サマータイムモンスターズ
横田 純
069
8月31日:THE BEGINNING OF THE END
公園に着くと、いつもと空気が違った。
みんな静かにそれぞれの装備を確認している。
今日で終わらせる。
言葉にしなくても、その覚悟は全員の中にあった。
魔王城は商店街を見渡せる山肌の斜面に脚をかけて静止していた。
城壁のような体から、不気味に折れ曲がった細い脚が何本も伸びている。
その姿は、巣で獲物を待つ蜘蛛のようだった。
僕らは魔獣戦と同じく、全員で固まって戦うことにした。
魔王城が生み出す魔物の大群を押し返し、魔王城を討つ。
勝つにはそれしかない。
公園から商店街のはずれに向かう途中、スケキヨ岩の前でソクラテスを見た。
ソクラテスは今日もスケキヨ岩を拝んでいた。
僕らはしばらく足を止めて、その様子を眺めていた。
ソクラテスがこの岩を拝んでいるのは、村で暮らす人々の日常の風景──
なのに、なぜか今日はその所作が、やけに神々しく見えた。
僕らに気づいたソクラテスが、ちらりとこちらを向いた。
「……お前らか」
岩の前を離れ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、僕の前で立ち止まり、落ち着いた声でしゃべり出した。
「るしへるは、最終決戦が始まったら自動的に目を覚ます。魔王城と渡り合えるのはるしへるだけだ。お前らの役目はひとつ──るしへるに力を送ることだ」
「例の元気玉的なやつだな」
乙吉が拳を手のひらにポンと打ちつけて言った。
「でもよ、戦いながら力を送るなんてムズくねぇか? 今送っといた方がいいんじゃねぇの?」
「それはできん。るしへるは今『石』の状態だ。目覚めてからでないと力を受け取れない」
「なるほどなぁ……」
納得しかけた乙吉の横で、蝉丸が「あのう」と控えめに手を挙げた。
「両手を掲げるんでしたよね。村のどこにいても、手を掲げさえすれば効果はあるんですか?」
「ああ。100年前はそうだった」
「それって、村の外にいる人の力を借りることはできないんですかね?」
「どういうことだ?」
「るしへるの力の源が『太陽を浴びて生きる人間の力』なら、るしへるが動き出す頃にSNSとかで世界中に助けを求めたら、誰かが手を掲げてくれないかなって……」
「いやムズいっしょ」
蝉丸の発言に、アリサが横槍を入れる。
「そんな発信力あるアカウント誰も持ってないし、だいいち手をあげてもらう理由どうやって説明すんのよ」
「だよね……難しいか……」
結局、村のことは村で解決するしかないわけだ。
るしへるに力を送れるのは僕らだけ。
僕らが倒れた時、すべてが終わる。
「俺はここにいる。頼んだぞ」
そう言って、ソクラテスはスケキヨ岩の前に戻っていった。
「私の方でも、データで確認する」
湯水准教授がタブレットを掲げて言った。
「スケキヨ岩の状態は常時モニタリングしている。覚醒が近づけば数値で分かるはずだ。状況は逐一共有する」
僕は全員を見渡した。
「みんな、全力を尽くそう」
「了解!」
僕らは商店街の外れに移動し、その瞬間を待った。
外を歩く人の数はまばらで、稲穂が風に揺れている。
いつもと同じ、夏の終わりの夕方だ。
だが、見上げた山の上にある魔王城が、この村を異質に染めていた。
◆ ◆ ◆
18時。
村の各所に設置された防災無線用のスピーカーから帰宅を促すメロディが流れ出す。
山肌に静止した魔王城の城門──
おそらく『口』から、魔物が溢れ出してきた。
黒い波のように無数の魔物が地上に降り注ぐ。
小型のもの、大型のもの、飛行するもの、地を這うもの──
今までの襲撃よりも圧倒的に数が多い。
「何体いるんだ、あれ……」
アヅが声を震わせた。
さっきまで見えていた空は一瞬にして魔物の大群に埋め尽くされた。
右を向いても左を向いても、視界には魔物が|蠢《うごめ》いている。
「カメラで確認できる範囲だけで、少なくとも500体以上──その倍はいるかもしれない」
湯水准教授がタブレットに視線を落としたまま|呟《つぶや》いた。
あれを相手にするのか……!?
「びびってる場合ちゃうで!」
ローリーの声で、みんなの目に光が戻った。
そうだ。僕らはこの日のために準備してきたんだ。
「いくぞ!」
「おおっ!」
先陣を切ってローリーが魔物の大群の前に立ちはだかった。
「来いや、雑魚ども!」
ローリーは紫黒色の石を高々と掲げた。
まばゆい光が溢れ、巨大な槍が具現化する。
「ワイが相手したるわ!」
"|聖槍金剛夜叉《カオスジャベリン》"!!!
巨大な槍が魔物の群れを薙ぎ払う。
一撃で十数体の魔物が吹き飛んだ。
その後ろから、高校生組が続く。
「俺たちも行くぞ!」
獅子上がバリアを展開しながら前進する。
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
バリアで魔物の攻撃を防ぎながら、仲間の進路を確保する。
「次は私だ」
鞘が刀を抜いた。
|水月《すいげつ》|一刀流《いっとうりゅう》──
"|海獄龍《リヴァイアサン》"!!!
水の龍が魔物の群れを飲み込んでいく。
「っしゃあ! ぶちかますぜっ!!」
乙吉が拳を振り上げた。
"|九頭竜拳《くずりゅうけん》"!!!
渾身の一撃が、巨大な魔物を粉砕する。
その背後では、苗と黒虎のシュレディンガーが列を離れた魔物を追う。
「シュレディンガー、あっち!」
苗が指さすと、シュレディンガーは獣の咆哮を上げて駆け出した。
逃げようとしていた魔物に飛びかかり、鋭い爪で引き裂く。
「いい子、シュレディンガー」
苗が頭を撫でると、シュレディンガーは喉を鳴らした。
その隙を狙って、空を飛ぶ魔物が背後から苗を狙う。
"|風と共に去りぬ《かぜさり》"!!!
瞬間、瀬凪が風のように魔物を斬り落とした。
「わ……瀬凪お姉ちゃん……ありがとう」
「苗ちゃん、シュレディンガー。がんばろうっ!」
「うんっ!」
"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!
"|STGの星《シューティング・スター》"!!!
空を飛ぶ魔物をアヅとアリサが撃ち落とす。
"|弾力少年《スーパーボールマン》"!!
"|追尾する流星《ホーミングスター》"!!
"|絶望の黒き稲妻《ダークサンダーブレード》"!!
小学生3人が地上の魔物を殲滅する。
みんな、よく戦っている。
一人一人が成長して、チームとしても連携が取れるようになった。
でも、数が多すぎる。
このままじゃ──押し切られる。
「蝉丸! ガーディアンは使えないのか!?」
「使えなくはないけど……ガーディアンは大人にも見えちゃうよ!?」
そうだった。
「いや、そんなこと言ってる場合か!? このままじゃどう考えてもマズイだろ!?」
「ガーディアンを出したら魔物は撃退できるかもしれないけど、村の大人たちが騒ぎ出してたくさん外に出てきちゃったら、どうやってみんなを守るの!? ガーディアンはそんなに小回りが効かないし、大群を相手にするには向いてないんだ! 誰かがケガするかもしれない……! 今は使うべきじゃない!!」
蝉丸が正しいと思った。
でも。
「それなら……どうしたらいいんだ……!?」
その時、不意に後ろから声がした。