キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

064

うろぼろす


 夜風の中、僕らはスケキヨ岩の前に立ったまま、ソクラテスの言葉を受け止めていた。


 僕が7月19日に願いをかけた、あの古びた社。

 資料館で見つけた本には、その場所に『うろぼろす』と書かれていた。

 そして――『大神級』『使へば死す』という警告も。



「せや! 隊長、うろぼろすの力|使《つこ》てるんか!?」


 ローリーが弾かれたように僕を見た。


「魔獣にうろぼろすの石喰われて、能力消された言うてたやろ? どういうことやねん!?」


 みんなの視線が集まる。

 何も説明しないわけにはいかないだろう。


「僕は……あの石碑の力を使ってます」


 7月19日。夏休み初日。

 古びた社にお参りをして、僕は意図せず能力を得てしまった。


 最初は能力に気づかずに、自分が死んだら世界がループするんだと思っていた。

 7月31日に目の前で瀬凪が殺されて、村が破壊されても、何もかも元どおりになって7月19日からやり直していたからだ。


 8月7日のドラゴン戦で「これは元に戻す能力だ」と気づいて、それから今まで使い続けてきた。

 それを、みんなに伝えた。


「……なるほどな」


 獅子上は小さく息を吐き、考え込むように親指の腹で|顎《あご》を撫でた。

 まわりの顔色をうかがいながら、蝉丸が遠慮がちに手を挙げた。


「イッチの言ってることはウソじゃないと思います。イッチは最初から『何度も殺されて7月19日に戻ってきた』って言ってた。今思えば、あれはうろぼろすの能力だったんだ」


「別にウソやと思てるわけやないけど、ほんなら『使へば死す』て何やねん? 隊長生きてるやん」


 ローリーが口を尖らせる。


「なあ隊長、この能力|使《つこ》て、死にかけたことあったんか?」


 僕はこの期に及んでも、|痣《あざ》のことはまだ話していなかった。

 少し考えて、僕は言った。


「……夏祭りの時、覚えてます? ゴーレムを倒した後みんなで公園に集まったでしょ」


「ああ! 隊長ちょっと遅れて来よったな」


「実はあの時、ちょっとクラっときて。でも大丈夫です」


「ホンマか?」


「本当ですよ。だってほら、今も元気でしょう?」


 僕は両手をパッと広げ、その場で軽く一回転してみせた。

 でも、ローリーの表情は和らいでいなかった。


「いーや、そう簡単には信用でけへん。こんな大事なこと、今の今まで隠してたわけやからな」


 ローリーは目にかかった前髪をかき上げて、真剣な顔で僕の前に歩み出た。


「もし自分だけ犠牲にしてみんなを救おうなんて考えてんのやったら、やめや。そんなデカいこと隊長にだけ背負わせるわけにはいかん。ワイら仲間やろ? ずっと一緒に命がけで戦ってきたやんか。そういう隠しごとされんの、結構ショックなんやで」


 ローリーの視線があまりにもまっすぐで、僕は思わず目をそらした。

 まわりのみんなも、心配そうに僕を見つめている。


「……わかりました」


 僕は覚悟を決めて、自分のTシャツの|裾《すそ》を掴み、一気に|捲《まく》り上げた。


 上半身を螺旋状に巡る|禍々《まがまが》しい黒い痣が、月明かりの下に|晒《さら》される。

 何匹もの蛇がのたうつように、黒い線が僕の肌を埋め尽くしている。

 それは、みんなの言葉を失わせるのに十分な衝撃だった。


「イッチ……それ……」


 瀬凪が両手で口元を押さえた。


「能力を使うたびに痣が広がっていくんだ。もう、かなり侵食されてる」


「アホ! なんで言わへんねん!!」


 ローリーが悔しそうに地団駄を踏んだ。

 そのまま僕の胸ぐらを掴みかねない勢いで一歩踏み出し、激しく震える拳をやり場に困ったように振り下ろす。


「すみません……みんなに心配かけたくありませんでした」


 瀬凪の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 しかし瀬凪は目をそらさず、|堪《こら》えるようにその場に立ち尽くし、僕の身体をじっと見つめている。


