サマータイムモンスターズ
横田 純
062
FINAL CHAPTER
魔獣がガクガクと震えだす。
また奇声をあげている。
次の瞬間、蝉丸の右手にズシンと重みが伝わってきた。
蝉丸は両足を踏ん張って、力いっぱい手を引き抜いた。
魔獣の門から吐き出されるように、天高く何かが飛び出した。
あれは──
「イッチだ!」
だが、防衛隊のみんなが飛び出してきた時と違う。
イッチの体はどこにも力が入っていない。
「ヤベェぞ! あいつ意識ねぇんじゃねぇか!?」
乙吉の叫びと同時に、獅子上が動いた。
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
クッションのような弾性をもったバリアで、イッチを受け止めた。
「隊長は任せろ! 最後だっ! 決めてくれ!!」
「おおきに! ワイにまかしとき!!」
蝉丸が指示を出すより早く、ローリーが走り出した。
「よくもみんなを喰うてくれたなぁ! お返しにたんと喰らえやっ!!」
ローリーが大きく振りかぶって、巨大槍を魔獣に向かって打ち下ろした。
"|聖槍金剛夜叉《カオスジャベリン》"!!!
ビギッ。
亀裂が走り、光が漏れ出す。
「アア! アアア……! アアアアアアアァ………!!!」
魔獣の断末魔。
最初は大きく、だんだんと、夜に溶けるように消えていった。
パリーン!
◆ 防衛隊は すべてを食い尽くす魔獣を たおした!
目を開けると、僕は地面に倒れていた。
体が……ある。
手も、足も、全部ある。
「イッチ!」
蝉丸の声がした。
体を起こして周りを見回す。
そこには、みんながいた。
心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「魔獣は……?」
「倒したよ。みんなのおかげで勝てたんだ」
蝉丸が僕の脇に座り込んで、言った。
「本当によかった……」
蝉丸は心底ほっとしたように、大きく息を吐いた。
それから、何か言いたそうに口を開いて──
結局、何も言わずに、もう一度深く息をついた。
目元が、少しだけ赤くなっていた。
その様子を見て、獅子上さんが一言。
「蝉丸に礼を言ってやってくれ。隊長がいない間、代理を務めてくれていた」
「いや、そんな! お礼言われることなんてしてないです! むしろお礼を言うのは僕の方で」
蝉丸は慌てながら、
「皆さん、ありがとうございます」
「ホンマ蝉丸はマジメやなぁ!」
そう言って、ローリーが笑った。
「あの、今カレンダー見てみたんだけど」
アヅがスマホの画面をみんなに見せた。
日付が、|8月31日まで《・・・・・・・》|復活している《・・・・・・》。
「これで、あと一週間は猶予がある」
全員がほっとした表情を浮かべた。
魔獣との戦いは壮絶だった。
蝉丸が来てくれなかったら、僕らは全員消えていた。
「蝉丸、本当にありがとう」
僕は改めて蝉丸に礼を言った。
「いや……僕の方こそ、逃げようとしてごめん」
蝉丸は|俯《うつむ》いた。
「でも、父さんに言われたんだ。友達を置いていって、後悔しないかって」
「蝉丸……」
アリサが蝉丸を見つめた。
「言っとくけど、あたしまだ許してないから」
「……うん。ごめんね、暇坂さん」
蝉丸は小さく笑った。
アリサも、泣き笑いのような顔で頷いた。
その時だった。
地面が、揺れた。
「……え?」
全員が凍りついた。
地震?
いや、違う。
これは――
「空……見ろ……!」
獅子上さんが、震える声で言った。
僕らは一斉に空を見上げた。
そこには、|魔王城があった《・・・・・・・》。
「嘘やろ……?」
ローリーが絶句した。
時刻は19時をまわっている。
さっきまで魔王城なんか影も形も見えなかった。
それが今、ここにある。
問題はそれだけではなかった。
そもそも魔王城の|出現地点が違う《・・・・・・・》。
魔王城は、なつまの森公園からは見えないはずだった。
それが今、視界いっぱいに広がっているのだ。
続いて、アヅが上ずった声で|呟《つぶや》いた。
「あの城……前と形が変わってないか……?」
城の下部から、何本もの柱のようなものが伸びていた。
あれは──|脚《あし》だ。
それが地面に突き刺さり、城全体を支えている。
まるで、巨大な|蜘蛛《くも》のような姿だった。
「なんで……? 魔獣を倒したのに……!!」
アリサが|呆然《ぼうぜん》と|呟《つぶや》いた。
「カレンダーも戻ったのに……!! なんで……!?」
魔王城は、ゆっくりと一歩を踏み出した。
地面が揺れ、木々が倒れる。
城が、村の中心部に向かって|歩き始めた《・・・・・》。
「まずいぞ。あれが来たら……!」
鞘さんが叫んだ。
「村が潰される……!」
どうすればいい?
あの巨大な城を、どうやって止める?
攻撃したところで、効くのか?
魔獣ですら、あれだけ苦戦したのに?
「とにかく、全員で城の近くに移動しましょう。何かあったら攻撃できるように」
そう、みんなに指示を出した時だった。
「待て」
聞き覚えのある声がした。
誰もが凍りついていたこの場で、その声だけが、不自然なほど落ち着いていた。
振り返ると、そこには白い|髭《ひげ》を|蓄《たくわ》えた老人がひとり。
杖をつきながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ソクラテス……!?」
教科書に載っているソクラテスの肖像画にそっくりだから、そう呼ばれている。
毎日スケキヨ岩を拝んでいる、村の変わり者。
そして──僕に警告の手紙を送ってきた人物。
「慌てるな」
ソクラテスは静かに言った。
「あの城はまだ動き出したばかりだ。村を襲うまでしばらく時間がある」
「どういうことですか……!? あなたは何を知ってるんですか!?」
僕は詰め寄った。
ソクラテスは僕を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちに、話さなければならないことがある。『るしへる』のことだ」
Lucifer saw them off.
(るしへるがそれらを見送った)
古書『|The《ザ・》 |Summertime《サマータイム・》 |Monsters《モンスターズ》』に、何度も印象的に登場する名前だ。
「るしへるとは何なんですか?」
湯水准教授が前に出た。
「あなたは、その正体を知っているのですか?」
ソクラテスは湯水を一瞥し、それから僕らを見回した。
「知っている。俺は100年前の襲撃の生き残りだからな」
全員が息を呑んだ。
ソクラテスだけが、夕闇を背負ったまま静かに立っていた。
「これからお前らを、るしへるのところに連れていく」
そう言って、ソクラテスは|踵《きびす》を返した。
杖の音が、一歩、また一歩。
夜道に溶けていく。
「──ついてこい」