キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

068

BEIN' FRIENDS


 ソクラテスと別れた後、僕は夜道を歩いていた。


 空には満天の星が広がっている。

 虫の声が響いて、涼しい風が頬を撫でる。

 夏の終わりを感じさせる、穏やかな夜だった。


 自販機でジュースを買って、ガードレールに腰掛ける。

 車など一台も通らない。

 切れかけの街灯がちりちりと音を立てていた。


 ふと思い立ってスマホを取り出す。

 ここ数日は魔王城のことで頭がいっぱいで、ニュースもろくに見ていなかった。

 ぼんやりニュースサイトを|遡《さかのぼ》っていると、ある記事が目に飛び込んできた。



 世界7か所に空いた穴 突如埋まる


 8月24日、アメリカ・ヨーロッパ・アフリカなど、世界各地に出現した巨大な穴が同時に埋まる怪奇現象が発生した。

 目撃者の話によると、「空中から土砂が飛んできた」「目をそらして戻したら穴はもうなかった」など、眉唾ものの証言が多数。穴のあった地域が世界各国にまたがっていることから、人間業とは考えにくく、調査は難航している。



 僕は「魔獣を倒したからか」と思った。


 そういえば数日前、蝉丸が「父さんの体がもとに戻った」と言っていた。

 魔獣に下半身を喰われて入院していたが、魔獣が消えたことで体が戻ったのだ。

 それだけなら良かったが、患者の下半身が突然現れたことで病院は大混乱。

 結局、蝉丸の父は今も検査入院という名目で病院にいるらしい。

 蝉丸は「村の中より、隣の市の病院にいてくれた方が安全かも」と笑っていた。

 魔獣に喰われた古びた社も、何もなかったかのように元通りになっている。

 しかし、カレンダーの日付だけは8月31日で終わっていた。


 日付は魔獣が喰ったわけじゃないのか?


 それとも──

 もっと運命的な、強い力が働いてる?


 『|The《ザ・》 |Summertime《サマータイム・》 |Monsters《モンスターズ》』──

 すべてはあの古書の通りに進んでいる。


 僕はジュースを飲み干し、再び夜道を歩き出した。



 家に帰ると、みんなもう寝ていた。

 静かに自分の部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。


 明日が最後の戦いだ。

 僕は気分を紛らわせようと、充電スタンドに立てかけていた携帯ゲーム機を手に取った。


 真っ暗な部屋に画面の光だけが広がる。

 ホーム画面に並ぶアイコンの中から、見慣れたひとつをタップした。


 タイトル画面が現れる。

 田舎町に暮らす少年が、バットを持って地球の危機に立ち向かう物語。


 今、僕はちょうどこの主人公と同じ局面にいる。

 集められる力は全部集めた。

 あとは最後の戦いに向かうだけ。


 ゲームに登場する博士が、断崖のところまで歩いていって、背中を向けたままで言った。


「いいにくいんだが」


 そこで主人公は、とてつもなく重い決断を迫られた。


 画面に表示された選択肢は「はい」か「いいえ」しかない。

 そんな2文字や3文字で決められるような、簡単な選択じゃない。

 ゲームと今の境遇を重ね合わせて、僕は画面を見つめたまま動けなくなった。


 ゲーム機を持つ指がかすかに震えている。

 そこで気づいた。

 自分が|怖がっている《・・・・・・》ことに。



 この夏、僕は目標を立てていた。



 その1。


 瀬凪に告白する。



 その2。


 7月31日の危機を乗り越える。



 その3。


 この村の秘密を探る。



 なにもかも途中だ。

 明日の戦いに勝たなければ、すべてが水の泡。

 目の奥がじわりと熱くなった。



 ──エンディングまで、泣くんじゃない。



 ふいにその言葉が浮かんで、僕は息を止めた。


 前に、僕が遊んでるこのシリーズについて何となく検索したことがある。

 これは1作目のキャッチコピー。

 なんとなくカッコいいなと思って、やけに記憶に残っていた。


 そうだ。まだ何も終わってない。

 泣くのは全部終わってからでいい。



 スマホが震えた。

 グループチャットにメッセージが届いている。

 ローリーからだった。


〈明日やな。みんな準備できてる?〉


〈できてます〉


〈私も大丈夫です〉


 次々とメンバーから返信が来る。

 画面に並ぶ名前を、ひとつずつ目で追った。

 思えば、ほとんどがこの夏に出会った人たちだった。


 歯を見せて笑うローリー。

 刀を抜く時だけ表情が変わる鞘さん。

 まっすぐすぎる乙吉さん。

 寡黙だけど誰より頼りになる獅子上さん。

 シュレディンガーをやさしく撫でる苗ちゃん。

 僕らの装備を整えて知恵を授けてくれた湯水准教授。

 村中にカメラを取りつけてくれたデコイさん。

 怖がりなのにやる時はやるフトシ。

 かっこつけでバトルもノリノリなフジキュー。

 弟だけど僕より冷静な次春。


 全国大会の決勝に出ずに助けに来てくれたアヅ。

 戦えないのに最後まで逃げなかったホタル。

 いつでも明るく盛り上げてくれたアリサ。

 何度も僕を救ってくれた瀬凪。

 そして最初からずっと一緒にいてくれた蝉丸。


 みんながいてくれたから、ここまで来られた。



〈みなさん、出会えて本当によかったです〉


〈明日、よろしくお願いします〉



 すぐに既読がついて、返事の代わりにスタンプと絵文字が次々と流れてきた。


 短い言葉たちが、画面いっぱいに重なっていく。



〈隊長、頼りにしてんで!〉


〈頑張りましょう!〉


〈イェーイ!〉



 画面の向こうで、みんなが笑っている気がした。



 ◆ ◆ ◆


 8月31日。


 窓の外が少しずつ白んできた。

 夜が明けようとしている。


 待ち合わせの時間よりだいぶ早く、僕は展望台に向かった。

 誰もいない場所で、少しだけ頭を整理したかった。


 階段を上りきると、先客がいた。

 瀬凪だった。

 手すりにもたれて、村を見下ろしている。


「……早いね」


「イッチもね」


 僕は、瀬凪の隣に並んだ。


 朝の光の中に、夏摩村が静かに広がっていた。

 田んぼ。商店街。中学校の校舎。

 村を南北に分ける川と、一本だけ架かった橋。


 その向こうに、スケキヨ岩が小さく見える。

 校舎の裏には、防衛隊を結成したあの裏庭がある。


 もっと奥には、初めて湯水准教授と出会った健康ランドの屋根。

 商店街には、着ぐるみ姿のデコイさんが立っていた。


 視線を村のあちこちに移すたびに、思い出が浮かんでは消えていく。

 隣で、瀬凪も同じように村を眺めていた。


 この景色が、今日変わってしまうかもしれない。

 口に出さなくても、二人ともわかっていた。


 風の音と蝉の声だけが間を埋めていた。

 やがて、瀬凪が小さく息を吐いた。


「勝とうね」


 短い言葉だった。

 でも、それで十分だった。


 僕らは無言で|頷《うなず》いて、二人同時に歩き出した。