「バカ……バカだよイッチ……」


 絞り出すような瀬凪の声が、張り詰めた夜の空気に小さく響いた。


 誰も、何も言えずにいた。

 その沈黙を破ったのは、低く、地を這うようなソクラテスの|嗄《しゃが》れ声だった。


「るしへるが光の魔神なら、うろぼろすは死を操る蛇だ」


 100年前、うろぼろすは8月24日に現れた。

 他の魔物とは桁外れの強さだったという。


 それを聞いて、湯水准教授が口を開いた。


「ウロボロスは錬金術でも重要なシンボルだ。自分の尾を噛む蛇の姿として描かれる。始まりも終わりもない|円環《えんかん》――永遠と無限を象徴している」


 死と再生。

 創造と破壊のサイクル。

 始まりと終わりが一致する完全なる存在。それがウロボロス。



「100年前の戦いで、村の半分が破壊された。うろぼろすを倒した後、村は|瓦礫《がれき》の山だった」


 ソクラテスの声が、わずかに震えた。


「──だが、俺たちは生き延びた。そして、この村も残った」



 僕らは黙ってソクラテスの話を聞いていた。

 みんなは気づいていないようだが、僕はこの話に違和感を覚えていた。


 資料館で見つけた100年前の地図。

 あの地図と現在の村を比べると、地形も建物の位置も|ほとんど《・・・・》|変わっていない《・・・・・・・》。


 村の半分が破壊されたのなら、地形が変わっていてもおかしくないはずだ。

 でも、地図を見る限り村は昔のまま。

 つまり――


 誰かがうろぼろすの魔石を使って、村を|元の状態に《・・・・・》|戻した《・・・》んじゃないのか?


 僕の胸が、締め付けられるように痛んだ。


 100年前、誰かが同じ力を使った。

 そして、その代償を払った。


 それは――誰だ?



「今、お前たちがやることはひとつだ」


 ソクラテスの声で、僕は我に返った。


「最終決戦でるしへるに力を送るために、お前たちが強くなる必要がある。あれと戦うためにな」


 ソクラテスは魔王城を指さした。

 蜘蛛のような姿となった魔王城は、村の中心部から少し離れた山の上に脚をかけて停止していた。


「あれは城じゃない。|生き物《・・・》だ」


 生き物?


「もう察しがついている奴もいるだろう。あれは|一体の巨大な魔物《・・・・・・・・》なんだよ」


 それを聞いて、フトシとフジキューが「ええっ!?」と大きな声を出した。


「あれが魔物って……だって城の門からいっぱい魔物が飛び出てきてたじゃん!」


「待て待て! それはつまり、生んでるということではないのか!?」


「えええ……!? こ、こわすぎる……!!」


 次春は同級生二人を横目で見ながら、少し冷めた様子で息を吐いた。


「でも、ここまできたらもう驚かないね。今までビックリすることいっぱいあったもん」


 そう言って、僕の方を向いた。


「イッちゃん。その体、お父さんとお母さんになんて説明するの?」


「な……今そんなの関係ないだろ」


「関係あるよ。それ説明できるとしたら僕だけじゃん。みんなにも隠しっぱなしで変な空気にしてさ。この代償、きっちり払ってもらうからね」


「払うって何を」


 次春はニヤリと笑った。


「ガリガリ君1本。みんなにね」


 その言葉でみんなの緊張がほぐれた。


 僕は改めて、痣を隠していたことをみんなの前で謝った。

 もう僕を責める人はひとりもいなかった。


 『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』がなければ、犠牲者を出さずに勝つのは難しかった。

 とはいえ、痣の状態を見る限り、ここからは一度の使用が命に関わる。

 この能力はあくまで最終手段。最悪の時にしか使わないと約束した。


 僕らは話しながらアヅマートの前まで移動し、全員でガリガリ君を食べた。

 もちろん僕のオゴリでだ。


「いやぁー、人のオゴリで食うアイスはうまいなぁ」


 乙吉さんがソーダ味のガリガリ君にむしゃぶりつく。


「中学生にオゴられて喜ぶな」


 鞘さんも遠慮しながらアイスを口に運んでいる。


「明日から本格的に動こう。8月31日まで一週間しかない」


 獅子上さんが全員に向かって言った。


「俺たちは今まで隊長に無理をさせすぎた。祭の日はほとんど参加できなかったし、魔獣との戦闘では大して役にも立てずに消された。隊長が痣のことを相談できずに一人で抱え込むしかなかったのも、俺たちが頼りなかったからだ」


「いえ! そんなことないです!」


 僕は止めたが、獅子上さんは手でそれを制し、静かに首を振った。


「もう隊長だけに無理はさせない。全員で生き残るぞ」


「おう!」


 みんなの声が重なった。



 ソクラテスは僕らのやり取りを黙って見ていた。

 その目には、懐かしむような、寂しげな光が浮かんでいた。


 8月31日まで、あと一週間。

 僕らは、最終決戦に向けて動き出した。