サマータイムモンスターズ
横田 純
073
8月31日:BUT NOT ALONE
村の一角から、強い光が|迸《ほとばし》った。
突然の光に、蝉丸は目を|眇《すが》めた。
電撃弾を撃ち尽くし、アリサへ駆け寄ろうとした矢先だった。
るしへるが砕け散った方角からだ。
光は収まるどころか、強さを増していく。
地響きが足元を揺らし、何かが立ち上がる気配がした。
最初は、るしへるが戻ってきたのかと思った。
でも、違う。
顔にはるしへると同じ、二筋の光る線がある。
だが、体には黒い紋様が蛇のように絡みついていた。
螺旋を描くその模様には見覚えがあった。
イッチの体を|蝕《むしば》んでいた、あの|痣《あざ》とまったく同じ形だった。
「あの魔物はなんだ……!?」
少し離れた場所で、片膝をついたままの獅子上が|呻《うめ》くように叫んだ。
続いて乙吉も、視界に巨大な魔物の姿を捉える。
「デケェ……! どっから来やがった……!?」
巨体は、ゆらりと山肌の方に体を向けた。
魔王城へ向かって一歩を踏み出す。
その足取りは、まっすぐではなかった。
大きくよろめき、使われていない農具小屋を踏み砕き、また体勢を立て直す。
自分の体の大きさに戸惑っているようだった。
それでも、止まらない。
巨体は魔王城を見据えたまま、確かにそこへ向かって歩いていく。
「魔王城と戦おうとしてる……!?」
鞘の声も震えている。
「隊長っ!! 隊長はどうした!?」
乙吉が、倒れたまま声を張り上げた。
何度呼んでも、返事はない。
〈……イッチくんの姿が見えないんだな?〉
スマホから湯水准教授の声がした。
〈私には魔物が見えない。だが、君たちの声だけでわかる〉
少しの沈黙のあと、湯水は続けた。
〈最悪の事態が起こったようだな〉
その一言で、全員が凍りついた。
〈……たった今現れたという巨大な魔物は、おそらくイッチくんだ〉
湯水の声は、静かだった。
〈私は事前に、彼にだけ伝えていた。強い魔石を|過剰使用《オーバーユース》すれば、自我を失い、魔物になってしまうと〉
「そんな……!」
ホタルの声が|掠《かす》れた。
〈イッチくんは、るしへるの魔石を使ったんだろう。彼は――全滅か、魔物になってでも戦うかを選ばなければならなかった。私がそうさせたんだ〉
湯水の声に、初めて悔やむような響きが混じった。
〈もう……元には戻れない〉
誰も、それ以上は言葉にできなかった。
乙吉は拳を地面に叩きつけた。
ローリーは奥歯を噛みしめ、動かない足を|叱咤《しった》するように何度も叩いた。
自身の能力で魔物の大群から逃げ切っていたデコイは、虚空を見上げて|呟《つぶや》いた。
「……嘘でしょ? だって俺……俺がイッチくんに渡したんすよ、るしへるの核……。みんなの助けになりたいと思ったのに……それが、こんなことになるなんて……」
デコイはうなだれて、そのまま地面にしゃがみ込んだ。
「イッチ……お前はいつもそうだな」
アヅが悔しそうに言った。
「心配させたくないとか、迷惑かけたくないとか言ってさ。大事なことは誰にも言わないんだ」
そして、すでに力の入らない足を無理やり踏みしめ、立ち上がった。
「俺たちがこのまま倒れてるわけにはいかない。あいつを一人にさせたくない」
そう言って、アヅは両手を天に掲げた。
アヅに呼応するように、防衛隊が一人ずつ、上空に向かって手を掲げる。
お前を一人にはしない──!!
巨体が、魔王城に殴りかかる。
振り上げた腕が城の一部を打ち砕き、崩れ落ちる瓦礫が地面を揺らした。
魔王城も脅威を感じ取ったようだ。
村中に散らばっていた魔物の大群が一斉に魔王城に戻ってくる。
またたく間に、黒いエネルギーが膨れ上がっていく。
「アカン、るしへるがやられたやつや……!」
ローリーが不安そうな声をあげる。
魔王城が、るしへるの胸を貫いた攻撃をくり出す。
しかし、巨体はそれをいとも簡単にいなし、強烈な|殴打《カウンター》を見舞った。
「押してる……!」
鞘が声をあげる。
確かに押している。
でも――何かがおかしい。
巨体は腕を振るうたびに、大きく体をよろめかせる。
呼吸が荒い。肩で息をするように、小刻みに揺れている。
続いて、化物のような咆哮。
そのまま魔王城に飛びかかり、一心不乱に拳を振るい始める。
魔王城の瓦礫が四方に弾け飛び、その一部が村の家屋に向かって散る。
「危ないっ!!」
蝉丸の叫びに、獅子上が反応する。
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
獅子上は消耗した体に鞭打って、間一髪、瓦礫の破片を受け止めた。
その間も、巨体はがくがく手足を震わせながら、咆哮を続けていた。
息も絶え絶えの獅子上が、膝をついて言った。
「もしかして……隊長は|暴走してる《・・・・・》んじゃないのか……!?」
イッチの自我が完全に失われているのは明らかだった。
魔王城を破壊する──
ただそれだけを求める、制御不能の魔物。
このままじゃ、イッチの方がもたない。
蝉丸はあたりを見回した。
みんな力を使い果たしている。
立てる者すらほとんど残っていない。
考えろ。
この状況で何ができる?
僕がイッチのためにできることは──!?
その時、商店街の方にトラックのライトが見えた。
ナワシロのロゴが入った、あのトラックだ。
「誠也さんっ……!」
蝉丸は息を切らしながら、誠也の前に回り込んだ。
「お願いがあるんです! 村の大人たちに、外に出て両手を空に掲げるよう伝えてください!」
「なに……?」
誠也の眉が、わずかに動いた。
「どういう意味だ。『家から出るな』というのが、君たちの指示だったはずだ」
「そうですが……! 力が足りないんです……!!」
「力?」
「戦いは今も続いています。みんな限界まで戦ったのに、まだ足りなくて……このままじゃ、みんな……!!」
言葉がうまくまとまらない。
それでも蝉丸は誠也の目を見て、続けた。
「隊長だったイッチはもういません。僕らを守るためにたった一人で、魔物になって戦っています。僕らにできることは、空に向かって両手を掲げて、イッチに力を送ることだけなんです。イッチを一人にしておけない。本当なんです……お願いします!!」
誠也は、しばらく黙って蝉丸を見つめていた。
やがて、ゆっくりと山肌の方へ視線を移す。
誠也には何も見えていないはずだった。
それでも、その目は何かを探すように、じっと動かなかった。
「……ついさっき、私は嘘をついて住民を家に押し込めた」
誠也は静かに言った。
「今度は、|本当のこと《・・・・・》を言えというんだな」
誠也は、拡声器を握り直した。
その顔に、迷いはなかった。
「わかった」
誠也はそう言って、トラックの荷台に上がった。