう見てもメカ力士だ。
「祖父が魂を込めて作った傑作だ。きっとお前の力になる」
「いや……そのぅ……」
父の気持ちはうれしい。
曽祖父の想いも、ちゃんと受け止めたい。
でも、私は思わず口に出していた。
「や、やだぁー……! かわいくない……!!」
◆ ◆ ◆
翌日、私は防衛隊のみんなにパワードスーツのことを話した。
ナワシロの蔵に来てもらい、みんなにお披露目する。
小学生たちは大喜びで、目を輝かせながら「ロボだ」「すげぇ」と騒いでいる。
他のみんなも、だいたいそんな感じだった。
「100年前の技術でこれを作ったのか……。これは貴重な資料だな」
湯水准教授が興味深そうに機械を観察している。
「それで、ホタルはこれに乗りたくないの?」
瀬凪が聞いた。
「……乗りたくないです」
私は正直に答えた。
「だって、かわいくないんですもん……」
「いやいや、ホタル」
アリサが真剣な顔で言った。
「これ、すごい戦力になるよ! 絶対役に立つ!」
「そ、そうですかぁ……?」
「かわいくなくても、強けりゃいいじゃん。あたしだってガーディアン操縦してるけど、あれだって別にかわいくないよ?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
アリサの言ってることはわかる。
みんなの生死や世界の命運がかかっている時に、かわいいだのかわいくないだの、そんなことを言っている場合ではないことも重々承知している。
でも、このデザイン、もう少し何とかならなかったのかと思ってしまう。
きっと女子が乗ることになるなんて想像もしてなかったのだろう。
あるいは、100年前はヒーローといえば力士で、かっこいいつもりで作ったのかもしれない。
「最終決戦なんだよ? みんなを守るために、ホタルにしかできないことがあるんだよ」
アリサの言葉が胸に刺さる。
そうだ。私もずっとみんなの役に立ちたかった。
たとえメカ力士と呼ばれようとも、これで戦えるなら、それでいいじゃないか。
「……わかりました。私、乗ります」
みんなが歓声を上げた。
「よっしゃ! これで戦力大幅アップや!」
ローリーが拳を突き上げる。
「ホタル、かっこいい!」
瀬凪が|微笑《ほほえ》んだ。
私は改めてパワードスーツを見上げた。
丸っこくて、太くて、やっぱり全然かわいくない。
でも、これはひいおじい様が|遺《のこ》してくれた宝物だ。
私は深呼吸をして、操縦席に乗り込んだ。
「……意外と快適です」
「よかったやん! 見た目で判断するなっちゅうことやな!」
ローリーが笑った。
8月31日まで、あと数日。
私は、メカ力士の姿で最終決戦に臨むことになった。
……やっぱり、ちょっと恥ずかしい。