キマイラ文庫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

071

8月31日:負けるという選択肢はない


 るしへると魔王城が、激突した。


 光と闇がぶつかり合う。

 衝撃波が広がり、周囲の木々がなぎ倒される。


 るしへるの拳が魔王城を打つ。

 ドォンと鈍い音がして、魔王城が山肌から吹き飛んだ。



「おいっ! あの上に隊長がいるんだよな!?」


 獅子上の声が響く。


「イッチ……!!」


 瀬凪は心配そうにるしへるを見上げていた。



 るしへるの肩の上で、僕はしっかり自分の足で立っていた。


 ものすごい高さだ。遠くの山々まで見渡せる。

 揺れも音もすごいが、破片や異物は飛んでこない。

 まるで僕のまわりだけ透明なコックピットで囲まれているような感じだ。


「これなら……戦える」


 僕はスマホに向かって叫んだ。


「みんな! 両手をあげて援護してください!!」


〈了解!!〉


 防衛隊メンバーが一斉に、るしへるに向かって両手を掲げる。

 全員の体から光が放出され、宙を舞い、るしへるに向かってくる。


 魔王城の脚がるしへるに絡みつく。

 るしへるの光が魔王城を押し返す。

 魔王城の脚がちぎれ、魔王城が悲鳴のような音を発した。


〈いける……! るしへるが押してる!〉


 アヅが叫んだ。


 だが、魔王城も黙ってはいなかった。


 魔王城の体から、黒い糸のようなものが吹き出された。

 黒い糸がるしへるの体に絡みつき、動きを封じていく。


「まずい……! みんな、もっと力をっ!!」


 防衛隊メンバーが力を送るその間にも、魔王城はるしへるを締め上げていく。

 糸は固まり、黒いツタのようになり、るしへるの光が少しずつ弱まっていく。


〈なんでや!? 手ぇあげとるやんけ!!〉


〈俺達だけじゃ|足りない《・・・・》ってことか……!?〉


 ローリーと獅子上が手を掲げながら不安そうな声をあげる。


〈──いや。どうやらあの黒い糸が、エネルギーを吸い取っているようだ〉


 湯水准教授の声。


〈我々が送る力はすべて、るしへるを通してあの糸に吸収されている〉


〈なんやて……!?〉


 その時だった。

 るしへるが再び|咆哮《ほうこう》を上げた。


 顔の二筋の光が、鋭く強さを増す。

 苦しみながらも、決して諦めないという意志──

 るしへるの体から、さらに強い光が溢れ出した。


 絡みついた糸が焼き切れていく。

 黒いツタが浄化されるように消えていく。


〈やった……!!〉


 瀬凪の声。


 るしへるは糸から解放され、再び魔王城に向かっていった。


 光の拳が魔王城を打つ。

 魔王城の体に亀裂が走り始めた。


〈いけるで! 押し切れっ!〉


 ローリーが叫ぶ。


 だが、次の瞬間、魔王城の全身から黒いエネルギーが噴き出した。

 糸ではない。

 もっと|禍々《まがまが》しい──純粋な闇の力。


 同時に、村の各所に散り散りになっていた魔物の大群が魔王城に戻り始める。

 魔王城に到達し、同化し、黒いエネルギーが膨れ上がっていく。


 あれは……もしかして……!



 |僕らと《・・・》|同じことを《・・・・・》|している《・・・・》。



 闇のエネルギーが、るしへるを包み込んだ。


 光と闇が激しくせめぎ合っている。

 光が闇に浸食されていく。


〈なんで……! さっきまで優勢だったのに……!〉


 蝉丸の声が震えている。


 るしへるの動きが鈍くなっていく。

 光が弱まり、体の表面に亀裂が走り始めた。



 このままじゃ負ける。



 その時、るしへるが僕の方を向いた。


 顔の二筋の光が、その瞬間だけ強さを増し、まっすぐに僕を捉えた。

 そして、るしへるの手のひらが、僕の方にそっと向けられた。



 ──来い。



 誰かの声が聞こえた気がした。

 僕は、るしへるの手を見つめて立ちすくんでいた。


 ソクラテスが言っていた。

 ひいおじいさんはるしへると|融合して戦った《・・・・・・・》と。


 光は今にも消えそうだ。

 僕は、決断しなければならなかった。



〈イッチ……? 何する気……?〉



 瀬凪が不安そうな声を上げる。


 その時だった。

 闇のエネルギーを纏った巨大な脚が、るしへるの胸を貫いた。



「るしへる!!」


 るしへるの胸元に、大きな穴が空いた。

 そこから光が漏れ出し、散っていく。

 るしへるは崩れ落ちながらも、僕を守るように身を屈め、前のめりに倒れた。


 るしへるの体から光が失われていく。

 胸に空いた穴の周辺が、ピシピシと音をたてながら変色していく。

 石化が始まった。


「ダメだ……! るしへる……!」


 僕は起き上がり、すがるようにるしへるの体に触れた。


 石化する魔物を何体も見てきたからわかる。

 これは、もう、どうにもならない。


 るしへるが顔をこちらに向けた。

 二筋の光がかすかに強さを増し、僕に何かを伝えようとしているように見えた。


 そして──




 ビギッ。




 パリーン!




