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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode10

小休止:悪役令嬢、地獄でグルメ紀行。《カレー編》

 ワタクシがいくら紅茶とスイーツをこよなく愛する乙女だからといっても、それだけを口にして生きているわけではない。

 そんなことをしていたら、あっ!という間に糖尿病まっしぐらだ。当然、通常の食事もいただく。好き嫌いはないが、肉よりも魚、脂っこいものよりもさっぱりした料理を好む。


 さて、これから地獄で初めての料理を食べることになるわけだが……。

 料理は、クック、ヒッヒ、ヒャッハーの三人組が当番制で作ることにしたらしい。

 この栄えあるオープニングイベントを飾る料理人は、ヒッヒだ。

 果たして、どんな料理が出てくることやら。


「どうぞ、ご主人様。地獄カレー、エルドラゴン仕立てでございます」


 いきなり仰々しい名前が飛び出した。地獄にドラゴンと来たか。

 だが、そんなことに動じるワタクシではない。それよりも気になるのは……。


「カレー?」


「はい。カレーとは人間世界のインドと呼ばれる地域で生まれた料理でございます」


「インド……」


「この宇宙には様々な次元の世界が存在します。一口に人間世界と申しましても、ご主人様がお生まれになられた世界だけを指すのではなく、他にも人間たちが住む世界が無数に存在するのでございます」


 別次元の人間世界か。そんなものが存在するとは、これまで想像もしなかった。

 しかし、地獄だって実在したのだ。別次元の人間世界があってもおかしくはない。


「この地獄にはすべての人間世界から罪を犯した人間たちが集まってまいります。そのおかげで多種多様な料理文化が育まれてきたのですが、ここ数千年、地獄でブームになっているのが激辛料理でして」


「激辛料理……」


 なんだか、きな臭くなってきた。

 地獄に激辛。嫌な予感しかしない。


「激辛料理とは、唐辛子や胡椒、山椒などの香辛料をふんだんに使ったものでして、素材の旨味を殺さずにむしろ引き立たせ、それでいて辛さの限界が求められるという、料理人の技量が問われる究極至高の料理なのです。もともとは罪人の刑罰用に作られた激辛料理でしたが、気まぐれに食された先代魔王様が大層お気に召されたそうで、そこから地獄における激辛ブームが始まったと言われております」


 ヒッヒが饒舌に激辛ブームの起源を解説してくれる。

 王様が気に入ったというのが事実なら、意外と普通に美味しい料理なのかもしれない。

 だが、王は王でも地獄の魔王だ。油断できない。


「今回は、激辛料理の基本中の基本にして王道中の王道であるカレーを召し上がっていただきたくご用意いたしました。幸いにも滅多に手に入らないエルドラゴンのもも肉が手に入りましたので、メインの具材として使ってみました。さあ、どうぞお召し上がりください、ご主人様」


 ひとしきり説明を終えると、ヒッヒが微笑みながら、さあ早く一口食べてみろと言わんばかりに目で促してくる。

 皿の上には、白米だけ。その隣にある銀色の容器には赤黒いドロリとした液体が入っている。


 手のひらで香りを手繰り寄せてみると、むせ返るほどの香辛料の匂いがする。10種は下らないであろう香辛料が渾然一体となり食欲をそそる。

 なるほど、ただ辛いだけの料理ではなさそうだ。どれ……。


「――っっっ!!?」


 辛い。口に入れて数秒。じわりじわりと重さすら感じさせる鈍い辛みが口いっぱいに広がってゆく。

 しかし、決して辛いだけではない。特筆すべきは、辛さの中にしっかりと旨味があることだ。複数の香辛料が混ざり合い、独特の風味と辛さを醸し出しつつも、エルドラゴンの肉、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、トマト、セロリといった素材の旨味が見事に引き出されている。


 辛い。激辛というだけあって、かなり辛い。

 けど、旨い。白米との相性も抜群だ。

 辛い旨い辛い旨いが交互にワタクシの味覚へと波状攻撃を仕掛けてくる。こうなると、もう手が止まらない。全身の毛穴から汗が噴き出る感覚。しかし、そんなことは気にせずに一心不乱にカレーを食していく。


 ……気がつくと、最後の一滴、米粒一つも残さずに平らげていた。

 汗だくになってしまったが、決して不快な汗ではない。むしろ清々しい気分だ。大浴場でサウナを満喫した感覚に近いものがある。「ととのう」というやつだ。


「お気に召していただけたようですね、ご主人様」


 してやったりといった顔のヒッヒが微笑みかけてくる。

 ちょっぴり悔しいけど、美味しかったのは紛れもない事実。ここはローゼンブルク公爵家の当主として正当に評価せねばなるまい。


「ごちそうさま。結構なお手前でしたわ」


「光栄の至りでございます」


 これが激辛料理か。スイーツをこよなく愛するワタクシが、まさかこれほどまでに激辛料理を美味しくいただけるとは、味覚の新境地を切り拓かれた思いだ。


 そうだ。いいことを思いついた。激辛料理を食べた後の紅茶とスイーツは最高に違いない。何という天才的ひらめき。

 善は急げ。ワタクシは、さっそくヒッヒに紅茶とスイーツを注文した。


 だが、このときワタクシはまだ知らなかった。

 激辛料理を満足げに完食したワタクシを見た三人組が、今後も毎食地獄の激辛料理を作ろうと固く決意していることを――




【地獄カレー、エルドラゴン仕立て】

 材料: 

 ・スパイス(唐辛子、コリアンダー、ターメリック、ローリエ、シナモン、パプリカ、カルダモン、クローブ、ブラックペッパー、クミンシード、フェンネルシード)

 ・エルドラゴンのもも肉(他の獣肉でも代用可)

 ・じゃがいも

 ・玉ねぎ

 ・ニンジン

 ・トマト

 ・セロリ

 ・ニンニク

 ・しょうが

 ・塩