サマータイムモンスターズ
横田 純
070
8月31日:LAST BATTLE
「皆さん! どいてください!」
商店街に、ナワシロのロゴが入ったトラックが滑り込んでくる。
その荷台の上に、ホタルがパワードスーツを|纏《まと》って立っていた。
「ホタル……!!」
丸っこい金属の鎧のような外見。
動くたびにシュッシュッと蒸気が噴き出している。
「私……やります!」
ホタルは魔物の群れに向かって駆け出した。
一歩で数メートルを跳躍し、魔物の群れの中に飛び込んでいく。
「こっちです! 私を追いかけてください!」
ホタルは魔物の注意を引きつけながら、村から離れた方向へと誘導していく。
一撃で十体以上の魔物を薙ぎ払いながら。
「すごっ……ホタルちゃん、めっちゃ強いやん!」
ローリーが感心した声をあげた。
パワードスーツで戦うホタルを見たのは初めてだった。
全員で特訓する日も、ホタルはパワードスーツなしで公園に来ていた。
みんなの食事の準備や体のケアなど、サポート役に徹してくれていたのだ。
まさか、こんなに戦えるなんて。
「ここ数日、ずっと一人で練習していたんだ。夜中までな」
ナワシロのトラックから、ホタルの父──
|縄代《なわしろ》|誠也《せいや》が降りてきた。
「最初はひどいものだった。歩くのもままならんという状態でな」
ホタルのお父さんはスーツの襟を直しながら僕の横まで歩いてきて、言った。
「……今、いるのか? 魔物が」
ぼんやり何かを探すように、視線を宙に漂わせている。
だが、その視線は何も捉えていないようだった。
「……はい。今までで一番の大群です」
そう僕は答えた。
「そうか」
感情の読みづらい、無機質な声だった。
もしかしたら怒られるかもしれないと思ったぐらいだ。
だから僕は、次の言葉を聞いて驚いた。
「私に何かできることはないか?」
「……えっ?」
「君たちが魔物と戦っていたことは、娘から聞いた。だが──最後まで大人の力を借りずに戦うのは無謀だ」
「無謀って……」
「たとえ魔物が見えなくとも、村を守りたい気持ちは私も同じだ。だから私は私のやり方で、この村の大人に話をつけよう」
「いい話じゃないか。ぜひお願いしたまえ、イッチくん」
湯水准教授がこちらに歩いてきて、言った。
「あなたが『センセイ』ですか。村のために尽力してくださり感謝申し上げます」
「私はごく個人的な趣味でやっていただけです。お気になさらず」
「フ……そうですか。よい趣味をお持ちだ」
ホタルの父は満足そうに笑うと、真剣な表情で言った。
「この村で私の言うことを聞かない人間はいない。大人にやってほしいことがあるなら、なんでも言ってくれ」
「だとさ。イッチくん」
「僕ですか!?」
急に話を振られて、どぎまぎする。
「社長。この戦闘の隊長は今目の前にいるイッチくんです。彼の指示に従ってください」
「わかりました」
ホタルの父は真剣な表情を崩さずに、黙って僕の顔を見つめている。
「……じゃあ、大人の皆さんには、みんな家から出ないように言ってください」
「了解」
するとホタルの父は、トラックから拡声器を持ち出し、商店街に向かって叫び始めた。
「皆さま、こんばんは! 縄代誠也です! ただ今、弊社の農機具にトラブルが発生し、コントロール不能の状態となっております! 危険ですので、どうか今しばらくの間、外に出ないようお願いいたします!」
あまりにも大きな声だったので、なんだなんだ、と玄関から顔を出す住民もいた。
しかしホタルの父はそんな住民も見逃さない。
「外に出ないでと言ったでしょう! ひどい目に遭いたいのですか!? どうなっても知りませんよ!!」
それを聞いていた乙吉が、戦いながら|堪《こら》えきれずに笑い出した。
「はははっ! ホタルの父ちゃん、強引だな!!」
「ああ。だが、大人をコントロールしてくれるのは心強い」
鞘も目の前の魔物を切り裂きながら、ちらりと商店街の方を見た。
ホタルの父は今もなお、拡声器で叫び続けている。
つっかかってくる住民は一言二言で説き伏せ、すごすごと家の中に戻らせる。
唯我独尊の振る舞いだ。
「失礼ですが……社長、あなたは住民から|畏怖《いふ》される存在のようですね」
湯水の発言に、ホタルの父はふっと笑った。
「ええ。私はこの村では嫌われものです。だが──それでいい」
次の瞬間だった。
〈イッチ! スケキヨ岩が!〉
瀬凪の声がスマホから響いた。
僕は急いでカメラを切り替えた。
画面の中でスケキヨ岩が光っている。
淡い紫色の光が、岩の表面を這うように広がっていく。
その光の根元で、ソクラテスは岩に手を当てたまま、微動だにしなかった。
岩の内側から伝わる微かな振動を感じ取っているようだった。
「……|清始郎《きよしろう》」
かすれた声で、その名を呼ぶ。
「やっと、起きる気になったか」
スケキヨ岩の光がどんどん強くなっていく。
岩の表面にヒビが入り始めた。
「スケキヨ岩のエネルギーが上昇している。間もなく覚醒する」
湯水准教授がタブレットから目を上げて言った。
地面が大きく|隆起《りゅうき》する。
ソクラテスは吹き上がる土埃に晒されながらも、その場を動かなかった。
地上に突き出ていた両足の脇から、地面を割って巨大な手のひらが現れた。
地面を掴み、埋もれていた上半身が土砂を|撥《は》ね除け、地響きと共に起き上がる。
ひび割れたスケキヨ岩の表面から|溢《あふ》れ出す光──
まばゆい紫と白が混ざり合った、神々しい輝き。
これは『岩』というより『殻』に近いのかもしれない。
そう思った瞬間、スケキヨ岩が砕けた。
そして──
光に満ちた巨人が、ゆっくりと立ち上がった。
「あれが……るしへる……」
大きさは魔王城と同じくらいだろうか。
紫と白の光が、|陽炎《かげろう》のように揺らめきながら人の形を保っている。
まるで、燃え上がる炎がそのまま人型に押し留められているようだった。
人間なのか、魔物なのか。
そのどちらでもあり、どちらでもない何か。
顔には二筋の鋭い光が、横一文字に走っていた。
切れ込むように細く、まばたきをするように、ふっと強さを変える。
異質で、|歪《いびつ》で、得体が知れない。
なのに、怖いとは思わなかった。
全身から溢れる光は、ただただ温かかった。
まさに『光の魔神』だ。
るしへるが|咆哮《ほうこう》を上げた。
声というより、空気を震わせる振動。
その波動が村全体に広がり、魔物たちが一斉にひるんだ。
〈すごい……〉
瀬凪の声がスマホから聞こえた。
るしへるが一歩を踏み出した。
地響きが走る。
巨大な足が地面を踏みしめるたびに、大地が揺れる。
るしへるは商店街に向かって歩いてくる。
その進路上にいた魔物たちは、光の波動に触れただけで消滅していった。
るしへるは僕の前まで歩いてきて、地面の上に手のひらを降ろした。
──"乗れ"ってことか?
「イッチ……」
僕の後ろで蝉丸が心配そうな声を出す。
そんな蝉丸の姿を見て、僕は覚悟が決まった。
「大丈夫。行ってくる」
僕はるしへるの手のひらに乗った。
るしへるはそのまま僕をやさしく肩の上に乗せ、魔王城の方に向き直った。
「皆さん、これが最終決戦です。──いきましょう」