 るしへるの体が、砕け散った。




〈嘘やろ……〉



 力のないローリーの声がスマホから響いた。


 魔王城が勝ち誇るように咆哮を上げる。

 その声に呼応するように、魔物たちが再び一斉に飛び出してきた。


「まずい……!」


 アヅが叫んだ。


 るしへるがいなくなった今、僕らを守るものは何もない。

 数百体の魔物が一斉に襲いかかってくる。



"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!



 魔物が獅子上のバリアに弾かれる。

 だが、魔物は大群で、何度もバリアに体をぶつけてくる。


「ダメだっ……! 持たない……!」


 バリアが音を立てて|軋《きし》み、獅子上の顔が苦痛に歪む。

 あっという間にバリアが砕け、魔物の爪が獅子上を吹き飛ばした。


「獅子上!」


 鞘が叫んで駆け寄ろうとした。

 だが、その背中に別の魔物が襲いかかる。


「鞘ちゃん!」


 乙吉が|庇《かば》おうとして、二人まとめて倒れた。



「高校生組が……!」


 僕は歯を食いしばった。


 次々と仲間が倒れていく。

 止められない。



「ワイが食い止める!」


 ローリーが前に出た。



"|聖槍金剛夜叉《カオスジャベリン》"!!!



 巨大な槍が魔物を薙ぎ払う。

 だが、倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。


「アカン……! キリないわ……!」


 ローリーの息が上がっている。

 さっきからずっと戦い続けて、もう限界が近い。


 大型の魔物がローリーに突進した。

 槍で受け止めようとしたが、勢いに押されて吹き飛ばされた。


「ローリーさんっ!」


 ホタルがパワードスーツで地を駆ける。

 魔物の大群を次々と蹴散らしていく。


 だが、そこまでだった。


「エネルギーが……もう……」


 パワードスーツは、蒸気を吹き出しながら停止した。

 無敵と思われた切り札も、圧倒的な数の暴力の前に沈黙した。


 苗とシュレディンガーも、魔物に囲まれていた。

 シュレディンガーは苗を守ろうと必死に戦っているが、多勢に無勢だ。

 黒虎の体に、傷が増えていく。


「シュレディンガー……もういい……逃げて……」


 苗が泣きながら言った。

 だが、シュレディンガーは逃げなかった。

 最後まで苗を守ろうとしていた。


 フジキューとフトシは、すでに動けなくなっていた。

 魔物に囲まれ、身を寄せ合うしかできない。

 そして、孤軍奮闘していた次春も、ついに能力が出せなくなった。


 最も体力があると思われていたアヅですら、片膝をつき、肩で息をしていた。

 青い炎が弱まっている。

 そこにアリサが歩み寄る。


「アヅ……大丈夫……?」


「……ああ。そっちは?」


「あたしは……まだまだ余裕だよ」


「……嘘つけ」


 アリサに魔物が襲いかかる。

 そこへ。



"|電撃自動拳銃《ボルト・ガバメント》"!!!



 蝉丸の電撃弾が魔物を吹き飛ばした。


「暇坂さん! アヅ! しっかりして!」


「蝉丸……」


 アリサは蝉丸の顔を見て、安心したような顔をした。

 そして、


「ごめん……あたし、もうムリかも」


 そう言って、力なく倒れ込んだ。



 防衛隊が一気に崩れ始めたのには理由があった。

 全員、るしへるに力を送ったことで、体力が失われていたのだ。



「イッチ!」


 瀬凪の声が聞こえた。

 振り返ると、瀬凪が僕の方に走ってきていた。


「逃げて! イッチだけでも!」


「そんなこと……! できるわけないだろ!!」


 その時、空を飛ぶ魔物が瀬凪の肩口を切り裂いた。


「きゃっ!!」


 瀬凪はバランスを崩し、地面に倒れた。


「瀬凪!!」


 倒れた瀬凪を抱きかかえるように、僕は地面に|跪《ひざまず》く。

 瀬凪の腕から血が|滴《したた》っている。

 致命傷ではなさそうだが、決して浅くもなかった。


 間近に見る瀬凪の顔は、泥と涙で汚れていた。

 その表情が、戦況の厳しさを物語っていた。



 魔王城が、ぎちぎちと足を蠢かせて、山肌を降りてこようとしている。

 数百体の魔物に囲まれ、仲間はみんな倒れた。



 これで──終わりなのか?



 その時、僕の目に入ったものがあった。


 さっきまでるしへるだった、大小様々な石の上──

 瓦礫の中に光る何かがある。


 水色の小さな光。

 あれは──るしへるの『核』だ。


 核は、|まだ光を《・・・・》|失っていない《・・・・・・》。



 るしへるは人間と融合することで、強大な力を得た。

 人間と力を合わせることで、さらなる力を得る──

 そういう『能力』なのだろう。


 だが今、るしへるは敗北し、石化してしまった。



 そう。


 |石になっている《・・・・・・・》。



 つまり、今のるしへるは『魔石』の状態──


 魔石なら、|装備できる《・・・・・》かもしれない!!




「イッチ……」



 僕の腕の中で瀬凪のか細い声が聞こえた。




◆ るしへるの魔石を 装備しますか?


 はい

 いいえ